酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第5話ー3

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 プリームラ町の一番東までやってくると、プリームラ城があった。

 オルキデーア城の中庭ではオルキデーア軍に所属している将兵がそうであるように、こちらではプリームラ軍に所属している将兵が中庭で軍事訓練に精勤しているらしい。

 本日は時間がない故に、プリームラ城の大手門へと続く勾配は上らなかった。

 フラヴィオは城の脇を通って市壁の東門を潜ると、馬の足を速めた。

「ちなみに海上勤務――海兵もいるぞ。基本はチクラミーノ港に近いプリームラ軍の将兵に任せているが、オルキデーア軍の将兵もいる」

 少しして辿り着いたチクラミーノ港は、冬だったならばぼんやりとした蝋燭の灯りだけで見ることになっていただろうが、現在はまだ8月末なので辛うじて赤の空に照らされていた。

 そこには船が大小何隻もあった。

 そのうち、比較的細長い船体で、両舷に櫂が沢山ついているものにベルの目が留まる。

 図書室の本の中で見つけ、まるでムカデのような船だと興味深く眺めていたものだ。

「これが『ガレー船ガレーア』なのですね」

「うむ。軍船もあるが、主に隣島への商船・貿易船に使っている。学んだだろうが、あの沢山の櫂を人力で動かして進むんだ。これが重労働でな。船員の水や食料を充分に備えてしまうと重すぎて進まないし、積み荷は必要最低限だ」

「なるほど。隣島との交易に限られるのは頷けます。しかし、帆もあるようですが」

「ああ、目的地と風向きの方向が合っていれば、風力が利用できる。その分、大昔に比べたら楽だ。が、ガレーアの細長い船体はあまり帆走に向いてなくってな。やはり人力中心になるし、積極的に漕ぎ手になってくれる者が少ないんだ。今やガレーアの水夫といったら、半分以上が罪人だ」

 ベルは「そうですか」と返した後、夕闇に包まれていく穏やかな海を見つめる。

 波の音も、潮の香りも、10年ぶりだった。

 図書室でフェデリコに世界地図を見せてもらったが、ここから真っ直ぐに東へと向かって行くと隣島アクアーリオに辿り着き、さらに遠くへ行くと大陸があって、その先に友好国レオーネ島があるようだった。

 地図を見て最初に驚いたのは、この国はとても小さいということだった。

 一応知ってはいたが、想像以上にとてもとても狭小な島だった。

 このフラヴィオ・マストランジェロという男には小さすぎて、溢れ返ってしまいそうだと思った。

 大陸はともかく、比較的小さい隣のアクアーリオ島でも10倍大きく、レオーネ島は40倍近く大きいとフェデリコが言っていた。

 そのくせこの島は宝島なものだから、当然のごとく他国や海賊の標的にされるのだという。

 今のところ、力の王フラヴィオと、その同等の力を持つ弟フェデリコ、人間離れして怪力のアドルフォによって敵は滅多打ちにされて帰っていくらしいが。

「これからも勝ち続けるように存じます」

 ――フラヴィオたちが負ける図を想像出来ずベルがそう言うと、フェデリコが一呼吸置いて微笑した。

「ああ、もちろんだ」

 ――その笑顔はどこか不自然に感じたが、それは気のせいではなかったのではないかと今になって考える。

 フラヴィオがそうであるように、弟のフェデリコもこのベルに何かを隠しているのかもしれない。

 そう考えていた時、フラヴィオが「ちょっと待っててくれ」と言って下馬した。歩み寄って行ったのはひとりの海兵らしき者で、何かを訊いたようだ。

 フラヴィオが何を訊いたのかはベルには聞こえなかったが、海兵が首を横に振った――「ノ」と言ったのは分かった。

 そしてこちらへ戻って来ようと振り返ったフラヴィオの表情は、一瞬だけではあるが、険しいものだったのをベルは見逃さなかった。

 すぐさま笑顔に戻ったフラヴィオに、気になって問うてみる。

「どうされたのですか?」

「いや、何でもない。ちょっと海で探しものをしていてな」

 さっきの様子からいって、その探しものは見つからなかったようだ。

 何を探しているのかと問う前に、フラヴィオが一隻の大きな帆船を指差して言葉を続ける。

 海上のこととなるとコニッリョが絡んでいるかどうかは分からないが、これもまたベルに何かを隠そうとしているように見えた。

「ちなみにな、ベル? あの大きめの帆船あるだろう? あれな、『ガレオン船ガレオーネ』と言って、最近攻めて来た海賊から頂いたものなんだ」

「そうですか。凄いですね、砲が2列に渡ってたくさんあります」

「ああ。まぁ、艦砲の命中率は悪いんだが飛距離が素晴らしいし、優秀な軍船だ。なんせ、敵が攻めて来たとしても、こっちは安全圏内から打てるからな。それからガレーアよりは当然、向こうにあるずんぐりむっくりの大きな帆船――カラック船カラッカ――よりも荷が積めるし、比べて小回りも利く。ちなみに、船内を調べてみたら金銀財宝がザックザクでなぁ」

 と、フラヴィオが快活な笑い声を響かせた。

「それは幸運でしたね。有難い副収入となったのでは」

「そうなんだ」

「ちなみにフェデリコ様や、国庫の管理担当の家政婦長ピエトラ様が、フラヴィオ様が必要ないものまで輸入したがるとお困りでしたが」

「フェーデやピエトラはうるさいが、余はそんなことはないと思っている。友好国のレオーネ島とは、特に『付き合い』も大切にしたいしな」

「では最近、レオーネ国からの輸入をお考えになったもので一番フェデリコ様やピエトラ様に怒られたものは何ですか?」

 フラヴィオが「えーと」と、数秒のあいだ黙考した。

「レオーネ島の一部でよく獲れるらしいんだ。たしか『ホヤ』……とかいったか?」

 名前すらよく覚えていないものらしい。

「食べ物ですか?」

「うむ、魚でもない貝でもない海の生物だそうだ。周りの赤い殻が少しボコボコしていて、中はオレンジアランチャ色で……なんというか、悪い言い方をすれば『ゲテモノ』に見えた。向こうで『珍味』とされているせいか、好んで食べるのも一部らしくってな。明後日も来るレオーネ国の王太子が、大量に獲れた年に勿体ないから買ってくれと持ってきたことがあった。ああ、高くないぞ? 安いんだ」

「そうですか。しかしそれは、この国では『美味』とされるようなお味だったのですか?」

「余は「ごふっ」、フェーデは「うっ」、ドルフは「うぐぅ」。草食のアリーは試食しなかったが、口に入れるなり言葉を失ったヴィットーリアが、食べようとした子供たちの皿を慌てて取り上げ、その傍らでベラが「おぅえぇぇぇえ」……あれは我が国民にとって、『美味』とは程遠い。そして『珍味』でもない…………そう、見たまんま『ゲテモノ』――」

「ご遠慮ください」

 そして始まるベルの淡々早口説教。

「よろしいですか、フラヴィオ様。王政である以上、莫大なお金が掛かるもの。フェデリコ様からお聞きしたところ、官僚の給料は『とても』を超えて『無駄』に高額ですし、常備軍――オルキデーア軍・プリームラ軍の兵士ひとりひとりにだって給料を支払わなければならないのです。また、先日下級使用人の方々がお給料の話をしているのを聞きましたが、私は中級、もしくは上級使用人の方々の話かと耳を疑いました。そして、中級・上級使用人の方々はさらに高額だと考えたら驚愕致しました。2、30人程度の使用人なら兎も角、下級使用人だけでも3桁を超える数を雇っているのですから、いくら何でも減額すべきだと私は心の底から存じますが、お優しいフラヴィオ様はさぞお心苦しいことでしょう。しかし、さらに言えば怪我や病気の際の治療費や入院費、学生の学費などは無料にしていますし、医者や教師の給料も国庫から出しているのです。ならばこれから先、ガローファノ鉱山からオルキデーア石や金銀、ついでに銅やその他金属も採れなくなる日が来るかもしれないというのならば、尚のこと無駄遣いは控えなければなりません。積極的に増やさねばならないのは輸出であって、輸入は必要最低限に抑えなければフラヴィオ様の大切なこの国はいずれ崩壊してしまいます。先ほどのその『ホヤ』は安いと仰いましたが、塵も積もれば山となるのです。私は先ほどたしかに健康のために色々な食材を満遍なく召し上がるよう言いましたが、この国は食べ物には困っていませんし、友好国とのお付き合いとはいえ飲み込むことすら困難なほどの『ゲテモノ』の輸入など言語道断――」

 フラヴィオは馬を方向転換させると、北側の海沿いを通って帰路に着いた。

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