リズエッタのチート飯

10期

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閑話 それでも愛おしく

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 いつも通りの平和な日常。
 いつも通りの平和な人々。
 いつも通りの平和なダンジョン。

 いつも通りの、否、それ以上の高笑い。

 口を大きく開けてダンジョン内に響き渡るような笑い声を上げるのは、誰でもない冒険者達だ。
 彼らがそんなに笑うのには勿論理由があるのだが、その中で一人、憂鬱そうに哀愁漂わせザイデジュピネに向かう若人が一人。
 そのたった一人であるラルスが、皆に笑われ蔑まれているのである。

「遂にか! 遂にか気づいたのかこのクソ野郎!」

「俺なんか一生気づかないんじゃないかと心配してたんだぜ、リズエッタをな!」

 ガハハと下品な笑い声はダンジョン内によく響き、その声につられて他のもの達も口々にリズエッタの名を出していく。

 冒険者である彼らからしたら、同じ冒険者であるラルスよりもリズエッタの方が縁を繋ぎとめていたい人間だったのだ。
 それは、彼女が日頃から彼らの冒険者達に味見という名の、オマケという名の餌付け行為をし、金の尽きた者、新米駆け出しの者、はたまた怪我を負っていた者、そんな者達にそれほどの対価を求めずに食べ物を差し出したからだと言える。
 いつだってむさ苦しい汗臭い冒険者達に笑顔で接する少女は老若男女問わず人気者であり、慈しむ存在でもあったのだ。

 例えリズエッタの腹の中が真っ黒であっても、金づるとしかみていなかったとしても、実験台としてみていたとしても、その事実を知るものは此処にはいない。

「ーー最低最悪物件のラルスはこの後どうするんだ? まさかリズエッタを追うわけじゃねぇだろうな? あんなに嫌いって言われてまだ嫁に来てくれなんて流石に言わねぇよなぁ」

「俺だったら恥ずかしくて死んじまいそうだわ」

「ーーちょっとやめなさいよ、いくら何でも騒ぎすぎ。 ラルス、行きましょう?」

 取り巻きの女は卑しく笑ってラルスの腕を取り、私だったら喜んでお嫁に行くのにと耳元で囁いた。
 ラルスは押し付けられた胸や腰を払いのけ、ほっといてくれと一人ダンジョンの奥へと足を進めたのである。
 その後ろ姿を女はつまらなそうに見つめ、男達はニヤニヤと意地の悪い笑みをうかべていた。


 何故こんな事になってしまったのだと、薄暗いダンジョンの奥でラルスはただ一人で思いに耽る。

 目を閉じて目蓋の裏に映るのは愛しのリズエッタただ一人だというのに、彼女はラルスの手を払い、もう二度と帰ってこないと村を出て行った。サラリと指の間を流れる蜂蜜色の髪も、甘く色めく瞳も、言葉を囁く薄桃色の唇も、全て覚えているのに、彼女はもう此処には帰ってこない。
 蔑み拒絶された言葉が頭の中で何度も何度も蘇り、その度に身体が凍りつくように冷たく冷えていくのを感じる。
 ラルスはどうしようもない絶望を抱き締めるかのように己の体を強く抱きしめ、そしてその場で場違いな笑顔を零した。

 リズエッタに拒絶され否定さえ、冒険者達にさえ馬鹿にされ蔑まされているというのに、ラルスはフツフツと込み上げてくるその熱に歓喜したのである。

 たった一つ、そう、たった一つリズエッタに誤算があるとしたら、このラルスという人物がどんな人間であったかをきちんと知りえていなかったという事だろうか。
 年下の女の子を嫁にしようとしているだけの幼女趣味といえる人間だけであったならまだしも、彼は、ラルスは他にも危険な性癖を持っていたのだ。

 それは被虐性欲とも呼べる、マゾヒストとも呼べるもの。

 ラルスはリズエッタが思っているより遥かに変態道を進んでいたのである。


 勿論ラルスは最初からそんな趣向を持って生まれてきたわけではない。その一端を担ってしまったのは誰でもないリズエッタであり、事の始まりを生み出してしまったのは彼女ともいえる。
 元を正せばリズエッタがラルスの頭を踏みつけた時から始まってしまったのだ。

 ラルスは産まれてから当たり前のように他者の恩恵を受け、引かれたレールの上をただ進むように生きていた。甘やかされ叱られる事もなく、己が正しいとただ信じて。
 その道を遮り叩き割り対等であったのはただ一人の少女。彼女に自分の考えが行動が否定される度に、どうしようもない達成感と幸福感に満たされたのだ。
 最初こそ一目惚れというだけでリズエッタに執着したラルスだが、彼女に否定されればされるほど、自分というたった一人の人間を見てくれているようで嬉しかった。エーリヒの孫として、村長の孫として、ギルド長の孫としてではなく、ただ一人のラルスとして彼女に殴られることが他の誰かに褒められるよりも幸せだったのだ。

 他者に肯定される事に慣れていたラルスはそれ以来リズエッタに好かれようとするも、彼女に否定される行動を取ることが当たり前へと変わっていった。突然の訪問もうるさいと言われた愛の囁きも、高級品の貢物の数々も気持ちのこもった物ではあったのは確かだが、それを拒絶されるのが嬉しかった事実もある。
 わざわざ彼女の話を聞いているのに聞いてないふりをして怒らせるのもまた格段に心が踊り、俺だけが特別とあると得体の知れない自信さえもつけていた。

 ラルスはどうしようもない馬鹿で、どうしようもない阿呆で、どうしようもない屑だったのだ。

 それ故に今回のような否定される拒絶され見下され蔑まされても、彼にとってはある意味一種のご褒美にすぎない。
 そう思えてしまうほど、ラルスはリズエッタに対してのみ被虐性欲を発していたのだ。

「ーー嗚呼、リズエッタ」

 君だけは何時も俺を否定してくれる。俺だけを見ていてくれる。

 今やラルスを否定する人物は大勢いるのだがその事実さえ周りに蔓延る女達のせいで薄れ、結局のところ回り回って帰ってくるのはリズエッタへの歪みきった愛情。
 彼女しかいないという思い込み。

 どうしようもない、どうしようもできない、一方通行の恋心。


 薄暗いダンジョンの中で一人、ラルスは恍惚の笑みを浮かべこの先を考えた。
 どうすれば彼女を追うことが出来るのか、どうすれば村を捨てることが出来るのかと。
 ラルスからしてみれば自分を一個人だと認めないエスターなんてもはやどうでもいい物の一つであり、今の今まで否定する事なく見ていただけなのだから止める権利などないとも思っている。
 リズエッタとのことを祝福してくれていたのに今更村に残れなんて言うべきではない。

「……さて、どうするべきか」

 長年甘やかしてくれた村よりも、ラルスにとって一番は他ではないリズエッタ。彼女がここにいないのならば此処で生きている意味などないと、ラルスは全てを捨てる覚悟さえ既に出来ている。
 リズエッタの予想を遥かに超えて、ラルスは彼女一筋なのであったのだ。



 そのころ頭を悩ませる一人の男がいる事など少女は知る余地などなく、何処か遠くの荷馬車の上でクシュンとくしゃみをしていたのである。


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