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10 解体と涙
しおりを挟むどくどくと脈を打つほどに血は流れ、地面を赤く染めていく。
運良く獲物を狩れた佳乃は、ミランの力を借りてその場での血抜きを行なっていた。
たった一発で仕留められた事は幸運だったが、野営地までは少し距離がある。それ故に佳乃はその場での処理を始めたのである。
まだ心臓が動きを止めないうちに鹿を木に吊るし上げ、首元にナイフを入れる。すると脈打つのと同じ勢いで血が流れ出していく。
地元で狩りを始めた頃佳乃はこの光景に吐き気さえ覚えたが、何度も繰り返していくうちに当たり前の行為となった。
害獣駆除であれ食う分の獲物の血抜きはする。狩ったからには食う、それこそが最高の供養なのだと年配の猟師から口煩く言われたものだ。
本当ならば流水に一時間ほどつけて肉が痛むのを予防したいところだが、佳乃から見て近場に水辺があるとは感じられない。
ミランに一度内臓の処理について聞くも食べる予定はないらしく、佳乃は仕方なしに鹿の臓物を地面へと埋めた。
ある程度の血抜きを終えた後、ミランがそれを背負って野営地まで歩いて運ぶ。流石に一人では重いのではないかと心配をした佳乃であったがそれは余計なお世話で、騎士団員であるミランからしたら余裕で運べる程の重さだったらしい。
見た目は二十代前半だというのに、佳乃が知る一般男性よりはるかに力がある。きっと制服を脱いだ体は筋肉美の詰まったものなのだろうと、佳乃は一人で勝手に納得した。
野営地に着くといくつかのテントが張られて、既に火を起こし料理を始めている団員もいる。
ミランはまっすぐそこへ向かい、そして背負っていた鹿をドサリと降ろした。
「今日の飯はこれを使ってくれ。 ーーヨシノが狩った。 血抜きはしてあるし内臓は処分済みだ」
「は? 狩ったって、そいつがか?」
調理場にいた男は鹿と佳乃を何度も確認し、そして馬鹿にしたように鼻で笑う。
そして嘘をつくなと、ミランが狩ったのだろうと蔑みを含んだ言葉を吐き、ミランは真顔でそれを否定した。
「嘘だと思いたいだろうが本当だ。 ってか、こんな事で俺が嘘ついて何の特になるんだ? 馬鹿にする暇あったらさっさと毛皮はげ!」
「信じろっつーほうがおかしいだろうがっ! 本当にそいつが狩ったんならそいつに捌かせりゃ良いだろうが! 場所は開けてやるっ!」
苛ついたそぶりを見せる男は佳乃を見て舌打ちをし、場所を開けると何処かへと向かった。
ミランと佳乃は互いに顔を合わせ、呆れた様に溜息をつく。そして鹿を捌く準備を進めた。
佳乃は鹿を捌くのは初めてではない。
勿論ミランも初めてではない。
いつもと同じ様に獲物を首から吊るし、ナイフで切れ目を入れて指で皮を剥いでいく。丁寧に剥がせば皮は加工出来るし、なるべく破れない様に最後まで剥ぐ。
次に鹿を降ろして手足の軟骨を切り、外す。背骨からナイフを入れて頭を外し、あとは部位に分けて切り取っていけばそれなりに調理出来る大きさになっていく。
二人で行えば時間はそうはかからず、一時間もかからず鹿の解体は終了した。
集中し緊張していた筋肉を伸ばす様に背伸びをし、ようやく辺りを見渡せばそこには佳乃をじっと見つけるもの達が集まっていた。
その様子にギョッとした佳乃はその場から後退りしたが、その分詰めてくる男が一人いる。
それは佳乃に銃を渡し、狩ってこいと言った男だ。
「ーーーーお前、本当に狩ってきたんか」
「か、狩ってこいと言われたので……」
「銃、撃てたのか?」
「えぇ、まぁ。 私の使ってたやつより重かったですが、撃てました。 腕が落ちてなくて助かりました」
困った様にはにかんで見せれば、男は驚いた様に目を見開いた。
その表情に佳乃は試されていたのだと気づいた。
男は佳乃が狩りをできないと思って銃を渡したのだと、最初から何かを狩ってくるなんて期待すらしていなかったのだと。
そう思うと何故か悲しくなる。
嫌われてるのはわかる。気にくわないのも分かる。
女だから、異界人だから、聖女のついでだから。
そう思われてたのは知っていた。分かっていた。
それでもここにいて良いのだと、佳乃は思っていたかった。
「ーーすいません。 出すぎた真似をさしました」
一度頭を深く下げ、悔しさで出てくる涙を必死にこらえた。
望まれてない以上、望まれていない行為はしてはいけない。
大人しく誰の邪魔にもならない様にひっそりと、帰れるその日まで隅っこで生きていくのがお似合いだ。
そう佳乃は自分に言い聞かせた。
けれどそんな佳乃を救ったのは、思ってもいない人物の言葉だった。
「ーーお前、名前は?」
「ーーへ?」
「名前だ名前! 俺はアーロン・ベジェフ。 アーロンと呼べ! で、お前の名前は何だ!」
「……佳乃です。 沢渡佳乃。佳乃と呼んでください?」
何がどうなったと困り顔で頭をあげる佳乃に、アーロンは鼻を鳴らして笑う。
その笑みは馬鹿にした様な笑みではなく、何処と無く誇らしげに見えた。
「ヨシノ、お前は思った以上に使える! 新人なんか比じゃねぇ! これから頼むぞ!」
手を差し出すアーロンに佳乃は困惑し、ミランはそんな佳乃の背を突いた。ミランは何故がニヤニヤと笑い、周りの人間も先程までと違った視線を佳乃へと向ける。
佳乃は血で汚れた手をズボンで拭き、オドオドとアーロンの手を取った。
「宜しく、お願いします」
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