酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第7話-1 魔法とモストロ

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 とても小さな宝島カプリコルノの、王都オルキデーアの宮廷――オルキデーア城――の裏庭。

 王妃ヴィットーリアと、大公夫人アリーチェの声が響き渡る。

「これ、ベル! 止まるのじゃ!」

「いけないわ、ベル! 武器をしまって!」

 続いて、王妃の妹――侯爵夫人ベラドンナの声も響く。

「だーから、『食べられない方のウサギ』だってばベル! 狩ってどうすんの!」

 裏庭に広がる庭園の中央付近にある、円卓で茶をしている3人の目線の先。

 短剣片手に疾走しているベルが搦手門を潜ると、そこにいた衛兵たちも声を上げた。

「宮廷天使様、大丈夫ですよ!」

「この辺でよく見るコニッリョでした、害はありません!」

 どの声も、ベルの耳には届いていなかった。

 自身の嫌な動悸に鼓膜が支配され、顔は真っ青だ。

 搦手門のすぐ正面に見える市壁の北門を潜ると、そこには下り傾斜の森が広がっている。

 辺りを見回し、左の方へと顔を向けた刹那、ヴァレンティーナから手渡しで茶菓子を貰おうとしている若いオスのコニッリョこと、コニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテ――モストロ――が目に入った。

 心臓が凍り付くような感覚を覚えると同時に、「触れるな!」と叫ぶ。

 こんなに大きな声を上げるのは一体いつぶりか、または初めてか。

 コニッリョが飛び跳ね、脱兎の勢いで斜面を駆け下りていく一方、ヴァレンティーナも驚いた様子で振り返った。

「ベ、ベルっ……? ど、どうしたの?」

「ティーナ様、お怪我は……!」

 とティーナの全身をくまなく確認するベルの身体は、小刻みに震えている。

「大丈夫よ、ベル。コニッリョは人を傷付けたりしないのよ?」

「フラヴィオ様やフェーデ様、ドルフ様からもそう伺っておりますし、私自身も図書室の本で学びましたが、信用してはなりません。あれは人ではないのですから」

「大丈夫――」

「なりません! 人ですら信用ならないのに、あんな奇怪な生き物などっ……危険極まりありません!」

 そこへ、「逆じゃ」と後方から突っ込みが入った。

 振り返ると、ヴィットーリアとベラドンナ、アリーチェが追い駆けて来ていた。

 突っ込みはヴィットーリアの声だったが、アリーチェがベルを宥めるようにこう続ける。

「大丈夫よ、ベル。コニッリョはただ生きるために、人の食べ物を盗ってしまうだけ。盗られてしまった人が怒るのは仕方がないけれど、そうでなくとも罵声を浴びせたり暴力を振るったりする人とは違って、コニッリョは害意を抱いたりしないわ」

「伺いました、学びました、故に存じております。しかしっ……」

 ベルの身体の震えが止まらない。

 何者かの気配を感じて、機敏に振り返る。

 先ほどのコニッリョが、遠くの木に身を隠しながらこちらを見ていた。

 思わず右手に持っていた短剣を投げそうになったベルを、ヴィットーリアとベラドンナ、アリーチェが慌てて止める。

「これ、ベル! 止めるのじゃ!」

 とヴィットーリアが両手でベルの右腕を掴み、ベラドンナがベルを羽交い絞めにする。

「アンタねぇ、食べられないものは狩るもんじゃないのよ!?」

「早く武器を捨てて、ベル! コニッリョは、武器が殺傷するものだって分かっているの!」

 とベルの手から短剣を奪ったアリーチェが、「あっ」と声を上げてヴィットーリアを顔を見合わせた。

 同時に苦笑していく。

「アリーや……ついにそなたもコニッリョの敵になってしまったのう……」

「ごめんなさい、お義姉様……。コニッリョがこの先、人に心を開いてくれるとしたら、後はもうティーナ殿下だけかも……」

 ベルは、少し我に返ってヴィットーリアとアリーチェの顔を見た。

 一体、何の話をしているのか。

 まるであの奇怪な生き物を、仲間にしたいような口ぶりだ。

 ベルの心境を察したベラドンナが、こう答える。

「これから先、この国はコニッリョの力が必要なんですって」

「え……?」

「要は、人間が使えない『魔法』の力が必要になるってこと。ドルフやワタシは、そんなの必要ないって思うけどね」

 ベルが困惑してヴィットーリアとアリーチェの顔を見る傍ら、ヴァレンティーナが斜面を小走りで降りていく。

 ベルは再び狼狽したが、ベラドンナに加えてヴィットーリアとアリーチェにも押さえ付けられて、まったく身動きが出来なくなった。

「ティーナを見るのじゃ、ベル」

 と、ヴィットーリアがベルの耳元で囁いた。

 ヴァレンティーナが近寄っていくと、木に身を隠していたコニッリョがこちらを警戒した様子を見せながらも姿を現した。
 
 また他にも2匹コニッリョがいたようで、それらもヴァレンティーナに近寄って行った。

「はい、どうぞ」

 ――ヴァレンティーナがそう言いながら、3匹のコニッリョに茶菓子を1つずつ手渡していく。

「あれが出来るのは、まだコニッリョの前で凶器を手にしたことのないティーナだけじゃ。フラヴィオたちや将兵などの男たちはいつも武器を持っておるし、ベラは狩りに行く度に弓矢を持ち、私はオルランドが幼少の頃にコニッリョを襲ってしまったことがある――そう、今のそなたがティーナを守ろうとしたように。その時、多くの使用人も包丁やらナイフコルテッロやら持ち出して、コニッリョを退治しようとしてしまった。アリーも今までコニッリョの敵ではなかったが……先ほどから駄目になってしまった。アリーが武器を持ったことは、きっとすぐにコニッリョたちの中で広まるじゃろう。コニッリョたちは、それほどに臆病なモストロじゃ」

 ベルは小さく「申し訳ございません」と謝った。

 それは自身の所為ではあるが、かと言って謝る必要もないように感じて、複雑な気分だった。アドルフォやベラドンナと同様、あの奇怪なモストロをわざわざ仲間にする必要などあるように思えなくて。

「だから、分かったのう、ベル? そなたはあのティーナの侍女じゃ。コニッリョを見る度に武器を持っていては、いずれティーナもコニッリョの敵にされてしまう。それでは駄目じゃ。ひとりでも多く、コニッリョの敵ではない者が必要なのじゃから」

 承知の返事が出来なくて口籠っているベルを見、ヴィットーリアが小さく溜め息を吐いてこう言った。

「いまいち腑に落ちないようじゃな。でもまぁ……ちょうど明日遊びにやって来るレオーネ国の王太子殿下らと接しているうちに、その必要性が分かるじゃろうて」



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