リズエッタのチート飯

10期

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仕事を

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 熱したフライパンに一口大に切った肉を置けば、ジュゥっと心地よい音が響き口内の唾液は洪水の如く溢れ出る。
 私を含め周りにいる人間の腹からはグゥグゥと空腹を表す音が合唱し、それとともに期待の込められた瞳が私に突き刺さった。

 肉の焼けたいい香りが辺りに充満し始めた頃、私は醤油や蜂蜜、ニンニクや林檎果汁などで焼肉のタレを自作し、そして焼きたての肉をそのタレにくぐらせる。赤茶色の衣を纏った熱々の肉はテラテラと光を反射させ、滴り落ちる肉汁に私は思わず唾液を飲み込んだ。

 ゴクリ、と喉を鳴らしながら肉の刺さったフォークをゆっくりと口の中へと放り込むと熱々の肉汁と醤油のしょっぱさと蜂蜜のまろやかさ、果汁の甘さが絶妙に混じり合い、口一杯に旨味を広げる。ブレーロの獣臭さはニンニクの辛みで打ち消され、とても食べやすくなっていた。
 ここにご飯が有れば最高だと思いつつ何度も何度も咀嚼し、私はその旨味を堪能したのである。

「これだよこれ、私が食べたかったのはこの肉! 腐りかけてないし生臭くないし、やっぱり自分で獲った方が美味しい肉を調達できる! ほら、お前らもお食べ!」

 口の横についたタレを舐めとりながら肉にフォークを刺し、セシルとウィル、デリアの口に次々と肉を運んでいく。
 ニヤニヤと笑いながら三人が食べる様子を窺っていると、面白いほどに目を輝かせて私とフライパンの肉を交互に見ながら蕩けんばかりの笑顔で肉を飲み込んだ。

「美味い! 肉ってこんな美味しいんだ!」

「初めて食べたけど、すごく美味しい!」

「もっといっぱい寄越せ!」

 頬っぺたに手を置いて遠くを見るデリアの顔は幸せそうで、セシルとウィルは焼かれている肉からは視線を外さない。
 彼らにもっと食わせてやりたいのはやまやまなのだが、ここにいるのは四人だけではないのである。

「食いたきゃ狩りな。 他はみんなの分。 さぁ少年少女達ー、お肉だよー!」

 今私がいるここは彼らの住処のボロ屋。
 美味しそうな匂いにつられた痩せ細った子らは私の周りには集まり、今か今かと施しを待っているのだ。いくら狩りをしたのが私達とはいえ、この子らにあげないで見せつけて食べるなんて事はしたくはない。
 それに彼らがきちんとした肉の味を覚えれば今後は進んで狩りに行ってくれるに違いない。
 初期投資は大切だとようやく手に入れた美味しいお肉を分け与える事が、私に課せられた使命なのだといい聞かせて今は涎をすするとしよう。

「はーい、一列に並んであーん」

 私の声で綺麗に一列に並んだ子らは大きな口を開けて焼いた肉を待つ。
 一人一人わたしが食べさせるのは無用な争いを避けるためだ。
 もし仮に好きに取れと言ってしまえばどれが大きいだの誰が何個食べただのと言い争いが始まるのは目に見えてるし、挙げ句の果てにそれを止めるのに疲れるのは私に違いない。
 ならば最初から親鳥の如く一人一人に食べさせた方が安全だといえる。

「おいしぃ! おにぃちゃん、おねぇちゃん、明日もお肉食べたい!」

「んー、獲れたらな」

 小さい子供達のキラキラとした瞳にセシルとデリアは困ったように笑い、ウィルはウィルで明日はもっと大物を狙うと胸を張った。
 次も上手くいくという確信もないし、毎日ホアンを雇う余裕もないという事を彼は理解していないようだ。

 そんな三人の様子に呆れつつ横目で観察し、今日はタレご飯でもいいなと考えていると不意に肩を叩かれた。
 もう肉はないよと思いつつ振り返れば、そこには眉を八の字に下げた子らが数人で私を見つめている。
 はて、どうしたものかと首を傾げて彼らの口が開くのを待っていると、意を決したように目を鋭く光らせた少年は口を開いたのであった。

「リズエッタ、さん。 俺たちも何かしたい!」

「何かって、具体的に何がしたいの?」

「……仕事、とか。 お金稼いだり、食いもんとったりしたいんだ」

 ギュッと唇を噛み締めた少年達から察するに、彼らは不安なのだろう。
 セシル、ウィル、デリアの三人が冒険者となり稼いでいるのに自分は何も出来ないと、このまま置いてかれてしまうのではないかと。
 それ故に焦り、自分でも何か出来るのではないかと考えた結果が私に縋ってきたというこだ。

 その考えは嫌いじゃない。
 むしろ好ましい考えだ。

 甘え、支えてもらうだけではなく、自分でも家族を守りたいと考えたのならばわざわざ手をふり払う必要性はない。
 結果的に彼等の生活を助けることになるかも知れんが、私としては働き手が増える分には問題ないし、何より雇う金と手間は掛かるが将来的に私が楽になる。
 ならば、手を差し伸べてあげるのが正解だというものだ。

「んじゃ、畑でもやる? 冬が来る頃には収穫できるよー」

「ーー出来るだけ毎日稼げるか、食べられるもの取れる仕事がいいんだけど」

「わがままだな、おい。 バタータ薩摩芋の様なもの植えるんだよ手伝えや!」

 それだというのに私のその考えを無駄にするかのごとく、あっけらかんと嫌だと拒否する子らに一抹の不安を抱いた。
 あの三人パシリ達ですら認識票作ったり小綺麗にしたりしてやっとこまともに働ける様になったというのに、それと同等のものを求めるとは何とも傲慢。
 その事実を彼等が知らないとしても小さな事からコツコツとという謙虚さくらいはあった方がいい。
 そうでなければ一方的な偽善だとしても腹がたつ。

 私はジドっとした視線をその子らに向け、その中から名前の知っているロジーの手だけを引き抜く。そしてロジーの目線ほどに体を屈め埃っぽい髪を撫でて微笑を浮かべた。

「うちでお手伝いさんする? 洗濯とか掃除とか、洗い物だけど」

「する!」

 子供は素直な子ほど可愛らしいものだ。
 お手伝いさんと聞いてニコニコ笑うロジーの頭を撫で、そしてどうして俺じゃ駄目なんだと不安と渇望の表情をする彼等の頭も撫でる。そして、私はこんなんでも女の子だからと伝えた。

「私や君らがどう思っていいなくても、世間は面白い方へと話を伝える。 パーティじゃなく保護者でもない異性が家を出入りしていると噂されたらたまったもんじゃないだろ? 最悪、私は嫁ぎ先がなくなる」

 本音を言えば嫁ぐつもりなど全くなく、もしもがあるとしたら婿を取る気でいるから世間がどう噂しようと問題はない。
 ならば何故、彼等では駄目なのかといえば知識のついた子供よりも何もわからない無知な子の方が洗脳し易く、万が一庭の存在がバレたとしてもフォローが出来る事が第一に上がるからである。
 第二の理由をあげるのならば、小さい女の子の方が食費が掛からないということも大きい。
 したがって男女の関係云々よりも、私にとって都合の良い状態を作り上げたいというのが本来の正しい思考である。

「君らでもできる仕事を探しとくから、それまでは自分でなんとかしてみて」

 ごめんねと心にもない言葉を投げかけて更にもう一度頭を撫でれると、少年の目には涙が溜まり、そしてくしゃっと顔を歪めた。

「ーーなんとかできねぇから、いってんじゃん!」

 悲痛の叫び声はあまりにも痛々しく私の鼓膜を震わせる。

 彼等が泣きたくなるのも無理はない。
 この街は国は、孤児には厳しすぎるのだ。
 テアドロ孤児院のように街から守られている孤児ならまだ違っただろうが、なんの後ろ盾のないこの子らが働くのはあまりにも無謀な事。
 認識票もなければ親も親族もいない。
 その日暮らしが当たり前で、盗みやスリもする。
 そんな信用ならない輩を働かせようなんて考える人間はそうはいないのだ。

「ーーーー泣くなよ。 そのうち、仕事つくってやるからさ」

 多分きっと、この孤児をまともに使おうと思っているのは私くらいだろう。

 一人が泣き出せば、その声はまた一つ、二つと数を増やす。
 小さな体を抱きしめて背中をさすり、面倒だと心の底から思った。

 けれども、それでも。
 なんかしてやりたいなと思えるくらい、こいつらにほだされてる私が其処にはいるのであった。


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