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ラルス
しおりを挟むグルムンドを発って早二日。
彼が私達と違う人種なのか、少し傷が治る速度が速い気がする。
よく見れば毛も若干だがフサフサしてきたような気もするし、濁っていた瞳はキョロキョロと動くようになった。
時折暗い瞳で私を射抜くように睨みつけてくるくらい、意識は戻っているようだ。
しかしながらそれが私の望んでいた結果となるかは分からず、やはり人で調べるのが一番だと私は思う。
私のことを警戒しているのであろうが彼自身も今の身体じゃ動くことはままならないとわかっているようで、アーンというとその声に合わせて口を開くのが何とも可愛いらしい。
荷台でムフフと笑っていると何を笑ってるんだとスヴェンは振り向き、私はそれに何でも無いよと答えた。
「リズ、今日はエスターに寄ってく。頼んでたもんがそろそろできる日程でな」
「おっけー」
ガタガタと馬車に揺られる事三時間。
売れ残ったジャーキーは今度も売ろうだとか、苺ジャムも作ってみたいだとか、そんな下らない事を話をしていると、日が真上に昇りきったところでエスターの村に辿り着いていた。
五十世帯にも満たない小さな村だが、近くにザイデシュピネのいるダンジョンがある為か織物業が盛んだ。
小さな村に商人ギルドがあるのはそういった訳でもあるのだ。
行き交う村人達はスヴェンににこっこりと挨拶を交わし、隣に座っている私に視線を向ける。
私が最後にこの村に来たのはだいぶ前で、記憶が殆ど無いといってもいいだろう。故に村人達も私が誰かわかっていない様子であった。
村の一番大きな家は村長の家でもあり、一角に商人ギルドをも営んでいる。
馬小屋に馬を置き、周りにいた人間に荷台には触らないようにと言付けその建物にはいれば、顎に白い髭を蓄えている老人が目に入る。
「エーリヒさん、お久しぶりです。品物はできましたか?」
滅多なことがない限り敬語を使わないスヴェンが敬語を使って話すのだから、この人がここの主人とみていいだろう。
エーリヒと言われた老人は顎髭を撫でながら後ろに控えていた人間に指示を出し、私たちは一室へと招かれた。
フワフワのソファーなんてこんな田舎にはなく、硬い木の椅子に腰掛け、用意されたお茶を飲む。グルムンドで飲んだお茶にはかなわないが、不味くは無い。
そういえば彼に気を取られお茶を買うのを忘れてしまった。スヴェンに今度またグルムンドに行った時に買ってきてもらうとしよう。
お茶を飲み一息ついた時コンコンとドアをノックする音が聞こえ、エーリヒは入れと声を出す。開かられたドアから入ってきた人の手には数反の布地が抱えられていた。
「確認してください」
テーブルの上に置かれた布は色とりどりで、紅や橙、若葉色や藤色といったあまり見ることのない高級な織物だ。
スヴェンはそれを一反づつ確認していき見事なものだと頷き、その答えにエーリヒは満足そうに髭を撫でた。
二人はこれを幾ら売りたいと話し合い、私は隣でその話を傍観する事に徹する。
ぶっちゃ商売の話なんてわからないし、ザイデシュピネの織物の価値がそこまでわからない。ただただ綺麗だなとは思うけれど。
二人がお金のやりとりをし終えかけた頃、私は残りのお茶を飲み干しふぅと大きく息を吐く。握手をしている二人の横でドライフルーツを齧っていると、バンっと音をたてて扉が開いた。
三人ともおどろいた顔でそちらを向くと、ずんぐりむっくりした子供がズカズカと近寄ってくる。
年は私より上だろうが、その肉つきの良さは年を重ねているからではなさそうだ。
「じい様! スヴェンが来たら俺も呼んでくれる約束だったじゃないか!」
「おお、ラルス! スヴェンよ、ラルスが、うちの孫がどうしてもお主に頼みたいことがあるみたいでのぉ」
ふんっと鼻を鳴らし、ドスンと椅子にそいつは座る。
その様子を面倒くさそうに見ていればかっちりと目と目が合ってしまった。
「……お前誰だ?」
初対面の人にお前はどうかと思うが、一応スヴェンの取引先の孫に失礼はしない方がいいと思い、私が大人の対応をした方がいいのだろう。
椅子から立ち上がりニッコリと笑い、彼に向き合って自己紹介を簡潔に述べた。
「初めまして。ヨハネスの孫娘、リズエッタと申します。お見知りおきを」
履いていたスカートの端をつまみ上げ、何処ぞの令嬢の様に挨拶をすれば驚いた様に、満足そうにエーリヒとラルスは笑った。
そしてラルスは満足そうに私に最低な言葉を投げかけた。
「お前気に入った! 俺の嫁にしてやってもいいぞ!」
はぁ? と言い返す私の体をラルスは引き寄せ、わたしは倒れこむようにそいつのブニブニの肉にすっぽりと覆われる。
離せと訴えるために上を見上げれば、最低な言葉を言ったやつは、最低な行動もしてくれた。
「ーーっ!」
ぶっちゅーと効果音が聞こえてきそうな汚らしいキスを、私に無理矢理しやがったのだ!
クソ餓鬼が調子こくんじゃねぇぞという怒りを込めラルスのボディーブローをくらわせ、離れたところぺっと唾を吐く。
右手でゴシゴシと唇を何度とふき、蹲るラルスの頭を足で踏みてけた。
「こちらでは初めて合った女性に破廉恥な行為をするのが礼儀なのですかねぇ? それとも私を目下だと思って何をしても良いと?」
ニコニコと笑いグリグリとラルスの頭を踏みつけながらエーリヒに問えば、何故が微笑ましそうに申し訳ありません、孫も貴女が可愛いものだからついつい。とふざけた事を口に出す。
その声に足元で床とお友達になっているラルスは、おれが嫁にしてやるのにとそれでも寝言をいっている。
「嫁にしてやる? 冗談は顔と見た目だけにしてくれません? 私、馬鹿は嫌いなんだよ」
思っ切り蹴りをしようとしたところでスヴェンに止められ、スヴェンもスヴェンでゴシゴシと袖で私の口を拭う。
エーリヒに孫でも失礼にあたる、謝罪するのが当たり前ではないのかと抗議をしてくれた。
スヴェンのその言葉でエーリヒも若干悪いと思ったのかラルスを立ち上がらせ、頭をさげた。
「申し訳ない」
「俺の嫁の何処が嫌なんだ! 俺は将来ココを継ぐんだぞ!」
「だからなんだこの外道。私に近づくな変態クソ野郎」
ギリリとラルスを睨みつけるとスヴェンは私をだき抱え、取り引きは終わりましたので失礼すると荷物を持ち部屋をでる。
その後ろを急いで追いかけてきたの誰でもないラルスで、流石に謝りにきたのかと思えばスヴェンにグルムンドの街まで自分も連れてって欲しいと叫んだ。
スヴェンはその声にお前のようなガキの世話は御免だと言い返し、その後後ろを見る事なく馬車に乗り込む。
「本当ならエスターも見させてやりたかったが直ぐに帰ろうと思う」
「そうしてくれると嬉しいよ! アイツの顔を見たら今度は顔面なぐっちゃう!」
馬番をしていた人間にお礼をし、口直しにドライフルーツをばくばく食べながら私達はエスターを後にした。
アイツはきっと村長の孫だから甘やかされたに違いない。
そして村長もデレデレに甘やかしたに違いない。
なにがあってもエスターに行かないと私はその日決意をした。
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