リズエッタのチート飯

10期

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 私は人目を忍んで路地裏を進み、左右後ろ確認してギルドの扉をくぐる。
 その先にあるのはギルドの受付でも酒場でもなく、私の見知った庭の一角だ。
 魚の入った桶を抱えながらキッチンへと向かい、途中で食肉の加工をしているシャンタルとパメラを手招きしてて近場へと呼びニッコリと笑うと、私のその笑顔に二人は顔を見合わせた。首を傾げる二人に桶の中を見せると目を見開いて、私に花が咲いたような笑顔を見せてくれたのである。

「今日は大漁だったからお裾分け、塩焼きにでもしようか。 一人一匹はあるからね」

「うわぁ! 美味そうだなっ!」

「見たことのない魚ですが、海の魚、なのでしょうか?」

 食い意地の張ったシャンタルは魚に釘付けで喜び、パメラはその魚の姿に思考を巡らせている。その姿にだいぶ慣れてきたものだと安心して息を漏らし、私は頬を緩めて笑みをつくった。

「海の魚だよ。 今後も釣りに行く予定はあるから他のも釣れたらお裾分けするから楽しみに待ってて。 コレはキッチンに置いとくから痛む前に早めにお食べ。 私はあっちの家で食べるから、お爺ちゃんと新入りにもちゃんとあげるんだよ、いいね?」

「分かった。 調理はレドに頼めば平気だろうか?」

「塩焼きぐらいならレドは出来るし、嫌じゃなかったら教えてもらうといいよ。 じゃあ引き続き仕事は頼んだ!」

 片手を上げて振り仕事を頑張れと言葉を残して私は一人でキッチンへと急いで向かった。

 キッチンへつくと庭で生活している彼らの分と私が持ち帰るの分の魚の二つに分け、ふぅと息を吐き肩の筋肉を鳴らす。そしてにまりと微笑んだ後に私はひっそりと戸棚に隠して置いた蜂蜜をペロリと舐めた。
 甘くねっとりとした蜂蜜は私の顔はトロンと蕩けさせる有能食品なのである。

「やっぱ疲れた時は甘いものだよねぇ。 あっちの家に持ってっとこ」

 一番小さな蜂蜜の瓶を麻袋に入れ、持ち帰り分の魚の入った桶を持ち今度はもう一つの扉をくぐった。
 出た先は薬草の香りが漂う新しい我が家で、私は鼻歌をうたいながらまたもや家の扉を開ける。それから向かうのは目と鼻の先にあるニコラ夫妻の家だ。
 全く今日は移動範囲が広いものである。

「ソーニャさーん、ニコラさーん、リズエッタです! 戻りましたよー!」

 ついでに魚も持ってきましたよと扉の前で声をあげると扉は勝手に開き、目の前には優しい笑顔で笑うソーニャがいた。

「お帰りなさい、あの人は中で待ってるわ。ーーーーあら、それは?」

「コレは今日釣ってきた魚です。 お裾分けしようとおもいまして!」

 どうぞど釣ってきた魚を渡せばソーニャは声をあげて嬉しそうに笑い、焼くから一緒に食べましょうと私を食事に誘ってくれた。
 勿論私の答えは了承であり、そのために魚を三匹持ってきたのである。それに彼女が作る料理は領主邸で食べたものよりも味が薄めで食べやすく、きちんと旨味は残っているのだ。野菜も畑で作ったものらしく歯ごたえはシャキシャキで、街中のしなびた野菜とは全くの別物だといえよう。

 美味しいご飯を作れる人間が近場にいることを嬉しく思いながら室内へと入ると、しかめっ面で私を睨みつけるニコラとうっかり目があった。そして眉根を寄せながらニコラは小言を言ったのだ。

「おっそいわっ! 何しとった小娘! 寄り道しないでさっさと帰ってこんか!」

「あー、はい。 ごめんなさい?」

 何故そんなに怒っているのだろうと首を傾げると、後ろにいたソーニャがクスクスと笑い、それを見たニコラはまた腹を立てたようにフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「この人、リズエッタちゃんのこと心配してたのよ? 悪い輩に付きまとわれてないかって!」

「いやいや、そんな甘ちゃんじゃないですよ私は」

「あら、そう? でもね、リズエッタちゃんが思っているほどこの街は安全ではないのよ?」

 私からすれば精神的には大人だし、よっぽどのことがない限りは危険を感じることはないだろう。
 けれどもソーニャが言う通りこの世界のこの時代での一人歩きは、いささか安全とは言えないのかもしれない。それは動物と違った魔獣然り、盗賊や人攫いも私が思っているより多く存在している。
 出会った人々が全て心優しい人間だとは言いがたいのだ。

「ーーニコラさん、ソーニャさん、今後は予定をお話ししてから出かけますね。 親身になっていただきありがとうございます」

「私達からしたらリズエッタちゃんは孫みたいなものだもの。 それに優秀な冒険者さんですし」

「それは一体どう言う意味で……」

 頭を下げる私に向かってソーニャは意味ありげな言葉を返し、それに対して意味を聞こうとする私の声を遮ったのはテーブルを叩く鈍い音。
 驚きながら視線をずらせば、そこには眉間をピクピクとさせているニコラの姿だけが瞳に映った。
 ニコラはギロリと私とソーニャを睨みつけるとドスドスと音を立てて私達に近寄り、おもむろに私の頭をべしりと叩いたのである。

「いたっ!」

 久々に叩かれた頭の鈍い痛みにニコラをジトりとした視線を向けると、彼はフンと鼻を鳴らすのみ。
 犬でもあるまいし言葉に出してくれればいいのにと思いながらも、もしかしてこれはツンデレなのかも知れないと一種の悟りを開いた。

 ツンデレだと思えばニコラのその不器用な接し方も可愛く思えるが不思議であるが、スヴェンといいニコラといい私の頭を叩くのどうも気にくわない。私も一応は女の子なのだからもう少し優しく接してもらいたいものだ。

「ーーーー今日は腹痛の薬の作り方を教えてやる。 さっさとついてこい!」

 ぶすくれた顔をしたニコラにソーニャは停止の言葉をかけるもそれは届くことはなく、私は彼女に困ったように笑いかけてからニコラの後に続いていったのだ。

 ニコラの自室に入ってしまえば、そこにあるのは薬草と薬剤を作るために必要な道具のみ。
 テーブルの上には二種類の乾燥した薬草と煎ずる道具と鍋が用意してあった。

「初歩的なものを作らせてやる。 一度だけだ。 見落とすな」

 言葉の意味を読み取るならば、一度は見本として作り方を見せてやるから覚えろ、だろうか。
 もう少し詳しく教えてくれればいいものをニコラは言葉足らずで話をしてくるのだ。その意味合いを考える事も多く、彼の弟子だった薬師はさぞかし大変であっただろう。

 まぁ、今は私もその弟子に近い立場だと言えるのが悲しいが。

 私が面倒だなとやや失礼な事を考えているとは知らず、ニコラは薬の調合を始めた。
 最初に薬草の二種を丁寧に粉末になるまですり潰し、片方の粉末を水の入った鍋に入れて火をつける。その後沸騰する手前で鍋を火からおろし、もう一種を加えて混ぜてまた火にかけ、そこから数十秒ほどよく混ぜ合わせて今度は沸騰する直前で火を消す。

 こんな単純な作業で腹痛に聞く薬は完成らしい。

「ーーほれ」

 やってみろと顎で指示を出すニコラに頷き、私も同じように薬草をすり潰して同様の調合を行なった。
 きちんと同じように水から一種を煮て、鍋を火から下ろしてからもう一種を後から追加。そしてよく混ぜてまた火にかける。
 ニコラと同じように、間違えないように私は薬になる様に調合をしたのだ。

 したはず、だったのだ。

「ウェハァ!?」

 突然に鍋はボンと奇怪な音を音を立てて深緑色をした湯気を発し、それとともに青臭い匂いが室内に充満していく。
 ニコラは咳き込みながらも急いで閉じていた窓を開け、私はその場でうずくまりハンカチを口に当てて煙を吸わないように対処した。

「っ小娘! お前何をした!?」

「ーー何をしたって言われてもっ! 同じことしかしてないし!」

 ニコラは私の頭を一度は叩いた後にもくもくと異臭を放つ鍋を急いで外へと放り投げ、その鋭い瞳から溢れ出ている涙を手の甲で拭い取る。
 どうやらあの煙の系で目もやられててしまったようで、勿論私の瞳にも同様に涙が溢れかえっていた。

 心なしか潤んだ瞳でニコラは一心に私を睨み、そして私も気まずそうに目を見て、なんとなくその目を逸らし、えへへと可愛らしく笑ってみたのだがうまくはいかないものだ。

 ニコラは今度は手をグーにして私の頭を叩いたのだ。

「痛いっ!」

「あんな簡単なものでミスをするとは、お前は馬鹿か!」

「ーーーーそう言われてもっ」

 調理と調合はよく似ている。
 何か刻んですり潰して火にかけて混ぜて。
 そんないつもやってる事を私がへまるなんて思ってなんかいない。
 ならば渡された薬草が悪かったのではないかと疑いたくもあるが、ニコラがいくら私を嫌っていても薬師として変なものを渡すことはないだろう。

 ならば何故、失敗したのだ?

「あらあら。 大きな音がしてきてみれば、なんていう事でしょう。 とりあえず腹ごしらえしてから考えましょ?」

 ニコラと私が睨み合う最中にソーニャは颯爽と現れ、そしてツンとする青臭い匂いとは別のいい香りを運んできた。
 その香りにつられてか私のお腹は空腹のサイレンを鳴り響かせ、一先ず三人でご飯を食べることにしたのである。



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