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誤解
しおりを挟む「これはパンでそっちはジャム。 飲み物はその水筒に入ってるからね! あとちゃんとホアンさんにもお昼渡すんだよ! じゃあいってらっしゃい!」
私は早朝作ったお弁当擬きを三人に渡し、そして元気よく手を振って狩へと送り出す。
その際に鳥だと嬉しいなと要望を言うのも忘れずに。
最近鶏肉はめっきり食べてないし、市場に売っている鶏肉は年老いた卵を産まなくなった鳥や、家畜として用のなくなった鳥の肉ばかりで硬く美味しくはないのだ。
だからだろうか、私が今一番食べたいのは鶏肉なのである。
ルクルーの肉とは言わないから、せめて大ぶりの鳥だと尚良し。
つまりのところ、今の私は唐揚げが食べたくて食べたくて仕方ない状態なのだ。
まぁ、それはさておき。
「さて、三人は狩りに向かったのだが、私は昨日に引き続き仕事をしなければならない。 って事でついてくる人は手を上げてぇ!」
早い者勝ちだよと右手をピンと伸ばしながら宣言すれば、孤児達の目はキラキラと輝きだす。そして我先にと言うかのように多くの手が上がった。
私と同い年くらいな子もいればまだ幼い子まで、さまざまな子らが仕事をしたくて手を上げて意思を示しているようだ。
「んじゃそこの赤髪の男の子とその隣の二つ結びのそばかすのある女の子。 あとは一人は壁に寄りかかってる男の子。 他は今回はお留守番で!」
選ばれなかった子らの不満な声を聞きながら、私はその三人連れて港へと向かう。
彼らを選んだ理由は孤児の中である程度の年長である事と、服がボロボロだったからだ。
小さな子供過ぎると仕事に支障をきたす可能性もあるし、あまり綺麗な服を着ている子を連れて行って服を汚す仕事をさせるのはあまりにも不憫だろう。
最悪服が汚れて着用不能になった場合は私のお下がりをくれてやればいいのだが、それなら尚更元から汚れた服を着ている子の方がいいと判断した。
港まで向かうまでの道のりで彼ら三人の名前を聞き、赤毛の子がアーロン、そばかすっ子がリラ、もう一人の鼠色の髪を持つ男の子がヤンという名前だと知る。
基本的に私は私に関わる人間しか名前を覚えない為、彼らが一度私に名前を教えたと宣言しても記憶になどない。
今までの私の生活で人の顔と名前を一致させて覚える必要なんてそうそうなかったのだと三人に諭しながら、仕事場であるエリオの船に目指した。
船についたのは彼らの家を出て三十分ほど経った頃で、その時にはすでに逞しい筋肉を持った男達が忙しなく働いていた。
筋肉達に揉みくちゃにされないされないように開いた隙間をするりするりと通り抜け、昨日と同じように船に乗り込む。
そして船員の一人に声をかけて今日の仕事を仰いだ。
「あー、あれだ。 今日はあれ、あれ。 洗濯だ。 船降りてまってろや」
分かりましたと私は答え、ちょっと気まずそうに指示を出した男に頭を下げて登った梯子を颯爽と降りていく。
依頼書にあった清掃に洗濯も含まれているのかと思いながら洗濯物が届くのを四人で待っていると、遠くの方からソレは現れた。
籠に溢れんばかりに詰められた衣類は運んできた人の顔をかくし、一瞬何が現れたか認識出来ないものであった。
それほどの量をよく溜められたものだと驚いていると、次に水の入った樽と洗濯用板、多分石鹸もどきと思われる粉までもが運ばれてくる。
「水が汚くなったら誰かに頼め。 じゃ、任せたぞ」
ぶっきらぼうに話す男はあっという間に去っていき、私達四人は袖をまくって洗濯に取り掛かったのである。
「洗濯かぁ、昨日よりマシか? 匂いはキツくーーーーっない! クッサ! 汗クッサ!」
プゥンと鼻を刺激するは汗独特のあの臭い。
そこに何かが腐ったような匂いと酸っぱい匂い。船乗りだがらか生臭い匂いもする。
昨日と違い匂いにすぐ気づかなかったのは室内ではなく室外だったからだろう。
鼻がねじれる前にと急いで布で鼻を覆い、そして気にしているそぶりの無い三人の鼻にも同じように布を巻いて作業開始。
用意された洗濯板の使い方を教えながら最初は四人で、一陣が終われば流れ作業で洗濯をこなしていく。
「アーロンとヤンは最初のこすり洗いを、リラはその後の濯ぎ洗いを、最後に私が干すの流れ作業でいくよー! 洗濯物はまだまだ沢山ある、頑張ってこー!」
「おー!」
そう言ってる間にも次々に匂いのきつい衣類は山のように積み重なっていき、本当に一日だけで終わるのか不安になってくる。
しかしながら唖然とそれを見ているだけでは仕事にならないので、私はロープと洗い立ての衣類を担いで駆け出したのであった。
「すいませーん! 洗濯もの、ここに干してもいーですかー!」
私が向かった先は船の甲板。
床もすでに掃除されているようでそこまで汚く無いように思えるし、洗濯物が風でとばされたとしても大丈夫だろう。
「好きに使え、落ちんなよ!」
「はーい!」
白ひげを蓄えたおじさんに了承をもらった後、ロープを柱に結びシャツやズボンの通していく。袖や裾を通すことで飛ばされる確率は減るが、若干ロープの色がつきそうでそこだけが不安だ。
パンパンと服を叩いて皺を伸ばし、また船を降りて洗い終えた衣類を籠に入れる。
ただの籠で運び辛いのでうまい具合に朝布を挟み込んで背負えるように改造し、今度はそれを背負ってまた梯子を登る。
登って干して、降りたら詰めて。
久しく動かしていない筋肉をギリギリまで追い詰めるこの仕事に、私の体はすでに限界を迎えつつある。
だがしかし、あの匂いのきつい洗濯物と一緒にいるのは食欲も落ちるし嫌なのだ。
「気合い、根性、ど根性。 頑張れ私。 美味しいご飯のため!」
昨日は鼻に臭いがこびりついてご飯どころじゃなかった。
何を食べても飲んでも、あの匂いを口に入れているようで地獄を味わったのだ。故に今日は意地でもあの匂いを嗅いでやるつもりはない。
たとえ筋肉か悲鳴をあげようとも足腰に負担がかかろうとも、そこはだけは譲れない。
「もう一息っとーー!」
何度目かの運搬作業の終盤、不意に私の足の力が抜けた。
ガクンと崩れ落ちる膝。
空に向かう視線。
ふわりと洗い立ての衣服が舞い、それ共に私の体は真っ逆さまへと落ちていく。
頭の中で空が綺麗だなと現実離れした思考と、死ぬかもしれないという思考。その二つが交じり合うのを感じながら、私はいづれ来るだろう身体の衝撃に備えた。
「ーーっあっぶねぇなぁ! 何考えてんだだぁほ!」
しかしながら私の身体を包み込んだのは雄大な海でも、舗装された地面でも無い立派な筋肉で、私の目の前にはサラリとした黒髪が舞い散った。
助かった、と思うより先に久々に見た黒髪を懐かしく思い小さく笑みをこぼす。
けれどもそれを面白く思わなかった男は私を地面に降ろしたと同時に、ゴツゴツとした手を握りしめて私の頭に振り落としたのだ。
「何笑ってんだ! テメェみてぇなお嬢ちゃんに怪我されたらウチの評判が悪くなんだろうか! お仕事ごっこしたけりゃ他所に行け!」
「え? お嬢ちゃん? お仕事ごっこ? 私は依頼に従って仕事をしているまでですが?」
殴られて痛む頭を撫でながらお嬢ちゃんと呼ばれる筋合いもお仕事ごっこと言われる謂れもないと抗議の声をあげると、男はこれまた面倒くさそうに顔を歪めて舌打ちをする。
そしてこれだからお貴族様は嫌いなんだと意味のわからない言葉を吐き出した。
「お貴族ってーー」
何を勘違いしてるんですかと私が問いかけようとすると、その人は誰かに殴られ体は勢いよく飛び音を立てて地面に倒れこんだ。
今の一瞬で何が起こったんだと目をパチクリとさせていると、二、三人の男がこちらに駆け寄りその人を引きずって裏の方へと消えていく。
唖然とした表情でその殴った人へと視線を向ければ、ニヤリと笑った白ひげのおじさんがそこにいた。
「いやぁ、さっきのやつが言ったことは気にすんなや。 くれぐれもお嬢ちゃんのご両親やギルドには内密に」
パチリとチャーミングなウィンクをするおじさんとヨソヨソしくこちらを見ている船員館に、流石の私でも何かおかしな事になっているようだと気づいた。
ニッコリ笑って立ち去ろうとするおじさんの鍛えられた左腕を必死に掴み、私を声を荒げて叫ぶ。
「両親はいませんしギルドは嫌いだし、何より私はお貴族様ではないです! お嬢ちゃんよりも娘っ子が似合う森暮らしの田舎者ですが!」
「いやいや、嘘はつかなんでいい。 バルドロからギルドの上客だと聞いてらぁ」
「違うから! それ違うからぁ! 話し合いをしましょう! 誤解を解きましょう! 私はただのリズエッタですぅ!」
何度も何度も頭を深く下げそれは嘘ですギルドの陰謀ですと言い続ければ、そのおじさんも周りの船員もどうしたものかと眉を顰めはじめる。
私としてもギルドの上客扱いされるのは反吐がでるほど嫌だし、ギルドと深い関係と勘違いされたままなのも嫌だ。
百歩譲って貴族扱いは良しとしても、船員達が私を腫れ物扱いするのは気にくわない。女慣れとか子供が珍しいとかそんなレベルでなく、関わらない方がいい奴とされているのも腹立たしい。
全ての原因がバルドロにあると分かった以上ギルドに報復はするとして、ますが初めにするのはこの人達の誤解を解く事だろう。
「お願いです、話だけでも聞いてくださいお願いします」
「ーーそこまで言うなら、聞いてやらぁ」
心底面倒くさそうに笑いながら白いひげを撫でるおじさんは、今の私にはとてつもなくいい人に見える。
心の奥底で首を洗って待ってろクソバルドロと唱えながら、私はただの田舎者なのだと身の上話をしたのである。
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