酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第9話ー5

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 ベラドンナとハナが、同時に「あっ」と何か気付いた様子で声を上げる。

「ちょっとベル、アンタもしかして……!」

「ま、待て待て待て、場所を移そうっ……!」

 とハナが、フラヴィオとベル、ベラドンナを連れて、1階の客間へとテレトラスポルトで瞬間移動した。

 部屋の中央、まだぽかんとした顔をしているベルに、ベラドンナが問う。

「ベル、アンタ『月のもの』は?」

「『月のもの』……?」

 その言葉すら知らなかった様子のベルを見て、ハナが「おいおい」と突っ込んだ。

「それでよく子を産むとか言ったな? アレだよ、股から血が出てきたことはないか?」

 そう問われて思い出すは、ベル自身のことではなく、奴隷扱いされていた頃――エルバ伯エステ・スキーパの屋敷で暮らしていた頃のこと。

 エステ・スキーパの妻や娘は1ヶ月置きに数日間ほどいつもと違う下着を使用するのだが、それはいつも血で汚れていた。

「私はありません」

 とベルが答えると、ハナがもう一度「おいおい」と言った。

 フラヴィオから小さく溜め息が漏れた。

「無理もないのだ。今は大分、健康的な身体になっては来たが」

 ベラドンナが「そうよね」と同意して続いた。

「ここに来た時は、アンタ本当に骨と皮だったもの。15歳だったら、大抵の女の子は『月のもの』が来てるんだけどね。アンタの場合、身体が生きることに必死で子孫を残す余裕が無かったのよ。あのねベル、まず『月のもの』が来なきゃ、子供は授からないのよ?」

「なんと……」

 とベルは驚いてしまう。

 なんせ、それなりの年齢になったオスとメスが交尾すれば勝手に子供が出来るのだと思っていた。

 ベルの先生フェデリコは、その辺のことを教えてくれなかった。

 ベラドンナが「ちなみに」と続けた。

「大体の女性は毎月『月のもの』が来るんだけどね、ワタシは3ヵ月から4ヶ月置きに来るわ。しかも来たと思っても、出血量がかなり少なくってね……きっと、そこに子供を授からない原因があると思ってるわ」

「それは、元からなのか?」

 ハナが訊くと、ベラは首を横に振った。

「どういう訳か、結婚してからなのよ。ワタシ結婚した当時は15歳で、まぁ、ぴったり決まった周期じゃない時もあったけど、それはまだ安定してない10代じゃ別に珍しいことじゃないし、遅くても40日以内にはちゃんと来てたわ」

「すみません」

 と、ベルが手を上げた。

 少々話の論点からずれてしまうが、ちょっと気になったことを訊いてみる。

「ベラ様が15歳ということは、ドルフ様はその時17歳です。ドルフ様が、当時は隣町ではなく『隣国』だったプリームラ国から、こちらのオルキデーア国に来て下さってから、すぐにご結婚されたのですか?」

 ベラドンナが「そうよ」と答えた。

 フラヴィオが即位したのは1474年12月12日のことで、その同年同月の末にアドルフォとベラドンナが結婚したらしい。

 フラヴィオがおかしそうに笑った。

「というかだな、ベラがプリームラ国からドルフを連れて来たんだ」

「なんと……敵国の将軍をですか」

「そうなんだ。しかもドルフは強すぎる故に、当時のプリームラ国王でさえ好き勝手に扱えないほど恐れられていた将軍だった。それをベラが、この男と結婚すると言って城に連れて来てなー」

「なんと……天地が引っ繰り返ったかのような出来事ですね」

 ベラドンナが少し恥ずかしそうに「だって」と言い訳をする。

「フラヴィオ様が即位して、フェーデと一緒にいざプリームラ国王を倒しに――貧困に苦しむプリームラ国民を救いに行くのかなって思ってたら、「相手にひとりヤバイ奴がいる」、「下手したらこっちの全将兵が死ぬ」とか言ってるのよ。2人とも桁外れに強いし、そんな馬鹿なって思うじゃない? だからワタシ、ひとりでプリームラ国まで馬を走らせて見に行ったのよ『ヤバイ奴』を」

 その『ヤバイ奴』を普通ひとりで見に行かないんじゃないかと思ったベルだったが、そのことは口に出して言わないでおいた。

 今更突っ込んでも遅すぎるし、なんともベラドンナらしい――『天使軍の問題児』らしい――度胸のある行動だ。

 ハナが問う。

「で、惚れたのか?」

 ベラドンナが「そうなの」と笑った。

「ドルフは、プリームラの南にある農村の見回りをしているところでね、あの見た目だから遠目にもすぐに例の将軍だって分かったわ。ヤダほんとにヤバイと思って、ワタシ近寄って行ったのよ」

 ベルは突っ込みたくなった。流石に突っ込みたくなった。

 が、それよりも先にベラドンナが続ける。

「で、ドルフもワタシの姿に気付いて、見つめ合ったの。時が止まったわ……ワタシも、ドルフも」

 そう語った時のベラドンナの表情は、とても幸福そうだった。

 フラヴィオが「そうらしいな」と言った。

「ドルフが言っていた。ベラが寄って来た時すぐに敵国のオルキデーア人だと分かったが、身体が動かなくなったと。また日頃、自身と目が合った者――特に女は怯えてしまうからと、目を合わせないようにもしていたそうだが、それさえも出来なかったと言っていた。ベラのあまりの美しさに、見惚れて立ち尽くしてしまったそうだ」

「へえ、一目惚れってやつかぁ」

 と興味深そうに少し声を高くしたハナが問う。

「で、アドぽんを連れて帰ったのか?」

「やぁね、そんなに早くは行かないわよ」

「それもそうか」

「その日は、それで終わり。見つめ合ってから間もなく、ドルフがハッとして突然「行け」と言ったわ。ワタシはまったく気付いてなかったんだけど、他の将軍たちも農村に来ていたのよ。それに見つかったら捕まるからって、ドルフが逃してくれたの。お言葉に甘えて、慌ててオルキデーアに帰ったわ。だからワタシね、次の日にまた会いに行ったの」

 そろそろ突っ込んでいいだろうか。

 お言葉に甘えて逃がしてもらったのに、次の日に会いに行こうと思う精神はどこから来るのだろうか。

 あぁそうか、これが恋の病というやつなのだろうか?

 そんなことをベルが黙考する一方、ハナが「それでそれで?」と話を催促した。

「次の日――2日目も、ドルフは農村にいたわ。ワタシが他の将軍に見つからないようにって、村の端の方にある木陰まで誘い出されたわ。で、まずはお互いの名前を知ったの。あんまり長いことドルフの姿が見えないと怪しまれると思って、ワタシてっとり早くドルフに用件を伝えたわ」

「なんて?」

「「うちの国王が、アナタの国の王を倒してプリームラ国民を救いたいんだけど、アナタが強すぎてどうにもこうにも困ってるから、明日うちの国に寝返って」って」

 手っ取り早すぎるし、ド直球すぎる。

 当時のアドルフォが常日頃、国民に対して無慈悲だったプリームラ国王に不満を抱いていてくれて良かったと、ベルは思う。

 そうでなかったら、ベラドンナは即刻捕まっていたか、その場で処刑されていてもおかしくなかったのだから。

「それから、「あとワタシと結婚して」とも言ったわ」

「おお、ベラさんから求婚したんだな! アドぽん、どんな反応してた?」

「なんか知らないけど、唖然としてたわねー」

 いやもう、突っ込もうか。

 ベルがふとフラヴィオの顔を見上げると愉快そうで、哄笑したいのを堪えているようだった。

「でね、そこにドルフを呼ぶ声が聞こえて来たから、その日はそれで終わり。それでワタシ、その次の日――3日目に、予定通りドルフをオルキデーア国に連れて帰ったのよ」

 その3日目、アドルフォは愛馬に騎乗し、昨日と同じ木陰のところで待っていたらしい。

 馬には少しばかりの荷物も積まれていた。

 アドルフォは、真面目な将軍だったことから信頼を置かれていた。

 またその日アドルフォの休日だったことも幸いし、プリームラ国王や周りには「南の海に遊漁に行ってくる」と伝えれば何も疑われなかった。

「もう一目見て寝返ってくれることが分かったから、ワタシ凄く嬉しくなって……第一声の前に、アドルフォの首に抱き付いてバーチョしていたわ」

 ハナが染まった頬を両手で押さえ、「にゃあーっ!」と猫らしい声を上げて飛び跳ねた。

「凄いな、人間の女は! 野生モストロなんて交尾はしても、バーチョなんてしないのに! なんだか人間ならではの熱い愛を感じるな! 聞いてるあたいの方が照れくさいぞ!」

 ちなみにアドルフォの方は、それまで母親以外の女に触れた記憶がなかったようで。

 ベラドンナにバーチョされたら身体が硬直してしまい、その状態のまま唇を長いあいだ奪われ続け、いつ息をすれば良いのか分からず、危うく酸欠に陥るところだった。

 ――とベラドンナが話を続けると、笑いを堪えていたフラヴィオがついに噴き出し、ハナと共に哄笑を響かせた。

「おかしいでしょ?」

 とベラドンナも笑っているが、それはとても幸せそうで、見つめるベルの胸が痛んだ。

 やはり、アドルフォに第二夫人など迎えてはならないと思う。

「――で、その後ベラさんがアドぽんをこっちに連れて来たってわけだなー」

「ああ、しかもドルフを慕う部下たちも一緒だった」

「いやいや、アッパレだ!」

「うむ!」

 と拍手をするフラヴィオとハナの一方、ベルも「お見事ですね」とベラドンナを称賛した。

 その後、話を論点へと戻す。

「それで、何故、結婚後にベラ様の『月のもの』の調子がおかしくなったのですか?」

「さっきの話聞いてると、すぐに孕みそうなもんだけどなー」

 と、ハナがまた照れ臭そうに笑った。

 ベラドンナを少しのあいだ見つめたフラヴィオの顔からは、笑顔が消える。

「結婚から2年は、余とフェーデが子を作らないように言っていたのだ」

 ベルはふと疑問に思う。

 結婚から2年間は、アドルフォ・ベラドンナ夫妻は子が出来るような行為をしなかったということだろうか?

 それとも……?

 そんな心境を察したベラドンナが答えてくれた。

「あのね、ベル。あくまでも定期的に月のものが来てるならの話になるけど、妊娠しやすい時期、しにくい時期があるのよ」

 大体一ヶ月――28日周期なら、次の月のものの2週間前あたりに腹に卵が産まれる故に最も妊娠しやすく、その後の次の月のものまでがしにくい時期なのだとベラドンナが言った。

 しかし卵が1日しか生きていないのに対し、男から出た子種の方は数日間生きるらしく、月のものが終わったあたりからが妊娠しやすい時期になるらしい。

 ちなみに国によっては未だに子供は『なんかたまに女の腹に出来るもの』なんて思ってたりするらしいが、この国ではそういう女の身体のしくみを5代前のマストランジェロ王家の男たちが暴いているそうだ。

 ベルは感心してフラヴィオに「流石でございます」と言った後、続け様に「それで」と話を戻した。

「すぐに子が出来ては宜しくない理由でもあったのですか?」

「ああ、あった。ドルフとベラが結婚する一年前――余がヴィットーリアと結婚した時、まだ流行の病が終息していなかった。だから子を産ませることに不安を覚えて、フェーデとこの国の過去の女たちや、他国の女たちについて色々調べていたんだ」


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