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閑話 薬師と薬草
しおりを挟む「最近、たのしそうですね」
とある日の昼下がり、ソーニャは薄緑色のお茶を淹れながら嬉しそうに笑った。
「ーーそんなでもない」
ソーニャに答えたのはその夫ニコラ。
彼の手には木でできたカップが握られており、その中に注がれていたのはお茶は従来のものよりも渋く、苦味のあるものであった。
砂糖もミルクもいらないリズエッタがお土産として持参したこのお茶はどうやらニコラのお気に入りのようで、最近はめっきりこの緑茶ばかりを好んで飲んでいる。
ふぅ、と一息つきながら甘みのあるお茶菓子を口に含み、次に渋めの緑茶を啜り飲む。もとより甘い物が苦手なせいか、それとも歳をとったせいかは定かではないがこの苦味が何よりも美味いと、への字に固まった口も元を緩めた。
「ほら、やっぱり楽しそう!」
ソーニャはクスクスと目を細めて笑い、ニコラはフンっと鼻を鳴らしながらもう一度お茶は啜った。
別に楽しいわけでない。
だが前よりも、ほんの少しだけ変わった日常に退屈しない。
ただそれだけ。
草むらからウサギが飛び出したかのように、前触れなくあられた一人の少女によってニコラの生活は少なからず変わりつつあった。
ただただ薬草を集め薬を作る、そんな灰色の日々にリズエッタは彩りを添えたのである。
ニコラは初めてリズエッタに出会った時、成人したばかりの馬鹿な小娘だと思っていた。
家は一括で買うわ、長寿草は持ち込み取引を仕掛けるわ、挙げ句の果てにニコラに興味本位でポーションを作りたいなどと常識も良識も欠落した甘やかされて育った馬鹿な小娘だとそう思い込んでいたのだ。
しかしながら彼女と接するうちにそれは全くの誤認識だとニコラは認めたのである。
まずはじめにリズエッタが採取する薬草の質と量の異常さだ。
一日目二日目と朝の早い時間に現れたのにもかかわらず、持ち込まれた薬草はどれも採りたてのように水々しく萎れてなどいなかった。その状態もさることながら、今までのどんな優秀な弟子達も及ばないであろうその薬草の束の山。一種につき十束、三種で三十束をニコラに納めたというのにも関わらずリズエッタはギルドにまで売りにいくとさも当たり前のように言い放ったのだ。
どんなに優秀な冒険者であれど、こんな馬鹿げた量を平然と納めたものは未だかつていなかったであろうと感心さえもした。
そしてリズエッタはあんなに馬鹿げていても謙虚でもあった。
毎回エリボリス宅を訪問する時は手土産を持参し、その種類も様々。
ある時はフルーツの入った甘いケーキを、またある時はピリリと舌を刺激するクッキーを、そしてまたある時は新鮮な魚を。
試しに川魚も食べたいも遠回しに言ってみれば、数日後にはニコラの望んだ川魚と少量の酒を持参してやってきた。
とある事でリズエッタが薬師に向いていない事が分かったがそれでも薬学を学ぼうという姿勢は変わらず、未だニコラを師と呼んで敬ってくれてもいる。
その結果リズエッタは薬とは違う異常な異端なものを生み出してしまったが、ニコラはそれを責めることはしなく、探求した結果なら仕方がない、むしろよくやったと内心褒めたのである。
確かにリズエッタは何も考えていない馬鹿のような行動もするが、優秀で大人びた考えをもつ、そんな一面も持ち合わせているのだとニコラは評価を改めたのだ。
しかしながら時に優秀すぎるということは面倒は事を引き寄せてしまうようである。
「こちらにリズエッタさんはいらっしゃいますか!」
忙しない声と乱暴に叩かられる扉。
焦ったように扉を叩くのは二十を超えたくらいの若い男だ。
彼はハウシュタットに住む薬師の一人であり、ニコラとは商売敵にもなりうる人物である。
しかしまぁ、ニコラと彼とでは薬師として過ごした年月も知識も差がありすぎて対象にはなる事はないだろう。
「五月蝿いわっ! ここに小娘はおらん、帰れ!」
「えぇ! そんな! エリボリスさんしか彼女の行方を知らないんですよ!」
「たとえ知ってても教えんわボケェ!」
チッと舌を鳴らしながら声を荒げ、ニコラは今日もまた庭先で騒ぐ薬師を追い払う。
実のところニコラのところに現れるのはこの若い薬師だけではないのだ。
ハウシュタットに住む薬師のほとんどが今やリズエッタに注目しており、こうして唯一リズエッタと薬草の取引をしているニコラのところまで足を運んでいる。
リズエッタがハウシュタットに住み着いて早二十日。
その短期間にリズエッタの名が広まるほどに、彼女がギルドに納める薬草は良品すぎた。
通常ギルドに納められる薬草といえば駆け出しの冒険者が義務的に集めるものか、何かのついでにとられたものが圧倒的に多い。それ故にとり方は雑で量もまちまち。傷みの激しいものも多く、質もお粗末なもの限り。凡用ありきたりのものしか持ち込まれない。
だがリズエッタが納めるものはどれも質がよく決まった良品を一束まとめにされており、尚且つ依頼がああれば入手しずらい薬草でさえも確実に納品してくれるのである。
そんな人材がいるのならば誰だってお近づきになりたいものだろう。
ある者はギルドで声をかけようとするも同業者に睨まれ、またある者はギルドから出たところを狙うも彼女は出てこず、またある者は街中で声をかけようとするも彼女はいつも身なりの悪い孤児数名を引き連れており彼らがそれを許しはしない。
そして最終手段として残るのは唯一リズエッタが懐いているニコラの元にひそみ、待ち伏せする事のみとなっているのだ。
ニコラもこんな事になるとはついぞ思わず、今さながらリズエッタにポーションの納品を頼むんじゃなかったと後悔したものの、全てはもう後の祭り。
日に日に増える訪問者に怒声を浴びせることしか出来ないのが現状である。
「けっ! 若造なんかに小娘を渡してやるものか」
扉の外で咽び泣く若者の声など聞こえないふりを決め込んで、ニコラはまた渋いお茶をのまま干しニヤリと頬を歪めた。
ニコラもまた、リズエッタのその異質さに惹かれていたのはたがえようのない事実なのである。
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