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第4話ー5
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「申し訳ございません」
ベルが小さな声で謝ると、頭に重なっているフラヴィオの手に優しく撫でられた。
「違う、謝っては駄目だ。そなたを拾った余の頑張り次第なのだ」
「そんな、陛下――」
「あ」
と、フラヴィオがベルの言葉を遮った。
「そうだ、この願いを叶えてくれると嬉しい」
それを聞き、俯いていたベルは「スィー」と声を大きくして顔を上げた。
「なんでしょう、へ――」
陛下、と言おうとしたベルの言葉は、フラヴィオの「それだ」という声にまた遮られた。
「公の場では『陛下』で良い。だが、普段は『フラヴィオ』と呼んで欲しい」
「それは……」
ベルはまた困惑してしまう。
フラヴィオはあくまでも国王であって、『陛下』が敬称だ。
王妃ヴィットーリアや親近ならまだしも、農民の生まれで王侯貴族の血はまったく流れていないベルにとって、とても無礼なことのような気がしてならなかった。
フラヴィオの顔が悄気ていく。
「駄目なのか?」
どうしようものかベルが返答できずにいると、フラヴィオが続けた。
「寂しいのだ。王になってから、名で呼ばれることが少なくなった。皆に一線を引かれているようで、余は『陛下』という言葉に孤独を感じる」
そういうものなのだろうか。
ベルにはよく分からなかったが、フラヴィオが素直に言葉通りの感情を顔に出しているので、戸惑いながらも従ってみた。
「で…では…………フラヴィオ様」
フラヴィオの碧眼が「おお」と煌めいた一方、ベルは続け様に「申し訳ございません」と言っていた。
自身の口を両手で塞ぐ。
「どうしたのだ、ベル?」
「申し訳ございません」
とまた言ってしまう。
フラヴィオがベルの顔を覗き込む。その碧眼が、喜々としていた。
「何がだ? なぁ、もう一度言ってくれ」
ベルが首を横に振ってしまうと、フラヴィオの口が「何故だ」と言って尖った。
フラヴィオを名で呼んだ刹那、ベルはとてつもなく無礼を働いた気がしてしまった。
それを伝えると、フラヴィオがきょとんとしてもう一度問うてきた――「何故だ」
「な…何故でしょうか……。『陛下』とお呼びするよりも、親しみを感じてしまったと申しますか……無礼なことに、陛下を少し身近に感じてしまったのです」
そう言って、再び「申し訳ございません」と言ったベル。
フラヴィオが返したのは、「ふふ」という嬉しそうな含み笑いだった。
「そうでなくては困る。そなたは余の天使なのだから、あまり『陛下』という存在で見られたくない。だから余の女神や天使たちは、公の場でない時は余のことを名で呼んでくれている。まぁ、ティーナは娘だから『父上』だけどな」
言われてみればそうだったと、ベルは気付く。
公の場の時は、誰もが『陛下』と呼ぶ。だがそうでない時は、王妃ヴィットーリアは『フラヴィオ』と呼ぶし、ベラドンナやアリーチェ、さっき会った王族でない町天使セレーナも『フラヴィオ様』と呼んでいた。
「で…では……」
と、ベルは小さく咳払いしてから、もう一度呼んだ。
「フラヴィオ様」
フラヴィオが嬉しそうに「うん?」と返すと、ベルはさらにもう一度口にしてみた。
「フラヴィオ様」
「うん?」
不思議だと、ベルは思った。
ただ名を呼んだだけなのにフラヴィオと距離が縮まった気がして、胸があたたかくなる。
またそれはフラヴィオにとっても同じであることは、素直なその表情を見れば分かった。
「ああ、そうだ。フェーデやドルフ、チビたちのことも『閣下』や『殿下』ではなく、名や愛称で呼んでやると良い。あいつらも、すっかりそなたのことを気に入っているから喜ぶぞ」
「スィー、フラヴィオ様」
しばらくすると、農村の西端へと辿り着いた。
最初に目に入ったのは複数の衛兵で、その付近にはさっき聞いた養蜂巣箱があった。
衛兵はほとんどが、西にある緑豊かな山の方を向いている。
「ベル、この西の山には、何が棲息しているか知っているか?」
ベルは「スィー」と答えた。
まだ実物を見たことはないが、図書室の本で学んでいた。
「野生動物の他、コニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテです」
「そうだ、コニッリョ――モストロだ」
図書室の本に描かれていたその姿を見たとき、ベルは奇怪に思った。
この島で『コニッリョ』の略称で呼ばれるコニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテは人型モストロで、ぱっと見は人間だった。
でも耳は人間のものではなく垂れた白ウサギのもので、尻には白いまん丸の尻尾が映えていた。
その時は信じられなかったが、どんなモストロでも魔力を持っていて、魔法を使えるのだという。
「コニッリョは甘いものが好きみたいでな。サトウキビやほんのり甘い人参、街で売ってる菓子なんかも好きだが、生息地に近い養蜂巣箱のハチミツは特に狙われやすいんだ。だから常に複数の衛兵を置いている」
フラヴィオの姿に気付いた衛兵たちが、右手で兜の面貌を上げて顔を示した――挨拶した。
笑顔で「ご苦労」と手を上げたフラヴィオを見ながら、ベルは単純に疑問に思ったことを口にしてみる。
「養蜂巣箱を、山から離れた場所に置けば被害が減るのでは」
「昔はそうしていたんだ。しかしな、この山の付近に置いた方が、美味いハチミツが採れることに気付いたのだ。畑の花々の蜜よりも、山に咲く花の蜜の方が美味いということだな」
「そうですか」
ベルは養蜂巣箱と兵士を見て数秒のあいだ黙考した後、フラヴィオに顔を戻した。
「コニッリョはとても臆病で、人から逃げることはしても襲わないというのは本当ですか?」
フラヴィオが「うむ」と頷いた。
山に生息するコニッリョは特に冬に食料に困り、街や畑の食料を盗みに来るらしい。
そのとき人間は、怒鳴ったり暴力を加える。
しかしコニッリョがやり返したことはなく、フラヴィオの馬を上回るほどの俊足で、まさに脱兎の勢いで逃げる一方なのだという。
「ならばいっそのこと、山の中に養蜂巣箱を置いてみては。衛兵が見張っているのならば、この辺に置くのとあまり変わりないように思います」
フラヴィオが首を横に振った。
「ベル、余はこの国の王だ、この国は余のものだ。しかし、この島まるごとそうかと言ったら、違う」
「そうなのですか」
驚いたベルは、少し声高になった。といっても、やはり聞く者の耳には淡々として届くが。
「この西の山だけは、コニッリョたちのものだ。余のものではない。ここに巣箱を置いているだけでも食料を分け与えてもらってしまっている。山の中にまで足を踏み入れることはしてはいけない」
「フラヴィオ様は、山の花々だけのハチミツの方が美味しいと思われますか?」
「まぁ、そうなんだろうなとは思う」
そのとき養蜂巣箱の衛兵が、「来たぞ」と山の麓を指差した。
そこには2匹の若いオスのコニッリョいて、木に隠れながらこちらの様子をうかがっているようだった。
どちらも葉で作った服を着ているのを見て、ベルは思い出す。
「コニッリョは人間並みの知能を持っていると、本に書いてありました」
「そのようなんだ。コニッリョに限らず人型モストロというのはそういうもので、教えれば言葉を覚えられるらしい」
「ならば、誰がこの島の支配者で、誰に従うべきなのか、理解出来ましょう」
「まぁ、余が人間界の王であることはどうやら分かっている様子なんだ…………が?」
と、フラヴィオがベルの顔を覗き込んだ。
やはりいつもの無表情ではあるが、どこかこう感じた。
「面白くなさそうだな」
ベルが「スィー」ときっぱり答えた。
「山の花々だけのハチミツにするべきです」
フラヴィオは「ふふ」と笑って、ベルの頬をつついた。
ベルがそんなことを言うのは、他ならぬこのフラヴィオのことを想ってのこと故に、ひたすら可愛く思えてしまう。
また賢くおとなしいせいか、ベルは同年代の女たちよりも落ち着いているように感じるが、やっぱりまだ15だななんて思う。
衛兵がコニッリョたちに向けて弓矢を構えた。
するとコニッリョたちが慌てて逃げる一方、フラヴィオが衛兵に向けて「こら」と声高になった。
「ただ巣箱の周りにいるだけで良いのだ。コニッリョに武器を向けるな」
「何故ですか」
と返したのは、叱られた衛兵ではなくベルだ。
「フラヴィオ様は力の王です。もういっそのこと、この山を力尽くで支配されては」
「なーんだ、ベル。ぷんぷんだな」
と笑い、再びベルの頬をつついたフラヴィオが、「あのな」と話を続けた。
「朝廷で、毎回と言って良いほどこの話になるんだ。ほとんどが、コニッリョたちの山も支配するべきだと言う。食料を盗まれては、害獣と変わらないと言ってな。しかし、余やフェデリコは反対だ」
その『ほとんど』と同意見のベルは、フラヴィオにまた「何故ですか」と問うた。
フラヴィオは「うん?」と返した後、ベルに向けて笑顔を作った。
「そうすべきなのだ、ベル」
「――…そう……ですか」
少し胸が痛み、ベルは俯いた。
城を出る前のヴィットーリアの言葉を思い出す。
フラヴィオは今、このベルに、敢えて何かを話さなかった。
何かを隠した。
それはきっと、このベルがこの先、安心して笑顔で過ごせるようにするために。
(でもそれでは、私はフラヴィオ様へのご恩返しが出来ないのです)
衛兵の「陛下」という興奮気味の声が聞こえた。
それに「うん?」と返したフラヴィオからも、「おおお」と驚嘆した様子の声が聞こえて、ベルは顔を上げた。
その視線を追ってみると、遠くて豆粒ほどの大きさではあるが、メスのコニッリョがいるのが分かった。
どうやらコニッリョ皆が服を着ているという訳ではないらしく、裸のようだった。
「陛下、陛下! あれは、いくつですか! 無論、年とかではなく!」
「上から98・59・96だぞ!」
「スゲエェェ!」
意味が分からなかったベルが「それは?」と問うと、フラヴィオがはっとしてベルに顔を向けた。
「なんでもないぞ」
と作ったその笑顔から察するに、また何か隠したらしい。
フラヴィオが、馬の向きを180度変えて東の方を向く。
そして、
「さて、次はそなたの故郷の方へ行くぞ」
と、王都オルキデーアの隣町プリームラの方へと向かって、馬を発進させた。
ベルが小さな声で謝ると、頭に重なっているフラヴィオの手に優しく撫でられた。
「違う、謝っては駄目だ。そなたを拾った余の頑張り次第なのだ」
「そんな、陛下――」
「あ」
と、フラヴィオがベルの言葉を遮った。
「そうだ、この願いを叶えてくれると嬉しい」
それを聞き、俯いていたベルは「スィー」と声を大きくして顔を上げた。
「なんでしょう、へ――」
陛下、と言おうとしたベルの言葉は、フラヴィオの「それだ」という声にまた遮られた。
「公の場では『陛下』で良い。だが、普段は『フラヴィオ』と呼んで欲しい」
「それは……」
ベルはまた困惑してしまう。
フラヴィオはあくまでも国王であって、『陛下』が敬称だ。
王妃ヴィットーリアや親近ならまだしも、農民の生まれで王侯貴族の血はまったく流れていないベルにとって、とても無礼なことのような気がしてならなかった。
フラヴィオの顔が悄気ていく。
「駄目なのか?」
どうしようものかベルが返答できずにいると、フラヴィオが続けた。
「寂しいのだ。王になってから、名で呼ばれることが少なくなった。皆に一線を引かれているようで、余は『陛下』という言葉に孤独を感じる」
そういうものなのだろうか。
ベルにはよく分からなかったが、フラヴィオが素直に言葉通りの感情を顔に出しているので、戸惑いながらも従ってみた。
「で…では…………フラヴィオ様」
フラヴィオの碧眼が「おお」と煌めいた一方、ベルは続け様に「申し訳ございません」と言っていた。
自身の口を両手で塞ぐ。
「どうしたのだ、ベル?」
「申し訳ございません」
とまた言ってしまう。
フラヴィオがベルの顔を覗き込む。その碧眼が、喜々としていた。
「何がだ? なぁ、もう一度言ってくれ」
ベルが首を横に振ってしまうと、フラヴィオの口が「何故だ」と言って尖った。
フラヴィオを名で呼んだ刹那、ベルはとてつもなく無礼を働いた気がしてしまった。
それを伝えると、フラヴィオがきょとんとしてもう一度問うてきた――「何故だ」
「な…何故でしょうか……。『陛下』とお呼びするよりも、親しみを感じてしまったと申しますか……無礼なことに、陛下を少し身近に感じてしまったのです」
そう言って、再び「申し訳ございません」と言ったベル。
フラヴィオが返したのは、「ふふ」という嬉しそうな含み笑いだった。
「そうでなくては困る。そなたは余の天使なのだから、あまり『陛下』という存在で見られたくない。だから余の女神や天使たちは、公の場でない時は余のことを名で呼んでくれている。まぁ、ティーナは娘だから『父上』だけどな」
言われてみればそうだったと、ベルは気付く。
公の場の時は、誰もが『陛下』と呼ぶ。だがそうでない時は、王妃ヴィットーリアは『フラヴィオ』と呼ぶし、ベラドンナやアリーチェ、さっき会った王族でない町天使セレーナも『フラヴィオ様』と呼んでいた。
「で…では……」
と、ベルは小さく咳払いしてから、もう一度呼んだ。
「フラヴィオ様」
フラヴィオが嬉しそうに「うん?」と返すと、ベルはさらにもう一度口にしてみた。
「フラヴィオ様」
「うん?」
不思議だと、ベルは思った。
ただ名を呼んだだけなのにフラヴィオと距離が縮まった気がして、胸があたたかくなる。
またそれはフラヴィオにとっても同じであることは、素直なその表情を見れば分かった。
「ああ、そうだ。フェーデやドルフ、チビたちのことも『閣下』や『殿下』ではなく、名や愛称で呼んでやると良い。あいつらも、すっかりそなたのことを気に入っているから喜ぶぞ」
「スィー、フラヴィオ様」
しばらくすると、農村の西端へと辿り着いた。
最初に目に入ったのは複数の衛兵で、その付近にはさっき聞いた養蜂巣箱があった。
衛兵はほとんどが、西にある緑豊かな山の方を向いている。
「ベル、この西の山には、何が棲息しているか知っているか?」
ベルは「スィー」と答えた。
まだ実物を見たことはないが、図書室の本で学んでいた。
「野生動物の他、コニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテです」
「そうだ、コニッリョ――モストロだ」
図書室の本に描かれていたその姿を見たとき、ベルは奇怪に思った。
この島で『コニッリョ』の略称で呼ばれるコニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテは人型モストロで、ぱっと見は人間だった。
でも耳は人間のものではなく垂れた白ウサギのもので、尻には白いまん丸の尻尾が映えていた。
その時は信じられなかったが、どんなモストロでも魔力を持っていて、魔法を使えるのだという。
「コニッリョは甘いものが好きみたいでな。サトウキビやほんのり甘い人参、街で売ってる菓子なんかも好きだが、生息地に近い養蜂巣箱のハチミツは特に狙われやすいんだ。だから常に複数の衛兵を置いている」
フラヴィオの姿に気付いた衛兵たちが、右手で兜の面貌を上げて顔を示した――挨拶した。
笑顔で「ご苦労」と手を上げたフラヴィオを見ながら、ベルは単純に疑問に思ったことを口にしてみる。
「養蜂巣箱を、山から離れた場所に置けば被害が減るのでは」
「昔はそうしていたんだ。しかしな、この山の付近に置いた方が、美味いハチミツが採れることに気付いたのだ。畑の花々の蜜よりも、山に咲く花の蜜の方が美味いということだな」
「そうですか」
ベルは養蜂巣箱と兵士を見て数秒のあいだ黙考した後、フラヴィオに顔を戻した。
「コニッリョはとても臆病で、人から逃げることはしても襲わないというのは本当ですか?」
フラヴィオが「うむ」と頷いた。
山に生息するコニッリョは特に冬に食料に困り、街や畑の食料を盗みに来るらしい。
そのとき人間は、怒鳴ったり暴力を加える。
しかしコニッリョがやり返したことはなく、フラヴィオの馬を上回るほどの俊足で、まさに脱兎の勢いで逃げる一方なのだという。
「ならばいっそのこと、山の中に養蜂巣箱を置いてみては。衛兵が見張っているのならば、この辺に置くのとあまり変わりないように思います」
フラヴィオが首を横に振った。
「ベル、余はこの国の王だ、この国は余のものだ。しかし、この島まるごとそうかと言ったら、違う」
「そうなのですか」
驚いたベルは、少し声高になった。といっても、やはり聞く者の耳には淡々として届くが。
「この西の山だけは、コニッリョたちのものだ。余のものではない。ここに巣箱を置いているだけでも食料を分け与えてもらってしまっている。山の中にまで足を踏み入れることはしてはいけない」
「フラヴィオ様は、山の花々だけのハチミツの方が美味しいと思われますか?」
「まぁ、そうなんだろうなとは思う」
そのとき養蜂巣箱の衛兵が、「来たぞ」と山の麓を指差した。
そこには2匹の若いオスのコニッリョいて、木に隠れながらこちらの様子をうかがっているようだった。
どちらも葉で作った服を着ているのを見て、ベルは思い出す。
「コニッリョは人間並みの知能を持っていると、本に書いてありました」
「そのようなんだ。コニッリョに限らず人型モストロというのはそういうもので、教えれば言葉を覚えられるらしい」
「ならば、誰がこの島の支配者で、誰に従うべきなのか、理解出来ましょう」
「まぁ、余が人間界の王であることはどうやら分かっている様子なんだ…………が?」
と、フラヴィオがベルの顔を覗き込んだ。
やはりいつもの無表情ではあるが、どこかこう感じた。
「面白くなさそうだな」
ベルが「スィー」ときっぱり答えた。
「山の花々だけのハチミツにするべきです」
フラヴィオは「ふふ」と笑って、ベルの頬をつついた。
ベルがそんなことを言うのは、他ならぬこのフラヴィオのことを想ってのこと故に、ひたすら可愛く思えてしまう。
また賢くおとなしいせいか、ベルは同年代の女たちよりも落ち着いているように感じるが、やっぱりまだ15だななんて思う。
衛兵がコニッリョたちに向けて弓矢を構えた。
するとコニッリョたちが慌てて逃げる一方、フラヴィオが衛兵に向けて「こら」と声高になった。
「ただ巣箱の周りにいるだけで良いのだ。コニッリョに武器を向けるな」
「何故ですか」
と返したのは、叱られた衛兵ではなくベルだ。
「フラヴィオ様は力の王です。もういっそのこと、この山を力尽くで支配されては」
「なーんだ、ベル。ぷんぷんだな」
と笑い、再びベルの頬をつついたフラヴィオが、「あのな」と話を続けた。
「朝廷で、毎回と言って良いほどこの話になるんだ。ほとんどが、コニッリョたちの山も支配するべきだと言う。食料を盗まれては、害獣と変わらないと言ってな。しかし、余やフェデリコは反対だ」
その『ほとんど』と同意見のベルは、フラヴィオにまた「何故ですか」と問うた。
フラヴィオは「うん?」と返した後、ベルに向けて笑顔を作った。
「そうすべきなのだ、ベル」
「――…そう……ですか」
少し胸が痛み、ベルは俯いた。
城を出る前のヴィットーリアの言葉を思い出す。
フラヴィオは今、このベルに、敢えて何かを話さなかった。
何かを隠した。
それはきっと、このベルがこの先、安心して笑顔で過ごせるようにするために。
(でもそれでは、私はフラヴィオ様へのご恩返しが出来ないのです)
衛兵の「陛下」という興奮気味の声が聞こえた。
それに「うん?」と返したフラヴィオからも、「おおお」と驚嘆した様子の声が聞こえて、ベルは顔を上げた。
その視線を追ってみると、遠くて豆粒ほどの大きさではあるが、メスのコニッリョがいるのが分かった。
どうやらコニッリョ皆が服を着ているという訳ではないらしく、裸のようだった。
「陛下、陛下! あれは、いくつですか! 無論、年とかではなく!」
「上から98・59・96だぞ!」
「スゲエェェ!」
意味が分からなかったベルが「それは?」と問うと、フラヴィオがはっとしてベルに顔を向けた。
「なんでもないぞ」
と作ったその笑顔から察するに、また何か隠したらしい。
フラヴィオが、馬の向きを180度変えて東の方を向く。
そして、
「さて、次はそなたの故郷の方へ行くぞ」
と、王都オルキデーアの隣町プリームラの方へと向かって、馬を発進させた。
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