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ヌガー
しおりを挟むココナッツ状の大きな実をパコンと割れば、いくつもの種類のきのみが散らばる。
私とレドはそれを集めオーブンで焼き、焼いてる間に何度も何度もその木とオーブンの間を行き来し大量のきのみを準備した。
私が今作ろうと思っているのは”ヌガー”と言うお菓子で、保存食にもなるものだ。これから甘味もあまり食べられないであろうアルノーのためにも量産するのが好ましいのである。
スヴェンはダンジョンからグルムンドに商売しに行き、祖父とアルノーはヒエムスで学校で着る為の服や文房具を購入しエスターの教会で成人の儀の相談をしに行っている。
私たち家族は今、入学と成人の儀の準備で忙しいのだ。
本来ならば夏にある成人の儀で済む話なのだが、アルノーは春にハウシュタットに行ってしまうためそれを早めなければならず、ついでに私もやってしまおうという魂胆もあり大忙しだ。
そのために通常以上に働かなければならず私とレドは毎日夜遅くまで庭で作業をしている。
己の事もしっかりとこなすがスヴェンに渡す商品を品薄にするわけにもいかず、このところ寝不足になりつつある。けれどもそこで逃げ出す事も出来ず毎日気の遠くなる作業に追われている現実だ。
「お嬢! 次はどうします?」
「次ば蜂蜜と水あめとひたすら混ぜて!」
きのみを蜂蜜と混ぜ合わせる作業は最初のうちは楽だが、それらは冷えてくると固くなり混ぜるのも一苦労だ。故に力のない私よりもレドが混ぜるのが適任といえよう。
ぐるぐると混ぜ合わされたものを小分けにし、冷まし固めればリズエッタ特性ハニーヌガーは完成だ。
突発的に作ってよく出来たと思うだろうが、私、リズエッタは料理に関しては失敗する事など今までなかったのだ、今回だけ失敗するなんてありえない。
さすが私、さすが神様!
他の才能なんて微塵も感じられないが、これだけは他者より優れていると大口を叩ける。
「さて、冷めるまでにフロランタンも作ろうか!」
ヌガーが冷え固まるまでの間に細かくしローストしたナッツ類にヤギ乳と砂糖、蜂蜜で作ったキャラメルを混ぜ合わせる。
そのあとはヌガーと同じく小さく小分けにし、冷やし固めれば出来上がりだ。
作業中はいつも口が寂しくなるので甘いさつまいもを干した干し芋をひたすら食べているが、甘い匂いにクラクラと、無意識に出来上がったばかりのヌガーに手を伸ばし、パクリとかぶりついた。
ねっとりと歯に絡みつく蜂蜜とカリッと砕けるナッツ。一度オーブンで焼いたからナッツやアーモンドからは香ばしさが引き立ち、それが蜂蜜の甘さを抑え、上品な甘さを演出している。
「はぁ……、美味すぎる。 レドもあーん」
尻尾をブンブンと振り回し食べたいアピールをしていたレドの口に食べかけを放り込むと二、三度と咀嚼し、目をトロンとさせ甘いと呟いた。
我が家では珍しくもない砂糖や蜂蜜は一般的には高級品で、そうそう口にできるものではない。だからか商人のスヴェンさえも自分の分はないのかと憤慨する事も多々あった。
今では私を含めた五名はかなりの甘党ともいえるのだろう。
二人で甘いねぇ、美味しいねぇとのほほんとしてしまったが暇なわけではなく、とりあえずヌガーをもう一つずつ食べてからやるべき行動を始めた。
レドは干し肉の加工や果物の加工といったものを主にし、私は砂糖塩の採取、ハーブや香辛料も抜かりなく取り分ける。調味料もなる砂糖と塩は大体の重さに麻袋に分け、ハーブ類は乾燥させるために重ならないように広げていく。
庭には強風が起こる事もなければ害をなす動物もいないし乾燥させるのにはもってこいだ。
それらの作業が終わったらあとはレドに任せ私は一旦家に戻り家事をする。掃除や洗濯は勿論、朝昼晩のご飯の準備。今日は三人か出かけているから楽にできるか、五人揃ってしまうと忙しさが増して手の打ちようがない。
この歳で専業主婦並みとかちょっと我慢できなくなる時もあるが、美味しいといってくれるからまだ頑張れる。
久々に手を抜いて家事をしていればお日様はもう傾き始め、洗濯物を取り込む時間帯になっていた。
もう一仕事頑張るかと思い腰をあげ、籠を持ち家の外に出るとそこには思いもかけなかった人物かそこにいる。
キラキラと煌めく黒い瞳、すらっとしながら筋肉質な両手足、艶のある赤黒い毛並みは美しく、隅々まで手入れされていると分かる。そんな綺麗に馬に乗って現れたのは私の天敵、ラルスだ。
「ひと月ぶりだな、リズエッタ!」
「……あぁー、そうですね」
このラルス、以前私にキスをしでかしてからはやたらと付き纏い、今では月一で何かしら私に渡してくる。
大抵はダンジョンで採れたザイデジュピネの糸なのだが、私は織る技術など無いわけで、そろそろその残念な事実に気づいてほしいものだ。
馬から降り、当たり前かのように私の髪を撫でその先端にリップ音をたてる。
地元じゃ色男と言われるようになった見た目からは当初のずんぐりむっくりの影すらみえず、ギトギトで脂ぎった紺色の髪はサラサラに、肉の塊だった体は筋肉へと変化を遂げた。
よく頑張ったねと褒めてやりたいところだが当たり前のように私の髪にキスをするのは如何な行為だろうか。
「気安く触らないでくれます? 髪が穢れるんで」
「汚れてしまったら俺が拭うさ」
「そういう意味じゃ無い」
髪を掴んだ手を振り払い、何の用か問えばラルスはその綺麗な顔に笑みを浮かべて私に一つの包みを手渡した。
「開けてみろ」
「えっ、ヤダ」
「いいから開けろって、気にいるからさ!」
顔をグイッと近づけられ、私は舌打ちをしながら渋々その包みを開いていく。
そこに包まれていたのは紺色のミレモ丈のエプロンドレスだった。ところどころ花の刺繍が入れられており、裾にはレースか縫い付けられている。
一目で高いものだと分かった。
「ーーこれは一体なんですか」
怪訝に、不愉快そうに聞くとラルスは少しだけ照れたように成人の儀の服だと言う。
全くもって意味が分からない、何故こんなものをラルスに貰わなければならないのかが。
「協会でヨハンかそう言ってるのを聞いて、これを着てもらいたいと思って持ってきたんだ。 だから、着てくれ」
「お断りだ!」
持っていたドレスをラルスの顔面に叩きつけ、気持ち悪い、何故サイズを知っていると罵り急いで家の中へ駆け込み鍵を閉め外を伺った。
ラルスは私を追ってくるも扉に阻まれ、戸を叩きながら似合うと思うだとか、俺の髪と同じ色だとか好きだからサイズくらい分かるだとか気色の悪い言葉を喚き散らし、それのせいで胃がきゅぅぅうっと痛んだ。
「絶対、絶対これを着て来てくれ! その時伝えたいことがあるんだ!」
「うっさい! 誰が着るかボケ! 持って帰れクズ野郎!」
扉越しに罵り叫ぶもラルスは聞かず、置いていくからなと叫んで馬に乗りその場から去っていった。
毎回毎回要らんものを持ってくるのに困っていたが、今回は本気で困る。ここまで高価そうな衣類を捨てるわけには行かないが、絶対に着たくない。
「ーー成人の儀なんてなきゃいいのに」
神に祈りを捧げ、無事大人になりましたと報告するだけの行事。それだけの事なのにどうしてこんな面倒ごとを起こしてくる。
そして何よりラルスが年々面倒臭くなっている。伝えたい事って言っても伝えて欲しいことなんて一つもない。私から伝えたいいるのは関わってくるやという拒絶だと言うのに。
「ーーいっそのこと、私もアルノーについてっちゃおうかなぁ」
祖父とレド、時よりスヴェンがいれば商売は規模は小さくなるが何とかなるだろう。
私も自身もギルドに入って掃除夫や簡単な計算式などの仕事を請け負い小銭稼ぎをすれば、底辺でも何とかハウシュタットでも生活できるかもしれない。
思いもかけなかった事だが、それも頭に入れて行動を起こさないと大変な事が起こる気もする。
「嗚呼! もう! 神さま私を助けてよ!」
そう神頼みしてしまうほど、私はラルスが大嫌いだ。
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