リズエッタのチート飯

10期

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ご乱心

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「うぉぉぉぉお! くそー! こなくそー!」

「ご乱心ね」
「ご乱心、だな」

 粘り気の伴った小麦粉の塊に拳をめり込ませ、私は悪態を吐く。
 それをそばで見ているパメラとミランは私を落ち着かせる事はなく、各々の仕事に取り組んでいた。
 領主の家から帰ってきた私の機嫌は最悪で、本来ならば海の幸を使った料理でもと思っていたがそうは行動できなくなったのだ。
 あの領主の舐め腐った言い方が態度が、どうも気に入らない。
 対等な立場、とか言いながら無意識に私を下に見ている行動が気に入らない。
 亜人を用意できなかったのならばその理由を正直に教えてくれれば私だって待つことはできたのに。
 それなのに。
 それなのに!
 元からあいつは欠損奴隷不良品を売る気だったんじゃないのか?!

「くそがぁぁぁぁぁあ!」

 ビタンビタンと私の恨みつらみ、怒りを孕んだうどんはこれまた立派なコシを生み、味見したパメラから好評をもらったのは思わぬ成果である。

 出来上がったうどんを人数分に装いそれら全員に配り終えると、私とレド、パメラとミランの四人は同じ食卓を囲む。ティグル家族は駆け回る子らと格闘しながら食事をするため室内よりも外で食べる事が多いし、シャンタルはキリのいい所まで、とまだ仕事中だ。
 なので食事を摂る場所・時間は各々違い、熱々が良いものや取り分け形式の食べ物に限り私が集合をかけるようになっているのだ。

 頂きますと箸を握りズルズルと麺を啜りたいが、どうもイラつきが食事の邪魔をする。
 外の世界のイラつきを庭に持ってくるのは良くないことだと思うが、それを思い出させる人物の存在が怒りを増幅させていた。

「リズ、怒りは分かるがそれとこれは違うだろ? 飯をくれ」
「嫌だ、やらん。スヴェンが勝手に話を進めたのが悪い。私は悪くない。悪いのはスヴェンと領主!」

 ズルズルっとうどんを啜り、キリッとスヴェンを睨む。
 スヴェンの口の端から涎が垂れているが、今の私は怒っているのだ。
 どんなに睨まれたってご飯はやらないぞ。

「別に領主は他の亜人を用意するって言ってんだからいいじゃねぇか。多少俺らを舐めてるかも知れないけど、ちゃんと手に入るんだしっ」
「そういう問題じゃない! 普通対等な取引するなら先に言うでしょ! それを言わずに商品を受け取ってから用意出来ませんでしたっていうのがあり得ないの! もしじゃあ次回でって答えたら『あ、こいつ金でも売ってくれるんじゃね』ってなんじゃん! それに所持してる脆弱な亜人って何? 最初から持ってんじゃねぇかくそやろう!そして何より届いた欠損亜人はどうすんだクソじじい!」

 ドンっとテーブルを叩けばうどんの汁が舞い、同席していた三人は怪訝な顔をする。
 察するに脆弱な亜人と欠損亜人の言葉が引っかかっているのだろう。

「私は怒っている! 非常に怒っている! 舐められるのが気に食わん! 見下すのは私がいいのに! だからスヴェン! ご飯が食べたきゃ領主のとこに行って今後もう一度こんな事があったら即座に取引終了のお知らせと、今回届いた欠損亜人無料譲渡と領主の所持亜人を選ぶ権利を主張してきなさい!」
「んな無茶なーー」
「無茶じゃない! やるの! やってこいこのクソスヴェン! じゃないと一生飯は食えんと思えっ」
「っ分かったよ! やりゃいいんだろやりゃ! その代わり俺の好きなもん作ってもらうかんな! 唐揚げとかオムライスとかお好み焼きとか炒飯とか、肉と魚も豪勢にな!」
「おう、いいだろう。やってんやんよ!」

 スヴェンはぺっと唾を吐いて外へと向かい、私はズルズルと麺を啜った。
 何時もならば私とスヴェンのやりとりが終われば様々な会話が食卓を飛び交うが、今はそうはいかないようだ。
 レドを見てもパメラをみてもミランをみても、うどんを食べる口も手も動いていない。
 思い当たるのは私たちの会話、それしかない。
 庭でこの会話をするんじゃなかったとほんの少し後悔するも時すでに遅く、私は小さくため息をついてレドの頭を撫でた。

「レドレド。スヴェンが上手くやれば欠損がある子たちがここに来ることになる。私のせいとは言えないけど多分きっと、人を怨んでいるであろう子達だ。レド、面倒みれる?」
「ーーそれは勿論です! どんな奴が来てもきちんと教育します、躾けます!」
「躾? ん、まぁいいか、じゃあ頼んだよ。ささ、皆の衆食べなさい。麺が伸びちゃうからね!」


 レドの言葉に躾という言葉が入ったのが気になるが、尻尾はビュンビュン左右に揺れているし大丈夫なのだろう。心なしかパメラとミランの頬も上がっているように見える。
 もし仮にレドが出来ません、なんて言おうものなら引き取るのは止めようと思っていたがそうはならずにすんだ。やはりレド達は他の亜人の処遇を気にしてはいる。ひどい目にあった奴らから目をそらすなんて出来ないのかもしれない。
 そんな優しい感情がいつか裏目に出なければいいけれど思いながら、私はうどんを啜った。








 余談だが、その日から三日間スヴェンは帰ってくることはなく、四日目の夜にニヤニヤと笑って私の元へ帰宅した。そのムカつく笑顔に何が食べたいと問えば、肉から魚、卵に野菜を使った様々な料理をテーブルいっぱい腹一杯と鼻息荒く答えたのである。
 まったくもって、単純な大人だ。



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