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121 お見送りと憂鬱
しおりを挟む「いやだよぉー! 離れたくないよぉ」
リッターオルデンの門前、私はアルノーにしがみつき駄々をこねていた。
今日でアルノーが学院に戻るのは理解してたが、どうしようもない悲しみが消えるわけではない。大好きな弟とまた一年以上離れるなんてどうしようもなく辛くて仕方ないのだ。
「リズ、俺も一緒にいたいけど学院で頑張るから応援して? そして食糧送ってくれると助かるんだけど……」
「うー、わかったよぉー!」
アルノーのために私は頑張らなくてはならない。あまり美味しくない食生活を豊かにするために私は頑張らなくてはならないのだ!
流れてくる鼻水を必死にすすり、用意した木箱を受け渡す。中身は新作のフリーズドライを含めた保存食で前回持たせた時よりもはるかに多い。もとより多くの貴族が属する学院なため、私達からみて大量でも貴族から見ると凄く少ない量らしく持ち込みに関して特に注意されることはない。
アルノーの隣で必死に頭を下げるダリウスにも木箱一つ分を渡し、可愛い弟のことを頼む。チラチラこちらをみて蔑む貴族や顔を真っ青にする貴族から弟を守る、もしくはフォローする為の賄賂だと思ってもらいたい。
「もし足りなくなったら何時でも連絡してね? すぐ持ってくるから!」
「うん! あ、ダリウスの分はあんまりないからね?」
「そんなっ! その時は俺にも分けてくれよっ」
あからさまに肩を落とすダリウスに不憫に思う視線を向けるも言葉をかける事はない。私にとって大事なのはアルノーであって弟の友人のダリウスではないのだ。
アルノーから頼まれれば用意しても良いが、そうじゃなければわざわざ商家の人間であり、私の事を深く知ろうと踏み込もうとした人間に施しなどはしない。
精々アルノーの友人止まりでいてくれ。私と深く関わりをも持とうと考えないで欲しいものだ。
最後にもう一度アルノーに抱きつき、またねと小さく挨拶を交わす。今度会えるのはまた一年後になるだろうけどなんとかやっていくしかない。当分はレドに癒されるとしよう。
アルノーが学院へ戻ったその日はもう何もする気が起きず、私はのんびりとスヴェンと二人で街を練り歩く。ガンペシェの串焼きを立ち食いしてみたり、蜂蜜がたっぷりかかった棒パンを買って食べたりと食い歩き三昧を果たした。今日が終わると面倒事があるとわかっていると本当に何もする気にならず、夕ご飯も卵掛けご飯だけ。寝泊りしているスヴェンから小言を言われたが、青ネギとごま油をトッピングしてあげたらそれなりに喜んでいたので良しとしてもらいたい。
明くる日の朝の寝起きはアルノーがいない寂しさと、領主邸へ向かわなきゃならない面倒くささが交じりあって最悪なものだった。スヴェンもスヴェンであまり顔色が宜しくない。
スヴェン曰く、また私が良からぬ事を言うんではないかという不安があった為の寝不足だそうだ。全く持って失礼極まりない。
今回は招待状とあってかどうやらお迎えがくるようなので珍しくおめかしをする事になった。私はいつもどおりちょっとキレイ目な普段着でいいんじゃないかと思ったがスヴェンが首を横に振り、しかたなく仕舞い込んでいたキレイ目系なワンピースを着る。ワンピース自体は少し肩の出るデザインの空色カラー。使ってる糸はザイデシュピネの最高品質のものである。パメラとエーフィが私のために仕上げてくれた逸品ともいえる。
どうしてそんな物あるのかというと、溜まりに溜まっていた糸の処理を二人に頼んだら私の服が出来てしまったとしか言いようが無い。デザインの少し違うワンピースもまだまだあるのだが、上等品ゆえに着る機会がなく殆どを仕舞い込んでいるのが現状だ。
流石に平民が何着も持っていたらおかしな品物だと私だって理解しているからこそ、タンスの肥やしになっていただいているのである。
服に合うように髪もオイルをつけて念入りに梳かして艶を出し、ハーフアップにしてリボンをつける。何時もはポニーテールにしていたからあまり気にしていなかったが、随分と髪が伸びていた事がわかる。いっそのことバッサリと切っても良いとも思うがアルノーとお揃いの蜂蜜色をした髪は好きだし、女性が髪を短くする事があまりないこの世界では短髪の女は浮くだろう。だからよほどのことがない限り肩より上の髪型にはする事はない。
長くなった髪をひと撫でしため息をつき居間へともどると、そこには私と同様におめかしをしたスヴェンがいた。
いつもまばらな髭はきちんと剃られ、衣服も繕いがない綺麗なもの。髪もきちんとセットされておりいつも以上に気合が入っているのがわかる。何故そこまで気を使うのかと問い掛ければ、今回は領主からの"招待"であり無下にできないとの返答だ。
「……馬子にも衣装だな」
「その言葉、そっくりそのまま言い返してやる!」
あからさまに私を小馬鹿にするスヴェンに悪態をつき、お迎えが来るまで暫しの休息だ。
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