リズエッタのチート飯

10期

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★涙の理由

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 小さき者ドワーフガニダは長い髭を撫でながら歯を食いしばった。
 やはり人間なんて信用してはならないのだと。



 目の前いるのは目を腫らした同胞四人。
 中でも屈強な熊の亜人であるネラがいまだに鼻をすすっている姿をみれば、酷い扱いを受けたに違いないとガニダは考えた。

 どんな美味い食べ物を与えられようが適度の自由が与えられようが、結局行き着く先はみな同じ。
 人と見た目の違う亜人である以上、雇い主が変わったところでそれ相応の仕打ちを受けるのだ。
 いっそのこと死を覚悟してあの子供に刃向かうのも手かもしれないとさえ、ガニダは考えたのである。

「ネラ! オマエら一体何をされた? 怪我はねぇか? 今のオラならあんなに小娘一殴りでーー」
「そりゃいけねぇ、いけねぇよガニダ。あの人を"小娘"なんて呼んじゃいけねぇ! あの人は何も悪いことなんてしちゃいねぇ!」
「ーーなら何でそんな顔しとるっ!」

 必死に首を振る四人の姿にガニダは声を荒げ、そう言えと言われているのかと、黙っていろと言われたのかと問いかける。
 しかしネラはそんことはないと、何も言われてないしされてもいない。俺達が勝手に泣いてこんな顔になっているだけなのだと頑なにリズエッタを庇う姿勢をみせた。

「ガニダ、お前さんが俺らを心配してくれているのは分かる。分かりきっている! でも少しばかり俺たちの話を聞いてからあの人を判断してくれや。それにもうすぐ俺達が泣いた原因もわかるからよぉ」

 そう懇願するネラと他三人にガニダを含めた亜人達は困惑しながらから、渋々と分かったと頷いた。ネラもそれに満足そうに珍しく笑って頷き、後方からゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるシャンタルを指差した。
 彼女が運んでいるものは食事の際に使う器で、皆、食事の時間はまだのはずだと首を傾げた。
 ここでは朝昼晩と日に三度の食事が設けられているが、それにはまだ時間が早い。
 ならあれば何なのだと誰しもが思ったのである。

 そんな彼らの疑問なんてつゆ知らず、シャンタルとミランは一人一人に当たり前のようにソレを手渡し、ニンマリと笑ってみせた。

「これは"おやつ"だ! とりあえず食べでみな!」

 ガニダ達にいきなり渡されたソレは"おやつ"という見たことも聞いたこともないもので、ガニダはまずは匂いから確かめる。
 ほのかに香るかおりは香ばしく、魅力的な匂いが脳を揺さぶり知らぬうちに口内に涎が溢れてはゴクリと喉を鳴らした。

「ーー食べ物、なのか?」

 そっと匙で茶色い丸い物体をすくってみるととろりと黒い液が滴り、その見た目から一瞬本当に食べ物なのかと疑いも生まれる。だがネラを見てみると大きな口で小さな匙を頬張り、目を細めて嬉しそうに歪む表情が浮かんでいた。
 ここは腹を決めるべきだと意を決しつるりとしたソレを頬張ると、全く予想もしていなかったものが口内へと広がったのだ。

「ーーこれは、一体?」

 甘い、なんて言葉だけでは済まない。
 今まで食べてきた穀物よりも蜜よりも、濃厚で舌の根までもに伝わる甘さ。
 ただ一口口に含んだだけだというのに、それだけで"甘い"という事を感じることが出来たのだ。

 そしてそれだけに留まらず、もっちりとした食感とどこか懐かしくなる穀物の風味。ソレら全てがガニダにとって初めてのものであった。

「こんなもの、食べた事はないっ! これは何なんだ!?」
「ーーこれは葛餅というらしい! あの人が作った"おやつ"の一つだ! 驚くのはまだ早いぞ、ガニダ。あの人はこうも言ってた、これは"仕事"に対しての"報酬"で今後も食べられるものだと。一度だけではなく、他の食べ物も用意すると! こんな事が今までにあったか!?」
「ーーーーそんな、馬鹿な。こんな食いもんが報酬だと!? 馬鹿げてる! あの小娘は一体何を考えとるっ!」

 ガニダ達が今まで与えられていたのは日に一度の大量の水で薄められた、わずかに豆の入っただけの味気のないスープで、食べ物と言えるか怪しいものであった。
 だというのに今後は三度の食事に加え、こんなものまで用意されるなんて誰が想像出来ようか。

 ガニダだけではなく、その場にいる亜人が感じたのは幸福よりも深い絶望感だった。健康な体にされたからこそ、死ぬまで過酷な労働を強いられるのではと、恐怖だけが脳裏によぎったのだ。

 しかしながらその考えを否定する役割を持つものが、その場には二人存在していたのである。


「お嬢が望んでるのは平穏。楽に暮らして楽に生きる事。必要以上の労働は求めていない。それに私たちが望めばそれぞれの好きな料理も作ってくれるし、こんな甘いお菓子も与えてくれる」
「やる事は、一つ。与えられたノルマ、こなすだけ。それ以上は求めてない。あとは自由」
「お前らは酷な仕事を与えられると思ってるだろうけど、そんな事はないさ。頑張れば半日で終わらせて、あとはこの庭でできる作物を好きに飲み食いしても怒られない! 生きてる事は辛くないんだって思える生活がおくれる! 最初は私はそんなうまい話があるかって疑ったが、今じゃ疑いもクソもない。ここで生きる事、それだけが幸せだって今は思っているし、お前らもそうなればいいとも思ってる。まぁ、結局どう考えるかは各々だがな!」

 すくなくとも死ぬような苦悩はないと断言したシャンタルにガニダは頭を悩ませた。

 同じ亜人だからこそ彼女が嘘をついたと思いたくはない。
 だが、同じ亜人だからこそ信じていいとは限らない。
 劣等種と卑下する者たちのように、どこにだって見下す者は存在しているのだから。


「ーーーーオラたちは何を、すれば良い。何を信じれば良い……?」
「ーー仕事だけ、すれば良い。信頼も、信用も、お嬢は要らない。求めてない。でも、勝手に思うのは、問題ない」
「結局のところ、生き方を決めるのはお前達次第だからな。そうだな、敢えて言うのならば私はここで生きることをお勧めするよ。ここほど"自分が尊重"される場所はない」


 はじめこそここに来たばかりのガニダ達と同じようにシャンタルは人間を、リズエッタを恨んではいたのだ。
 けれどもいつしかその恨みは消え、なぜだが生まれてきたのは彼女が拒んだ信頼感。

 ここにいれば生きていれると、幸せになれるとそう感じ、思い、考え、リズエッタを信用さえしてしまった。

 ある意味それは依存とも言えるのかもしれないが、それでもリズエッタとの一定の距離感がシャンタルには心地よかったのだ。

 だからこそシャンタルは同じ亜人として同胞して、彼らがここで生きる事を望んでくれればと思い、リズエッタを否定しなければ良いと思っている。

「ーー時間はいくらでもあるさ。自分でどう過ごしたいか決めて、生きるしかない。従うしかない。でも、他の誰かよりお嬢にしといたほうが楽に生きられるのは確かだ。よく考えるんだな、これからの幸せを」

 望めば手に入れられる幸せが、平穏がそこにはあった。
 望む事が出来なかった至福がそこにはあった。

 それに触れて、施されて。
  "普通"の幸せを手に入れるチャンスが、そこにはあった。



 ガニダは一人考える。
 これは夢か現実か。
 本当に手の届く場所に平穏なんてあるのかと。
 リズエッタという人間に全てを預ける事が出来るのかと。

 幸せそうに頬を緩めるネラとそれにつられて微笑む亜人達を見ながら、ガニダは深く息を吐いた。





















「ーーーー綺麗」

 暗い部屋で暗い目で、一箇所に集まり肩を寄せ合い、彼らはそれをただ眺めている。

 シャンタルとガニダが話をしている一方で、目の前の出来事にパメラは困惑していた。

 彼等はここに来てから何かに興味を持ったことはなかった。
 パメラに指示されればそれに従い行動し、人形のような目でただ生きているだけ。
 それがここに連れてこられた森の民エルフ達への認識だった。

 それなのに彼等は一つの花を見て、暗くくもった瞳を煌めかせているではないか。


 その花はリズエッタが精霊達からもらった特殊な花。

 彼等の飲み水用にとパメラに渡された精霊の花。

 リズエッタからすれば特別でもなんでもない、ただの便利な花。

 それを彼等は一心眺め、綺麗だと弾ませた声で囁いた。

「綺麗ーー」

 パメラにはなんの変哲も感じられないその花は森の民エルフから見れば輝いて見えた。
 それは比喩などではなく、彼等の目にはたしかに輝いて見えていた。

 精霊の残した光りが煌々と輝いて、彼等の目にも失った生を希望を灯らせた。

 永き時を生きる森の民エルフだけが許されたその目には、美しくも儚げな、精霊の光が確かに見えていたのだ。










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