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11 世界の認識
しおりを挟む佳乃が思っている以上にこの世界は差別的な世界だ。
男は家の外で働き狩りをし、女子供を危険から守る。
女は家の中で、安全場所で仕事をし、子供の世話をしながら次世代を築いていく。
そして子供たち成人となる三十歳まで大切に守られて、小さな世界で育っていく。
これがウィケットの存在がもたらした、この世界の常識であり覆せないルール。
それ故に、騎士団でも早々佳乃が受け入れられる事はなかったのだ。
女である以上、佳乃が銃を使えたとしても解体ができたとしても、それは"異常"でしかなく、受け入れられないもの。
それが異界の地の者でも巻き込まれただけの人間だとしても、見た目も似ているのならばそう感じてしまうのは当たり前ともいえる。
現に佳乃に嫌がらせをしたアーロン・ベジェフは"女なのに騎士団に入った"佳乃を気味が悪く、異端として捉えていたのである。
ならば何故アーロンが佳乃の名を聞き手を取ったかといえば、答えは簡単だ。
佳乃が女である以上に、使える人間だったから。
今までは佳乃はミランの側でしか仕事をしておらずアーロンは彼女の働きを知らずにいた。そのため噂で聞いた"我儘で騎士団に入った聖女のオマケの人間"としか存在を認識していなかった。
ルーカ・ベルナルドの"おかげで"騎士団に入った女がいる。ミランの"手を借りて"仕事をしている女がいる。
そんな噂が広がっていれば、佳乃をよく思う人間は少なくても仕方がない。
アーロンもその一人で働く必要のない女が我儘をいい、お遊び程度に騎士団に入ったのだ憤慨していたのだ。
しかし実際佳乃とあってみればどうだろう。
入りたての新人なんて銃の手入れや扱い方、解体の仕方も知らないというのにそれより年下に見える佳乃の方が手際よく出来ているではないか。
最初こそミランの手柄を横取りしたのではと感くぐってはいたが、ミランはあくまで手助けをしているだけ。
鹿の解体の主導権は佳乃が握り、あくまでそれの補助として最低限の事をするのがミランであった。
その作業を見てアーロンは単純に考えを思い直したのだ。
噂だけで佳乃を嫌っていた自分が恥ずかしいと、使えない新人よりも知識があり手際の良い佳乃がお情けで此処にいるわけではないのだと。
騎士団に入る課程に何があったが知らないが、捻じ曲がった偽りに隠された人材を見逃していたのだと。
今の今までこの世界の常識にとらわれていたアーロンを含めた騎士団員にとって、佳乃の存在は異端ではある。が、その一方で新鮮でもあった。
女でも銃を扱える。女でも狩りができて解体ができる。
守られるだけが女ではない。
共に歩める女もいると。
「ヨシノー、酒でも飲むかぁ? むしろ飲めるかぁ?」
「アーロンさん。 酒は嗜む程度に飲めますが、今は仕事中なのでは……? 遠征中に飲んでもいいですか?」
「んな事気にすんなや! 飲むっつーても一二杯だ! その方が体があったまるだろう!」
「ーーなら、いただきます」
アーロンは隅っこで一人皿洗いをする佳乃に酒瓶を傾け、酒を継ぐ。
佳乃が知る酒よりもアルコール臭いそれはほんのり茶色く、コクリと喉に流すとカッと体が熱くなった。
「なかなか強い酒ですね。 一杯も飲めるかわかりません」
「そうかそうか! でも飲め!」
口を大きくあけ豪快に笑うアーロンに佳乃はほんの少し恐怖を感じているが、前ほどではない。
握手を交わしてからはアーロンの表情は柔らかいものに変わり、周りの騎士からもトゲトゲしい視線を感じなくなった。
佳乃は認められて良かったと内心思っていたが、それは間違いで認められたわけではない。
少なくとも後援部隊を指揮するアーロンには認められた結果まともな扱いになっただけで、佳乃をよく思わない人間はまだ多い。佳乃を認め壁となっている人間がミランと、アーロンを支持する者たちに増えただけなのだから。
「そいやお前は幾つになるんだ? 見た所若えし、成人はしてるんだろうな?」
「成人してますよ。 今年で二十六になりましたし、私の世界ではもうすぐおばさん扱いです」
「ーーは? 二十六っ!? まだ子供じゃねぇか! お前、どんな生活送ってきたんだ?! 親が厳しかったのか? それとも孤児、か?」
「いえ? 普通の一般家庭です。 それに私の世界じゃ二十歳で成人ですよ」
大袈裟だなと笑う佳乃に驚いたのはアーロンだけではなかった。
こっそりと佳乃を見守っていたミランに、一応隊長副隊長として気にしていたルーカとミハエル。そして同じ場所で後片付けをしていた団員達。それらの全てが佳乃の言葉に唖然とした。
「でもまぁ、私は普通とは少し違いますかね? 普通の女の子はやる必要のない狩猟なんてしようと思わないだろうし、大量の血を見たら気持ち悪いってなりますよ」
「じゃあなんで佳乃は銃片手にやらなくていい狩りをするんだぁ?」
「それはですね、何というか、親孝行といいますか。 お恥ずかしいのですが独りよがりとでもいいましょうか」
コップに残る酒を佳乃はもう一口飲み、そして赤みがかった顔でニンマリと笑った。
「私、何に取り得ないから、せめて家族の役にはたちたかったんです」
佳乃が狩猟をする理由。
それは佳乃の生まれ育った土地環境に関係した。
彼女が生まれ育った町は周りを森で囲まれ、家の数より田畑の数が多い地域であった。同級生も二十人足らずで過疎化が進み、若い夫婦はあまり住みつかない。コンビニや自販機はあったがスーパーなどはなく、買い物に行くにも車で三十分以上かかる不便な土地。
そんな土地だからか春先には山から猪が人里まで降りてくることが度々あり、老若男女問わず困っていたと聞く。
佳乃こそ出会わなかったが、足の悪い彼女の母は数回猪と遭遇し恐怖を味わったようで、庭を歩くのでさえ怖いと言っていたのを佳乃は知っている。
それ故に彼女は、母の助けになればと狩猟免許をとったのだ。
「最初はやっぱり銃を扱うのが怖くて、撃った後の猪の処理も怖くて目をそらしてたんですが、そのあと食べたお肉は美味しいし母に感謝されるし、一石二鳥だなぁと。 年配の方も若い人手が増えたと喜んでくれたので流れに身を任せてたら今の私ができたって感じですかね。 たまに変人扱いもされますが、私は今の私を気に入ってるので気にしませんね」
ふにゃりと砕けた笑みをアーロンに向けると、彼はうっと目を逸らした。
自分が甘えてると思っていた女が我儘と思うまでいた女が思いのほか若く健気で、そして何より親思いときたら今まで身内がしてきた事が恥ずかしく思えたのだ。
それはアーロンだけでなくルーカもミランも同じで、もう少し話を聞いてやれば良かったと、一方的な考えで過ごすべきでなかったと反省した。
「そういえばアーロンさんはお幾つなんです? あと私が子供扱いならこっちの世界では何歳から大人扱いなんでしょうか?」
「あ? 俺か? もう五十だ。 大人は三十からだ!」
「ご、五十!? 見えません!」
佳乃からはどう見たって三十歳程のアーロンだが、年齢は五十。
佳乃の住む世界とは少し違い、この世界は歳をとるのが遅かった。 それ故に佳乃はまだ成人前の子供扱いされても文句は言われず、美琴に至っては幼子と言われてもいい年齢なのだ。
だからだろうか、アーロンが佳乃を見る目は同僚を見る目から子供を見守る優しい目に変わり、あたりの雰囲気も柔らかいものへと変化していく。
彼らにとっての昨日の敵は、今や成長を見守らなければならない子供のような存在へ。
「ヨシノはまだお子ちゃまだからな、おいちゃんが守ってやるよっ!」
豪快に笑うアーロンは酒を一気に飲み干し、唖然とする佳乃の頭を撫でる。
男と女、子供と大人の区別の激しい世界で佳乃はこの歳になって初めて子供扱いをされた。
そして何より、佳乃がいけすかない女という認識よりも、必死に世界に馴染もうとする子供としての姿のみが皆の印象に残ったのである。
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感想お邪魔致します。
続きが再開されていて嬉しいです〜
極限状態で、ただひたすらに寄生依存されるなんて辛すぎる。
何とかしようと話し合って支えていけるなら良いですけど。
佳乃さんが居場所を自力で獲得できて、一先ずホッとしました。
聖女ちゃんは離れる事で成長できるのかしら。それともまだ邪魔しに来るのかしら。
佳乃さんが騎士団で生き生きとし出したら、逆恨みしそう。。。
個人的には、佳乃さんの狩猟解体楽しみにしてます〜
鹿やったし、今度は猪?熊?
大物仕留めて、男連中に一泡吹かせてほしいなぁw
感想ありがとうございます!
何とか居場所確保できた佳乃ですが、これからと色々苦労が続いていくようです。
聖女ちゃんとの関係も少しずつ改善?悪化?していくみたいなので、今後を見守っていただけると嬉しいです!