リズエッタのチート飯

10期

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閑話 終わりの始まり

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 とある屋敷の一室で、それは静かに始まった。

 対峙するのは2人の男。
 一人は眉間に皺を寄せながらもゆったりと深く腰を下ろし、もう一人は緊張した顔つきでその者の前に立っている。

 男の名前はガリレオ・バーベイル。
 ハウシュタットを含めた土地の領主であるとともに、騎士団における最有力人物だ。
 そんな彼より遥か上の立場であるその男は、静かに口を開いた。

「何か、私に報告してない事があるのではないか?」

 その眼光は鋭く、ガリレオを貫くように見つめている。ゴクリと喉を鳴らし、ガリレオは静かに片膝ついて深々と頭を下げた。

「…………一つ、ご報告していない事がございます。ですがーー」
「言い訳は良い、話せ」

 男の口調から拒否することを否定され、ガリレオは重々しく口を開いた。
 それの内容は騎士団における有力な情報であり、この国、アリエスゲーデにとっても重要な情報でもある。
 それをなぜガリレオが上へ報告しなかったかと問えば、そこには確かな確信がなかったからだといえよう。



 彼が例の家族と取引を始めてからすでに一年近くは経っている。そしてその間の騎士に対して行われた性能実験は上々、何をとっても利点しかなかった。

 体力魔力共に向上、怪我の治りも早い。
 常備している保存食よりもはるかに良い味に、性能。
 全てにとって神の作りしものといえた。
 しかしそれを立証できる証拠は未だ出ておらず、上に通すにも不確定なところが多すぎたのだ。

 一人の人間が作るにしろ使用している塩の量も香辛料の量も、どの港やギルドを通して調べても使用量に届かない。
 見たことのない果実や制作方法、それらを確信できるものもない。
 それに亜人を使っているからといってあの量を生産できる土地も、能力も持っているとは思えなかったのである。

 そんな不確定だらけの情報を誰が口にできる。
 何一つ理解できないものを国の上層部に上げることは愚行にも思えたのだ。

「バーベイルよ、噂というものは風に乗りすぐに届くものだ。商人達の噂話、冒険者の口伝え、それになにより貴族からの報告。ーーーー本来なら貴公の口から聞けるのを私は楽しみにしていた。だというのに待てど待てど報告はなく、ついには大量の亜人を子供に、それもただの領民に売り渡すなど不可解なもののみが集まってくる。……さて、それをどう説明する?」


 一層鋭くなる視線にガリレオは喉を鳴らし、そして深々と頭を下げる。
 そして一言、まだ不確かな事ですがと言葉を放った。



 不確かなこと。
 それはもちろん確定されていない情報の数々であり、ガリレオ自身が深く説明のできないもの。
 その中で最も重要な情報の一つは、場合によってはこちらの命を狙うものがいるという可能性。
 それが何よりガリレオの口を重くした。


「現段階で分かっているのはその食べ物を作り出しているものと、それ自体の性能。ーーーーそして何より関わることの危険性とも言えます。私が調べただけで十数人のものが命を落としている。その原理が分からずご報告が遅れてしまったのは、事実です」
「全てがただの偶然ということは?」
「それにしては出来すぎています! 彼らを狙ったと思われる盗賊は無残にも食い殺され、商人、貴族は原因不明の死。出来る範囲で毒殺の線で調べましたが、それに至る証拠は出てきませんでした。だというのにこのような事をご報告すればすぐ様彼らを取り込もうと閣下は動き始めるでしょう。その結果もしもの事があったらと考えるとーー」


 報告なんて出来るはずもなかった。

 わざとではないがガリレオは彼女の不評を一度買っている。
 それでもし自分にもしもの事があればその危険性を解く事が出来たが、それも空振りで終わり大量の亜人を買い取られるという結果だけ。

 そして今日に至るまで、彼らが何かと繋がっているという確信は取れなかったのだ。

「ーー貴公の話は理解した。それでもなお、その様な力を持つものを国として放ってはおけぬ。たとえ身を危険に晒したとしても、手に入れておかなければならない」
「閣下っ!」
「何、案ずるな。どんな力を持っていてもこの国の民だ。国の為、王の命令となれば逆らうことはあるまいよ。それに王の命を狙う馬鹿もおるまい? …………バーベイルよ、全ては我が国のためなのだ、やる事は分っておるな?」
「ーーはっ」
「ならば、頼んだぞ」


 気高く微笑む王の前に、ガリレオはただ跪き頭を垂れるだけ。
 それはかの人が去った後にも続き、そして深々と息を漏らした。

 手に入れろなんて、簡単に言ってくれる。

 ただの平民であれば取り込むのは簡単だったかもしれない。
 金をちらつかせるか、"貴族"という盾を使えばどうにかなった可能性もあった。

 けれど彼らは、特に孫娘の彼女は金にも権力にも動じないだろうと、ガリレオは知っていた。

 あの堂々とした態度には自分が知らない"何か"が隠されているはずだ。
 それが解りさえすれば。

 深く、深く息を吐き、ガリレオは髪をかきあげる。
 この先何をすればいいか、何をすれば彼らの同意を取れるか早急に考えなくてはならない。
 たとえそれに危険が伴っていたとしても、拒否できぬ命令が出てしまった以上成し遂げなければならないのだ。


















 そして神はほくそ笑む。
 おもちゃを見つけた様に、駒を動かす様に。
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