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第7話ー6
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フラヴィオ・マサムネと共に、オルキデーア城の3階にある朝廷へと入って行くハナ。
その背を廊下で見送ったタロウが、傍らにいるベルに顔を向けた。
ヴァレンティーナは現在ムサシと遊んでいてここにはおらず、4階の自室にいた。
「情けないでしょ? 妹のハナよりも、兄の僕の方が弱いんだ。力や魔力じゃなく、心が。正直、僕はこの国の民衆が怖い。この宮廷の中が怖い。あの朝廷の中が、怖い」
その心境を察したベルは、少しバツが悪くなってしまいながら「スィー」と相槌を打った。
コニッリョに対してそうであるように、この国の民衆はモストロであるタロウやハナが奇怪で、嫌忌しているのだと想像が付く。
この城には2人は何度も来ているはずなのに、きっと未だ官僚や貴族、将兵、使用人に受け入れて貰えていないのだろう。
さっきから色々な方向を向く黒猫の耳が、それを裏付けている気がしてならない。
「何か、聞こえるのですか?」
「うん……いつもの、僕とハナに対する陰口」
ガット・ネーロやティグラートは猫らしく良く耳が利き、この城で発せられた音声は全部聞こえてくるのだという。
といっても、常時町の雑踏の中にいるような感じで、すべての会話を聞き取れるわけではない。
でもそういった陰口に限って、はっきりと聞き取ってしまうのだと言って、タロウが無理に笑顔を作った。
「でね、君がさっきハナにグワリーレを掛けてもらっている時の会話や、朝餉中の君とリコたんとの会話も、実は聞いていたんだ」
「そうでしたか……」
「君は知りたいんだね、フラビーやリコたんが何を君に隠しているのか」
そうずばり当てて来たタロウの顔を見ながら、ベルは問うた。
「それが何か、お分かりなのですか?」
「分かったよ、何を隠しているのか。あと、フラビーたちがひたすら君に笑顔になって欲しいことも分かった。何だか、昔を思い出したよ」
とタロウがはにかむ。
それは、レオーネ国の宮廷育ちのタロウとハナが、数年かけて上級魔法である瞬間移動――テレトラスポルト――を習得した7歳と6歳の頃の話。
マサムネに随伴してこの国にやって来、異国の新鮮な風景に2匹がはしゃいでいたのも束の間。
オルキデーア城に入るなり、出迎えてくれた使用人たちの不自然な笑顔に、宮廷中から聞こえてくるおびただしい数の陰口に、2匹はすっかり消沈してしまった。
そして子供だったことから、来てから1時間後には「帰りたい」とマサムネに泣き付いた。
「でもね、その時フラビーたちの会話が聞こえて来たんだ。あの時はまだ、フラビーたちは僕とハナがどれだけ耳が利くか知らなくってね。中庭に出れば大丈夫だと思ったんだろうけど、はっきり聞こえてたよ」
タロウとハナが嫌な思いをしないように、城の者が陰口を叩いていることは2匹に知られないようにしよう。
2匹が傷付かぬように、皆が歓迎していると嘘を吐こう。
2匹の好きな遊びを沢山しよう、好物の魚をたくさん用意しよう。
猫は寝るのも好きだから、レットを雲よりもふかふかにしよう。
あ、そうだ、南の温泉に連れて行ったら喜ぶかもしれないぞ。
いやでも、猫だから風呂は苦手かな?
じゃあ、釣り竿を持って魚釣りに連れて行こう。
おっと駄目だぞ、2匹よりも多く釣っては。
こっそり、魚籠の中の魚を調節して、2匹が一番釣れたことにするんだ。
2匹が、笑顔で帰れるように――
「僕とハナは、慌てて涙を拭ったよ。子供でも、ここで泣いて帰ってはいけないと思った。フラビーたちの厚意に、応えなきゃいけないって思った。とてもとても、嬉しかったから。僕とハナは、フラビーたちが大好きだ」
だから、とタロウが声を強くした。
「君は、知っておくべきだと思った。君は賢いようだから、フラビーたちの力になれると思った。違う?」
ベルの声も、「スィー」と強くなった。
「と言いましても、力になれるかどうかは分かりません。しかし私は、フラヴィオ様のお力になりたいのです。フラヴィオ様のお力になれぬことが、辛く苦しいのです……!」
とベルの声に涙が滲むと、タロウが辺りを気にした様子でベルに手を差し出した。
「掴まって。他の場所に移動しよう。大丈夫、遠くに行かないし、テレトラスポルトだから一瞬で戻って来れる。もう一度言うけど、僕はフラビーたちが大好きだ。だから賢い君に教えるよ。フラビーたちが、君に何を隠しているのかを」
頷いたベルが差し出された手を握ると、タロウが「テレトラスポルト」と言った。
すると瞬きを一度したあいだに、あたりの風景が北の海にすり替わっていた。
さっきマサムネ一行を出迎えた浜辺の上に、タロウと向かい合って立っている。
タロウの真剣な面持ちが、そこにあった。
「怒らないで聞いて、ベル。僕は決して、フラビーたちを侮辱しているんじゃない」
ベルの緊張気味の「スィー」の返事を確認した後、タロウが続ける。
「僕は心の底から思う。フラビーは『力の王』で、リコたんは『力の王弟』、アドぽんは『人間卒業生』だと」
「まだ卒業されてなかったような……」
「この3人は、本当に強い。魔力を持たないモストロがいるのかと思ったくらい、強いよ。それをコニッリョたちはきっと目撃してる。だから必要以上に怖がられ、警戒されるのも無理はない。でも、それじゃ駄目なんだ。この国は、コニッリョの力がいる。今、すぐにでもだ」
ベルは「スィー」と返事をし、タロウの言葉をしかと頭に焼き付けていく。
「何故ならね、ベル。この国が強かったのは、今は昔のこと。今現在のこの国は、とても弱いからだよ――」
その背を廊下で見送ったタロウが、傍らにいるベルに顔を向けた。
ヴァレンティーナは現在ムサシと遊んでいてここにはおらず、4階の自室にいた。
「情けないでしょ? 妹のハナよりも、兄の僕の方が弱いんだ。力や魔力じゃなく、心が。正直、僕はこの国の民衆が怖い。この宮廷の中が怖い。あの朝廷の中が、怖い」
その心境を察したベルは、少しバツが悪くなってしまいながら「スィー」と相槌を打った。
コニッリョに対してそうであるように、この国の民衆はモストロであるタロウやハナが奇怪で、嫌忌しているのだと想像が付く。
この城には2人は何度も来ているはずなのに、きっと未だ官僚や貴族、将兵、使用人に受け入れて貰えていないのだろう。
さっきから色々な方向を向く黒猫の耳が、それを裏付けている気がしてならない。
「何か、聞こえるのですか?」
「うん……いつもの、僕とハナに対する陰口」
ガット・ネーロやティグラートは猫らしく良く耳が利き、この城で発せられた音声は全部聞こえてくるのだという。
といっても、常時町の雑踏の中にいるような感じで、すべての会話を聞き取れるわけではない。
でもそういった陰口に限って、はっきりと聞き取ってしまうのだと言って、タロウが無理に笑顔を作った。
「でね、君がさっきハナにグワリーレを掛けてもらっている時の会話や、朝餉中の君とリコたんとの会話も、実は聞いていたんだ」
「そうでしたか……」
「君は知りたいんだね、フラビーやリコたんが何を君に隠しているのか」
そうずばり当てて来たタロウの顔を見ながら、ベルは問うた。
「それが何か、お分かりなのですか?」
「分かったよ、何を隠しているのか。あと、フラビーたちがひたすら君に笑顔になって欲しいことも分かった。何だか、昔を思い出したよ」
とタロウがはにかむ。
それは、レオーネ国の宮廷育ちのタロウとハナが、数年かけて上級魔法である瞬間移動――テレトラスポルト――を習得した7歳と6歳の頃の話。
マサムネに随伴してこの国にやって来、異国の新鮮な風景に2匹がはしゃいでいたのも束の間。
オルキデーア城に入るなり、出迎えてくれた使用人たちの不自然な笑顔に、宮廷中から聞こえてくるおびただしい数の陰口に、2匹はすっかり消沈してしまった。
そして子供だったことから、来てから1時間後には「帰りたい」とマサムネに泣き付いた。
「でもね、その時フラビーたちの会話が聞こえて来たんだ。あの時はまだ、フラビーたちは僕とハナがどれだけ耳が利くか知らなくってね。中庭に出れば大丈夫だと思ったんだろうけど、はっきり聞こえてたよ」
タロウとハナが嫌な思いをしないように、城の者が陰口を叩いていることは2匹に知られないようにしよう。
2匹が傷付かぬように、皆が歓迎していると嘘を吐こう。
2匹の好きな遊びを沢山しよう、好物の魚をたくさん用意しよう。
猫は寝るのも好きだから、レットを雲よりもふかふかにしよう。
あ、そうだ、南の温泉に連れて行ったら喜ぶかもしれないぞ。
いやでも、猫だから風呂は苦手かな?
じゃあ、釣り竿を持って魚釣りに連れて行こう。
おっと駄目だぞ、2匹よりも多く釣っては。
こっそり、魚籠の中の魚を調節して、2匹が一番釣れたことにするんだ。
2匹が、笑顔で帰れるように――
「僕とハナは、慌てて涙を拭ったよ。子供でも、ここで泣いて帰ってはいけないと思った。フラビーたちの厚意に、応えなきゃいけないって思った。とてもとても、嬉しかったから。僕とハナは、フラビーたちが大好きだ」
だから、とタロウが声を強くした。
「君は、知っておくべきだと思った。君は賢いようだから、フラビーたちの力になれると思った。違う?」
ベルの声も、「スィー」と強くなった。
「と言いましても、力になれるかどうかは分かりません。しかし私は、フラヴィオ様のお力になりたいのです。フラヴィオ様のお力になれぬことが、辛く苦しいのです……!」
とベルの声に涙が滲むと、タロウが辺りを気にした様子でベルに手を差し出した。
「掴まって。他の場所に移動しよう。大丈夫、遠くに行かないし、テレトラスポルトだから一瞬で戻って来れる。もう一度言うけど、僕はフラビーたちが大好きだ。だから賢い君に教えるよ。フラビーたちが、君に何を隠しているのかを」
頷いたベルが差し出された手を握ると、タロウが「テレトラスポルト」と言った。
すると瞬きを一度したあいだに、あたりの風景が北の海にすり替わっていた。
さっきマサムネ一行を出迎えた浜辺の上に、タロウと向かい合って立っている。
タロウの真剣な面持ちが、そこにあった。
「怒らないで聞いて、ベル。僕は決して、フラビーたちを侮辱しているんじゃない」
ベルの緊張気味の「スィー」の返事を確認した後、タロウが続ける。
「僕は心の底から思う。フラビーは『力の王』で、リコたんは『力の王弟』、アドぽんは『人間卒業生』だと」
「まだ卒業されてなかったような……」
「この3人は、本当に強い。魔力を持たないモストロがいるのかと思ったくらい、強いよ。それをコニッリョたちはきっと目撃してる。だから必要以上に怖がられ、警戒されるのも無理はない。でも、それじゃ駄目なんだ。この国は、コニッリョの力がいる。今、すぐにでもだ」
ベルは「スィー」と返事をし、タロウの言葉をしかと頭に焼き付けていく。
「何故ならね、ベル。この国が強かったのは、今は昔のこと。今現在のこの国は、とても弱いからだよ――」
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