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★交渉
しおりを挟むガレリオ・バーベイルとただの商人であるスヴェンは一つのテーブルを挟み、向かい合わせに座っていた。
この場にリズエッタが居ないのはガレリオからすれば取引相手のヨハネスの孫に気を使ったものであり、スヴェンからすれば一々口を挟む邪魔者を隔離したに過ぎない。
「この度は食事だけではなく、こちらに宿泊までさせて頂き感謝致します」
「いや、今後とも貴公等には世話になる。 これくらいはさせてもらわんと」
余計なことをと内心スヴェンは考えているが顔には出さず、お気遣いありがとうございますと単調に答えた。
もし仮に街の宿を取れたのならば食事は乾飯とお湯だけでも美味い飯が食え、厨房を借りることが出来たらもっとマシな食事をとることが出来ただろう。ガレリオの行為はどうしてもリズエッタの作る料理の虜になっているスヴェンからしてみればありがた迷惑でしかなかった。
ガレリオからすればスヴェンが運ぶ貨物はそれこそ宝の山。下手な宿泊先に止めて街の人間、はたまた騎士や冒険者に個別に商売をさせない為、そして何よりリズエッタを通してヨハネスに恩を売る為である。その行為がから回っていることをガレリオは知るすべは無いが、普通に考えれば平民や商人が領主の屋敷で食事をし宿泊するなんて滅多に無い事であり、リズエッタやスヴェンに邪険にされるような行為では無い。
互いの思考が交錯する最中、にこやかに口を開いたのはガリレオの方だった。
「して、今後何れ程の亜人を用意した方が良いだろうか」
「ーーそうですね」
今回ガリレオから買った亜人は二人、そのうち一人は片腕がない。そして何より彼女達がすぐに働けるほど健康な状態とはいえなかった。
となると健康な状態にし仕事を覚えさせるのが一ヶ月から二ヶ月、その間にまた新たに亜人を追加するのはヨハネスやレド、リズエッタの負担になり兼ねない。一旦あの二人に仕事を覚えさせその後から追加した方が無難だろう。
人数も多すぎては駄目だ。
下手に多くすればリズエッタに逆らう輩も出てるかもしれない。それならば少人数づつ増やしていき徐々に拡大してく方が安全だ。
「取り敢えず少人数づつ用意してくださると助かります。 いきなり増えても管理しきれませんので」
「ならば此方から従者を送っても良いが」
「いえ、その方達を泊める場所も食事も用意出来ませんのでご遠慮致します」
本音を言うのならば領主側の人間を彼処に、庭に入れたくはない。
リズエッタの許可がなければ出入りできない場所だが、さすがに其処に信頼出来ない人間を住まわすなどもってのほか。
売られた亜人は帰る場所すらあるのかも分からない者達故に、最悪庭に閉じ込めておくいう手段もとれるが人はそうはいかない。ましてやリズエッタ以外に主人をもつ人間など例外だ。いつ裏切るか分かりゃしない。
しかしながら領主としては大量に生産してもらいたいという思いもあり、そう簡単にひくことはなかった。それに断るということは領主を信頼していないという事にも繋がってしまうのである。ならばその信頼をより深いものにする行動をとることが最善だとスヴェンは考えた。
「ーー領主様、大変恐縮ですがひとつお願いを聞いてはくださりませんか?」
「何だ、申してみろ」
「ーー今後もし、他の貴族や商人達が私どもに取引を求めてくるかもしれません。 その時は領主様からそのもの達に手を引くようにと声をかけて頂きたいのです」
商人であるスヴェンからしたら取引先を多く持つのは大変好ましい。けれどそのせいでいちいち遠出までして、わざわざ不味い飯を食べるのは嫌だった。何よりグルムンドやダンジョン、領主にものを卸せばそれだけで十分に生きていける金は手にはいり、わざわざ他の商人に喧嘩を売るように手を広げることは無い。
現に今まで騎士団に卸していた商人からすればスヴェンはその取引先を奪い、恨まれる可能性は十分にある。
ならばガリレオ・バーベイルと言う後ろ盾を使わないことは無いのだ。
「貴公はそれでいいのかな? 折角の儲け話だろうに」
「儲けよりも平和に暮らせたら満足なんです」
なんて台詞はリズエッタの庭があるから言える言葉なのだが、確かにそうだった。
リズエッタは誰よりも自身の幸せを、家族の幸せを願い、これまでの儲けは殆ど貯蓄に回している。アルノーの将来のためにもとまた個別に貯蓄をし、彼女がする贅沢と言えば生活に欠かせない鍋やナイフを厳選して選んで買うことと、今回のような特別な時に着る洋服を買うことくらいだ。
ときよりそれでは余りにも可哀想だとヨハネスが可愛らしいスカートや髪留めをスヴェンに頼み買ってきてもらうが、服を買うならズボンにしろと髪留めなんてそこらへんの枝で十分だと言って洒落っ気もない。
唯一リズエッタがお金を出してでも欲しいと思っているのは亜人の奴隷くらいであり、それはガリレオがいれば事足りる。
故にこれ以上の取引先は要らないし、これ以上無駄に働きたくないのが本音中の本音なのだ。
一方ガリレオはスヴェンのその申し出に歓喜していた。
それを望んでいるのならばと表情を変えずに頷き、テーブルの上の紅茶を手に取り口に含む。
いくら亜人を用意したところで元となる素材は限られた量しか獲れないとガリレオは考えていた。干し肉に使うファングにしても延々と狩り続けられる程の群れがエスター付近にいるとは限らず、ドライフルーツ用の果物も季節によって収穫できるものは変わってくる。故にスヴェンがより多くの取引先を持つことは、ガリレオにとっては危惧すべき物事の一つだと言えたのだ。
それをスヴェンの方からガリレオのみのと取引を望むと言われればそれを断る理由もなく、むしろ他の貴族、商人に圧力をかけても彼等からは感謝しかされない。
「もし領主様でも断りきれない相手が出てきた場合は、なるべく間に入って頂けると助かります。 何せ私は元は冒険者、商人として生きてきたわけでは御座いません。 きっと騙され、いいように使われるのがオチです」
「よろしい、貴公に不利益にならぬよう善処しよう」
ガリレオ・バーベイルは此の国、アリエスゲーテでは名の通った伯爵だ。そんな彼が断りきれない相手は公爵や侯爵、王族に限られる。それを見越してスヴェンは頼んでいる訳ではなかったのだが、ガリレオはそのもの達に判断を良しとし、スヴェンに対して中々できる商人だと誤認識する事になってしまったのである。
今この場で互いの思考が交わりかわされた約束は後に十分に果たされ、スヴェンを始めリズエッタまでもが貴族の後ろ盾ほど有難いものはないとガリレオに感謝するようになるのである。
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