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望んだもの
しおりを挟むはてさてどうしたものか。
右手にレドを、左手にアルノーを抱き寄せて壁越しに聞き耳を立てて考えた。
領主が現れた時は税を上げるとか売り上げを寄越せとか言われるかと思ったがどうやらそうではなく、私が作っている保存食を所望らしい。
だがスヴェンの言った通り手間がかかるし、今の状況で手一杯。乾燥時間は庭で短縮されるが狩りに行ったり果物を収穫したり、調味料を採ったりと大変なのだ。
それに一ヶ月後にはアルノーが家を出る事が決定しているし、これ以上の生産は望めないだろう。
今までの売り上げがあるから生活する分には生産を減らしても構わないのだが、ダンジョンに来る冒険者たちはそんな事を御構い無しで、今後とも右肩上がりの需要とも考えられる。
本当にスヴェンの言った通り、騎士団までは手が回らない。
猫の手を借りたいとはこんな状況の事を言うのだろう。
我儘を言えるならむしろ亜人の手が借りたい。レドを見ててよく分かるが、人間より亜人の方が丈夫で力が強く、人間の犯罪奴隷とか借金奴隷とか買うなら怪我しててもいいから亜人が欲しい。
「ねぇレド。 ハウシュタットで確認されてる亜人って、もし捕まったらどうなるの?」
小声でレドに問いかければ、難しい顔をしながら奴隷落ちか殺されますねと淡々と答えた。
「ーー彼らだって、襲いたくて襲ってるわけでもないだろうに」
「それは、どういう意味?」
レドは私にすら自分の故郷、スミェールーチの事も亜人の事も語らない。それなのに珍しく冷たい口調で話し始めた。
スミェールーチは亜人の国とは言われているが実際はそうではなく、亜人が支配されている国であった。
レドのように人側の国に流れてきた亜人は”劣等種”と言われ、スミェールーチでも奴隷かそれ以下の扱いで、殺されても文句は言えず、辱めを受けるのもあたり前。玩具のように虫けらのように扱われ、死に逝く事が全ての最下位層らしい。
けれど、そこから逃れたくて、希望に縋って逃げ出してくるレドのようなもの達もいて、行き着く先がハウシュタットの様な隣接する領土だといえる。
助けて欲しいと懇願する前に攻撃を仕掛けられたら亜人達も抗い、故に人を殺してしまう事があってもおかしくはない。
そんな亜人側のことなど領主をはじめ、そこに住む人間からすれば知らぬ話でしかなく、彼等がいきなり襲ってきたと思っても間違いではない。
姿形が違い、言葉も通じるか分からない異物は即座に処分されるなんて、分かりきった結果なのだ。
私が知り得る肌色や国で差別する人間のように、どこ世界軸でも差別は存在し、何処にでもある当たり前の行為でしかないのだ。
ならばその差別を私がしても問題はないだろう。
「んじゃ、ハウシュタットで捕まった亜人をもらっても、誰も、困らないよねぇ」
ニヤリと口角を上げて笑えばレドはわたしの考えに気づいたのか目を開かせ、スンと鼻を鳴らした。
ずっと立ち上がりアルノーにレドを任せ力一杯に扉を開く。
大きな音が出たせいか領主の従者がこちらに武器を向けたがそんな事を気にする事なくツカツカと領主の元へ歩み寄り、ニッコリと笑ってお上品に頭を垂れた。
「お初にお目にかかります領主様。 ワタクシ、ヨハネスの孫娘のリズエッタと申します」
わざとらしくお上品に、綺麗に笑ってみせ、そして言葉を続ける。
「先程からお話を伺っていたのですが、私に良い案がございます。 是非とも聞いて頂きたいのですが……」
よろしいでしょうかと首を傾げば領主は頷き、申してみよと険しい顔で答えた。私はその答えに一礼してからただ単純に”亜人をください”とだけ言葉を放つ。
その言葉に驚いたのは領主は勿論、祖父やスヴェンで、スヴェンに至っては気は確かかと私の頭を小突いたほどだ。
「スヴェンはちゃんと領主様の話を聞いてた? ハウシュタットに亜人が出てるんでしょ? ならそれをとっ捕まえて奴隷にすればいい。 そしてその奴隷をこっちで買って、そいつらに作らせれば領主様も仕入れられてハッピーで私たちも労働力が増えてハッピーじゃん」
「いやな、そんな簡単じゃ話じゃなくてーー」
「どうせ殺すか奴隷にするなら悪い話じゃないですよね、領主様」
そうですよねと手を握り、キラキラとした目で領主を見上げてみれば困ったように言葉を濁して頷き、それを見た私はそこに畳み掛けるように戸棚からあるものを取り出した。
「騎士団の皆様な疲弊なさってるのですよね? よろしかったらどうぞ。 もし亜人の奴隷を優先的にお譲りいただけるのでしたら、こちらも定期的にお渡しいたしましょう」
あくまで一方的に、話など聞かずに話させずに。
驚いて頭の回転が早まる前に全てを終わらせろ。
私は商人じゃなければ頭も良くない。取引に慣れているだろう領主が亜人の危険性に考える前に話を進めるのだ。
亜人を奴隷として渡す合理的な考えとその結果得られる物。
少なからず、大量の亜人を一定の人物へと引き渡すのは好ましく思わないだろうが、今、領主の手の中にあるものと比べればそんな見解など取るに足りないはずだ。
なんたってそれは、その長寿草は領主は喉から手が出るほど欲しいものに決まっているのだから。
「ーー何故、これ程まで……」
「詳しくはお答えできませんが、神の恩恵であるのは確かです。 如何です? これでは取引にならないでしょうか?」
はたから見れば亜人を引き渡す程度で本来の目的である保存食と、見つけるのさえ困難と言われている長寿草が手に入るのだ。この条件を振り払うわけがない。
私にとって長寿草はなんの珍しくない干し大根にしてしまうものだが、疲弊しきった騎士達にはお宝にさえ見えるはずだ。
「…………よろしい。 それで取引をお願いしたい」
「ありがとうございます、領主様。 可能でしたらリッターオルデン院の入学式までに用意して頂けると助かります。 弟の付き添いでハウシュタットまで私とスヴェンが向かいますので、その時に受け渡しといたしましょう。 勿論その時は幾ばくかの長寿草を持参いたしますのでーー」
正式な取引は亜人を受け取ってから一ヶ月後から。
それは仕事を覚えてもらう期間を設けてきちんと仕事をこなせるか見るためだ。そしてそれがうまくいけば随時亜人の引き取りをし、レドの幸せ生活の完遂である。
領主からみても私からみても互いに利益しかなく、私に至っては亜人も手に入れられて生産も増やせて一挙両得だ。
まぁ、取引に持ち込むために散々亜人の事を悪く言ってしまったが、私は亜人が大好きだ。獣人もエルフもドワーフも、人魚でも鳥人でも何でもござれ。知らない彼らに会って話して、笑いあっていたいのだ。
憧れの生物と一緒に暮らせるなんて幸せじゃない?
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