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料理
しおりを挟む「アルノー! 手伝って!」
ボロボロの扉を蹴飛ばし開けると、アルノーはいまだ祖父の側で泣いていた。アルノーは私の声に反応してくるりと振り向くと、ズビズビと鼻を啜りながら私に近寄り抱きつき、大きな瞳からはいまだにボロボロと大粒の涙を零し続けている。
「リズ、リズぅぅう……」
背丈の同じアルノーは私の肩に鼻水と涙をグリグリと押し付け、数刻前の私ならただただ抱き締めることしかできなかっただろう。
でも今は、私にも出来ることはある。
「アルノー、お爺ちゃんにご飯を食べさせよう。 だから手伝って!」
アルノーの頬をパチンと両手で叩くと碧い目が零れ落ちるのではないかと心配するほど大きく見開き、そして青ざめ、絶望のどん底に落とされたような顔で声で目で私に訴えたのだ。
「なに、するのっ!?」
「だからご飯を作るんだよ!」
アルノーにビクビクとそう言われてしまうと自分がどれだけ駄目な人間だったか分かってしまう。
そう、私は、料理ができない。壊滅的に、だ。
肉を焼けば炭になり、芋を茹でれば炭になり、スープを作れば炭になる。それが私の”料理”というものだった。
今までに何度かお腹を壊した事も食材を駄目にした事もあり、それ故に祖父は私に料理を禁じ、アルノーは私が”料理”をしようとする度に必死にそれを止めてきた。
そして今もなお、私に”料理”をさせない気でいるに違いない。しかしそんなアルノーを黙らせる魔法の言葉を私は知っているのだ。
「神様にいわれたんだ! お爺ちゃんにご飯をたべさせなさいって!」
この世界には絶対的な宗教がある。
それは全ては神の御心のままに、という神を一番に思うものだ。
「かみさま、が……?」
「そう、 神様が! だから水瓶から水を汲んできて! そのあとかまどに火を入れて!」
それは神からお告げがあったのだと言えば大概信用してしまうというお粗末な宗教なのだけれども。
アルノーは唖然としたのちに幼い顔を引き締め、私の言葉に従って行動を始めた。その姿を確認すると同時に私は両手に抱えていたその実を二つに割り、その中身を次々と鉄鍋へと移していく。実に詰まっていた白く小さな粒は今までこの世界では見た事のないものだったが、以前の私にはとても馴染み深いものだ。その中身をアルノーから渡された水で研ぎ、多めの水を入れかまどで沸かす。一度沸騰したところで薪を移して弱火で炊きながら水分が少なくならないように時々水をたし、四、五十分経てば完成だ。
木で出来た深皿に一食分をよそい、ほんの少し塩をかける。
「お爺ちゃん、ご飯だよ」
ベットに横になっている祖父の口元に少し息で冷ましたスプーンを近づければ、弱々しくもそれを口にした。
「……これは?」
「”お粥”だよ。 まだいっぱいあるし、私達のぶんもあるからちゃんと食べて?」
私がそういうと祖父は安心したのか少しずつお粥を食べていく。
何時もはろくに食べない祖父だったが、こればかりは食べにくい硬いパンとは違ったのか食が進んだようでよそったぶんのお粥は全て平らげた。美味しかったよと私に言う祖父をまたそっとベットに寝かせボロボロの毛布をかけると私はホッと息を吐き、ぶるりと身体を震わせた。
そういえばびしょ濡れだった。
そう思い出し服を脱ぎ、これまたボロボロの毛布に包まり自分とアルノーの分のお粥を準備する。
「アルノー、ご飯にしよ」
私の言葉にアルノーは頷き、その手に深皿を持たせたが、なかなか食べようとはしない。祖父が完食した後でも疑うのかと思ったが私から食べて見せるとようやくそれを口にした。
「……おいし」
「そりゃよかったよ」
火をくべた暖炉のそばで二人並んでお腹いっぱいにご飯を食べるなんて、昨日までの私には考えつかなかっただろう。幼い”私”が今の”私”になるなんて、それこそ神以外が知るすべなどないのだから。
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