望まぬ世界で生きるには

10期

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9 遠征

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「遠征、ですか?」

 毎日の嫌味にも慣れ始めた頃、佳乃は騎士団隊長であるルーカ・ベルナルドに呼ばれた。
 何かヘマをやらかしてしまったかと手に汗握る佳乃を目の前に、ルーカが告げた言葉はあまりにも淡々とした業務連絡であった。

「そうだ。ここにお前が来てもうふた月になる。 団員達と上手くいってないのは理解しているが、そろそろ騎士団員としての務めを果たして行かなくてはならない。 いってる意味が分かるか?」
「わかりますが、役に立てるでしょうか?」

 佳乃が日々行なっている作業は主に雑用。
 朝夕、間食の調理の手伝いに騎士達が使った用具の片付け、嫌がらせの一環なのか時折汚れの酷い洗濯をやらされる事もある。
 遠征に同行したとしても佳乃が出来る作業は狩った獣の解体と調理、後片付けくらいだろうか。
 銃は手入れをする為持たせてもらう事はあるが、実際に撃つ行為はさせてもらっていない。
 きっとウィケットを相手にすることは出来ないだろう。

 佳乃が不安そうに眉を下げると、ルーカはその思考を見透かしたように何事にも経験は必要だと意志の強い言葉を向ける。
 それに何より佳乃を預けられて以来騎士団長であるルーカが現場に出ることは少なく、周りからは批難の声が上がっていたのだ。それを対処するには佳乃を連れて行くしかないとルーカ自身渋々決断したのである。

 連れて行くルーカもついて行く佳乃も若干の不安を抱いてはいるが、互いにそれを良しとしなかった場合の対処に追われるのは目に見えていた。
 ルーカは部下である騎士達の不平不満が、佳乃は残ることによる美琴の相手。
 それならば遠征に行くという答えしか用意させてないようなものだ。

「出発は二日後、必要なものはミランから聞くといい」

 ルーカはそれだけいうともう退室して良いと佳乃から目を背け、佳乃は一度礼をし背を向ける。
 どれだけの期間の遠征になるか分からないが早めにミランに聞き、荷物に手をつけたほうがいいだろうと長い廊下を駆けた。






 遠征に出発したのはそれから二日後の早朝で、いつもより軽い朝食を食べてからだった。
 佳乃を心配そうに見送るツェリに手を振り、列に並ぶ。移動手段は一つの荷馬車に十人弱乗り込み、計四台で四十名程での移動。隊長であるルーカと副隊長のミハエル・ロレンダは一人づつ馬に跨って進んでいる。
 ガタゴトと揺れて馬車は非常に居心地が悪く、早く目的でにつかないものかと佳乃は遠くに目をやった。

 城から出た外の世界は煉瓦造りの建物が多く、佳乃が知るところのヨーロッパの町並みといったところか。朝も早いというのにすでに店を開いている商人もおり、生活基準が日本とは違うのだと改めて認識した。
 門を抜けるとそこに広がるのはただ広いだけの風景で、危険に溢れているとは思えない。
 もし召喚などではなく知らずに森に落とされていたら、きっと佳乃も美琴もそこまで心配せず彷徨っただろう。


 馬車に揺られること約三時間。
 揺れに酔ったのか佳乃の顔色は悪い。時折湧き上がるものもあったが必死に堪え、目的地である黒の森へとたどり着いた。
 黒の森は日の光が入らないように鬱蒼とし年中薄暗く、ここ数年でのウィケットの発現率は上がっている。
 今回の遠征はこの森でのウィケット殲滅任務ともいえようか。

 佳乃達騎士団員は馬車から飛び降り隊列を組み、注意深く森の奥へと足を進めて行く。
 流石に丸腰とはいかず小さなナイフを装備するが、これで戦いたくないなと佳乃は思った。
 小さな動物ならまだしも大型の獣、もしくは凶暴な見知らぬ生物と戦える自信はない。出来ることなら出会いませんようにと心の中で祈り、先頭について足を進める。

 途中部隊は二つに分けられ、佳乃は荷物を積んだ馬車を守る後援部隊に配属された。

「おい女、これ持ってなっ!」

 そう言って手渡されたのはいつも手入れをさせられている猟銃で、佳乃は一人首を傾げる。
 これは身を守れという意味かと思っていたがそうではなく、どうやらそれで狩りをしてこいという事らしい。

「先の部隊はウィケットの痕跡を追って奥へ行く。 俺たちの仕事は野営の準備だ。 どうせ力仕事なんてできやしねぇんだから狩りでも行ってこい。 まぁ狩れたらなだけどなっ!」

 馬鹿にするような期待してないような。どちらにしろ良い意味でない言葉に佳乃は頷き、森の中へと目を向ける。知らない森ゆえに恐怖はあるが、与えられた仕事はしなくていけない。
 覚悟を決めゆっくりと足を動かせばいつの間にやら隣にはミランがおり、どうやらルーカに頼まれた世話役はこのまま継続らしい。
 一度見つめあって頷き、そして森へと向かった。







 二人で森に入って三十分もしないうちに佳乃は獣の痕跡を見つけることができた。湿った大地にはまだ新しい獣の足跡が残っている。

 まだ乾ききってないし、運が良い。

 佳乃はこのチャンスを逃すまいと、なるべく音を立てないようにゆっくりと歩く。
 耳を澄ませ葉の揺れる音を聞き、何処かにいるであろう獣へと神経を尖らせる。
 きっとこの機を逃せばこれからどれだけ森を彷徨ったとして、今日中に狩りが成功することはないだろう。
 これが最初で最後のチャンスだと腹をくくった。

 その獣を見つけたのはそれから暫くしてからだった。キョロキョロとあたりを伺う素振りを見せる獣は佳乃の知る鹿に似ている。ツノが二本生えているし、足もすらりと長い。見た目だけでは日本で見た鹿と何ら変わりはなかった。

 佳乃は握っていた銃を構え、そしてゆっくりと息を吐いて獣を狙う。
 一度で仕留めなければ音のせいでソイツは逃げてしまうし、周りにいるかもしれない獣も逃げてしまうだろう。

 目を細め、ソイツの頭に目標を定め、佳乃は引き金を引いた。









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