リズエッタのチート飯

10期

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カタツムリ

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 私は面倒なことが嫌いだ。

 特に自分のためでなく、勝手に決められて人の為に何かをするなんてとてつもなく嫌いだ。
 もし仮に私自身が決めて行うならまだしも、散々迷惑だっただの不平不満の果てに私にペナルティをかせるようにアレコレ言われるのは腹が立つ。

「頼む、待ってくれ!」

「嫌です、無理です、無駄ですぅ」

 故に私リズエッタは、ギルドとの薬草取引ら没交渉となったのである。ギルド長が頭を下げようとベルタが泣きっ面になろうと、薬師にストーカーされようとも私の意志は変わることはない。
 拒絶、拒否を始めて既に半月程経っているが彼らは諦める素振りを見せやしない。寧ろ時間が経つにつれて立場の上のものが、バルトロのような人間が出て来るようになったのだ。

 事態を深刻に思っているのは感心するが、私の気持ちは何をしたって変わることはないというのに。

「少し! ほんの少し話を聞いてくれるだけでいいんだ!」

「はい今聞きましたー。 今少し聞きましたーでは行って来ますサヨーナラー」

 私はにこやかな笑顔でバルトロの言葉をかわし、そして掲示板から一枚の依頼書を奪い取って外へと出た。

 元はと言えばギルドに納めていた薬草はニコラに届ける分のついでの品。依頼なしで私が行為で持っていったものに条件をつけるなんてギルドも横暴すぎたのだ。
 その傲慢さ故に私か薬草採取の依頼を今後受けないことになったし、上質な薬草の入手先をギルドと薬師はなくしたのである。

 とは言え、例えどんなことあっても私はギルドに属する冒険者な訳で、報酬を、生活費を稼ぐ為には依頼を受けなければならない。
 ギルドには薬草採取以外の様々な依頼もあり、私は薬草取引をやめた後からはそれらを受けることにした。

 最初に私がそう言い始めた時、バルトロは嬉しそうにギルドでパーティメンバーを募集すると仄めかしたがその考えの意図は容易くわかる。
 バルトロが人選した奴らに私を説得させるか、もしくは薬草の取り方を、薬草の生える場所を探させようとしたのだろう。
 そんないけつかない考えを持つ奴の言うことに私が頷くこともなく、私は自ら私が楽をできるパーティを作り上げたのだ。

 メンバーは私を含めて四人。
 セシル、ウィル、デリアの孤児三人を半ば強制的に冒険者として登録させたビギナーランクのパーティだ。
 三人を登録させるにあたってギルド側から孤児である事に小言を言われたがそこは後見人としてスヴェンが名乗りを上げることで解決し、身なりが汚いと文句を言われればきちんと風呂に入れ清潔感のある服を買い与えて黙らせた。
 三人が認識票を持っていないため登録料が割高だったが、今後の私の自由を買うためならば安い出費と言えただろう。

「デデデン、今日のお仕事を発表します。 今日はスネッチョラ三十匹の駆除になりましたー」

 私がギルドから取ってきた依頼書を読み上げると三人は顔をしめて口々に不満を零し、"スネッチョラはちょっと嫌だ"と珍しく私に意見したのである。

「なんでスネッチョラが嫌なの? 今の時間だとこの依頼書ぐらいしか余ってなかったんだけど?」

「スネッチョラはネバネバした液体を体につけたきもい奴だぞ? 普通に考えてみんなそれを避けたに決まってる」

 セシルは顔をブスりとさせ、それに続いてウィルとデリアも嫌そうに顔を歪めた。
 だがしかし、そんな自分勝手な都合で行くのをやめるなんて私は甘くない。
 働かざるもの食うべからずの信念のもと、私は三人を引き連れて仕事場である農園へと向かったのであった。


 ピアッタというパッションピンク色をしたフルーツを育てているレックル果樹園での仕事は、あまり快調とはいかなかった。
 それは私以外の三名がスネッチョラを嫌いすぎて捕まえる行為をしないからである。
 スネッチョラは巻貝をもつネバネバとした粘液を出す生物で、見た目は蝸牛といっても良いであろう。それだけでも苦手な人がいる見た目なのだが問題はその大きさ。
 大人の手の平ほどの大きな巻貝が特徴的で、その本体すらも細長い。片手で持ち上げて見ようものならずっしりとした重みが手に加わる程だ。

 どこからどう見ても気持ちの悪いこの生き物だが、有難い事に私は彼らを動かすだけの魔法の言葉を持っている。

「見た目はキモいけど、多分これ、調理次第で美味しくなるよー?」

 見た目が蝸牛ならば、つまりはエスカルゴ。
 食べられないわけがない。
 このスネッチョラが私の知っている貝の仲間とは限らないが、少なくとは貝を持っているのだ、ナメクジではないはず。
 見た目が似ているナメクジはクソ不味いらしいが、貝が付いてるならば海にいる巻貝となんら変わりはないだろう。
 それに何よりスネッチョラは果樹園で栽培してるピアッタを食い漁っているのだ。甘い果物を食べて育ったスネッチョラが不味いわけがない。

「私は捕まえた分は処分しないで食べるけど、まぁ、君らは捨てれば良いよ。 そうだね捨てなよ」

「え、え!? 食えるんなら獲るに決まってんだろ! ほら獲るぞ!」

 私の食べるという一言でウィルのテンションは一気に変わり、ニコニコと笑いながらヌメヌメのスネッチョラに駆け寄り手に取った。
 残りの二人はその代わり様に顔を見合わせて驚きながらも渋々と、嫌々と集め始めたのである。

 見た目がゲテモノだというの食い意地の張った子だと嬉しく思いながら、私もせかせかとスネッチョラを一匹二匹と掴んでは投げていく。
 真上にあった太陽が西へ沈み始めた頃、当初の目的をはるかに超えた数のスネッチョラが籠の中には蔓延っていた。籠の隙間からはそれらから出たネットリとした液体が滴り落ち、太陽の赤らんだ光がキラリと反射する。
 ついでに言えば私達の身体にもヌメヌメの粘液が張り付きなんとも気持ちの悪い感覚でもあった。

 その気色悪い籠を持ちながら果実園の経営者に書類にサインをもらい、周りの人間が避ける街中を通り帰路につく。
 本来ならばギルドによって依頼達成の証明と、それと伴って支払いを受けるべきなのだが流石にこの格好で行きたくはない。
 一旦家に帰りお風呂に入り、ご飯を食べて寝て、明日の朝ギルドに向かっても咎められることはないだろう。

「って事で男どもはさっさと湯を沸かせ! デリアのヌメヌメセクシーな姿を見ていたいのは分かるけど風邪をひく!」

「なっ、別にデリアなんてしらねぇし!」

「ーー魔石でお湯出せないのか?」

「残念だけれど私は魔力なし人間でね! さぁデリア、風呂だ風呂!」

 男二人にお風呂の湯沸かしを任せ、私は嫌がるデリアの服を無理矢理脱がす。私より肉付きは悪いが毎食きちんと食わせれば私なんかよりも発育は良さそうだ。顔の見てくれもいいし、数年もすればなかなかの別嬪さんに化けるかもしれない。

 顔を赤らめ恥じらいを見せるデリアに生温いお湯を頭からかけ、石鹸のように泡立つ植物で隅々まで洗い汚れたぬめりを落とす。スネッチョラのネバネバもお湯と石鹸のコンボには敵わず、スルスルと床へと落ちていった。

 デリアの洗浄が終わると次に自分の体を綺麗に洗い、そして男どもと交代だ。
 大きな鍋でお湯を沸かし水で薄めて全裸の男どもへと桶を差し出し、汚れた衣服の代わりに私やスヴェンのお下がりの服も置いておく。
 ちょっとした恥じらいの声が上がるが、私からすれば全くもって気にすらならない。
 文句の声に耳を塞ぎながら、私とデリアはご飯の支度に取り掛かることにしたのだ。

 一つの大鍋にお湯を沸かしてその中へスネッチョラを投入。一度火を通さないと寄生虫が死なないのでしっかりと殺菌消毒、とも言える行為だ。
 当のスネッチョラは若干暴れたがものの数分で大人しくなり、その後冷水につけて殻と内臓を取り出して塩で洗い流し、これで下準備は完了である。
 その一連の作業を引きつった顔のデリアに任せ、私は味付けに取り掛かる。

 フライパンにニンニクとバターを入れて温め、香りが立ったところに一口大に切り分けたスネッチョラときのこを加えて炒める。火が通ったところでパセリと塩と胡椒を振りかけて混ぜればあっという間にスネッチョラを使った一品目が完成した。
 付け合わせには白パンとベーコンと玉ねぎのあっさりスープと私からすれば質素なものを用意したのだが、どうやら三人の子供たちにはとても豪勢な食事に見えるようだ。

「ーーこれ、食べて良いの?」

 目を爛々と輝かせながらと不安そうに私に尋ねるデリアを席に座らせ、フォークとナイフをその両手に持たせる。
 それでも自ら食べることはなく困った様にへの字を描いた口に、私は無理矢理スネッチョラをねじ込んだ。

 デリアは二度三度とゆっくりとそれを噛み締めそして瞳を大きく見開き、そして言葉は紡ぐことはなく躊躇なく次の獲物にフォークを突き刺し口に運ぶ。
 言葉さえないがその行動からはスネッチョラの味に大変満足しているのだと見て取れた。

「ほれ、お前らも食わないとデリアと私に全部食われるよー」

 私がさっさと席について食べなさいと言うまでもなくウィルとセシルは我先にと料理に飛びつき、三人はあっという間に食卓に用意した食事を完食した。
 その姿に庭のワンコ達を思い出しながら追加の料理を振る舞えば、それもまた美味しそうにぱくついていく。

 その後三回程の料理のお代わりを繰り返し、彼らが満腹になる頃には陽は落ちて辺りは暗闇に染まっていたのである。

「気をつけて帰れよー。 寄り道は厳禁だよー」

 彼らの取り分の調理済みスネッチョラを渡して暗い夜道を見送ればデリアは何度も何度もこちらわ振り返りながら手を振り、私をそれに答えて手を振り返す。
 漸く三人の人影が見えなくなったところで私は遅い夕飯を迎えたのである。

「あんだけがっつり食って異常ないなら、毒とかは持ってなさそうだ」

 そして私は、食卓に並んだそれをフォークで突き刺してパクリと口に運んだのである。

 コリコリする食感は海に生息する巻貝を思わせ、果物を食べて育った身は甘い。
 ニンニクとバターの濃い味と絡まるとこれまた最高でワインを飲みたくなるほどだ。
 スネッチョラがエスカリゴと良く似ていたが食べられる保証も無害である保証もどこにもなく、私は彼らで試した形になるが何ら問題はないだろう。
 万が一に備え毒消し用の試作ジュースも用意しておいた訳だが、必要無かったことが有難くもあるが残念でもあった。

 何せ、毒に侵された人間にそうそう会う事がないのだ。いつだって試作が試作で終わってしまう。

「とりあえず、残りも調理してレド達に持ってかなきゃねぇ」

 小さく欠伸をした私はいけしゃあしゃあと本日の、本当の夕食に取り掛かったのであった。


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