望まぬ世界で生きるには

10期

文字の大きさ
上 下
9 / 11

9 遠征

しおりを挟む


 


「遠征、ですか?」

 毎日の嫌味にも慣れ始めた頃、佳乃は騎士団隊長であるルーカ・ベルナルドに呼ばれた。
 何かヘマをやらかしてしまったかと手に汗握る佳乃を目の前に、ルーカが告げた言葉はあまりにも淡々とした業務連絡であった。

「そうだ。ここにお前が来てもうふた月になる。 団員達と上手くいってないのは理解しているが、そろそろ騎士団員としての務めを果たして行かなくてはならない。 いってる意味が分かるか?」
「わかりますが、役に立てるでしょうか?」

 佳乃が日々行なっている作業は主に雑用。
 朝夕、間食の調理の手伝いに騎士達が使った用具の片付け、嫌がらせの一環なのか時折汚れの酷い洗濯をやらされる事もある。
 遠征に同行したとしても佳乃が出来る作業は狩った獣の解体と調理、後片付けくらいだろうか。
 銃は手入れをする為持たせてもらう事はあるが、実際に撃つ行為はさせてもらっていない。
 きっとウィケットを相手にすることは出来ないだろう。

 佳乃が不安そうに眉を下げると、ルーカはその思考を見透かしたように何事にも経験は必要だと意志の強い言葉を向ける。
 それに何より佳乃を預けられて以来騎士団長であるルーカが現場に出ることは少なく、周りからは批難の声が上がっていたのだ。それを対処するには佳乃を連れて行くしかないとルーカ自身渋々決断したのである。

 連れて行くルーカもついて行く佳乃も若干の不安を抱いてはいるが、互いにそれを良しとしなかった場合の対処に追われるのは目に見えていた。
 ルーカは部下である騎士達の不平不満が、佳乃は残ることによる美琴の相手。
 それならば遠征に行くという答えしか用意させてないようなものだ。

「出発は二日後、必要なものはミランから聞くといい」

 ルーカはそれだけいうともう退室して良いと佳乃から目を背け、佳乃は一度礼をし背を向ける。
 どれだけの期間の遠征になるか分からないが早めにミランに聞き、荷物に手をつけたほうがいいだろうと長い廊下を駆けた。






 遠征に出発したのはそれから二日後の早朝で、いつもより軽い朝食を食べてからだった。
 佳乃を心配そうに見送るツェリに手を振り、列に並ぶ。移動手段は一つの荷馬車に十人弱乗り込み、計四台で四十名程での移動。隊長であるルーカと副隊長のミハエル・ロレンダは一人づつ馬に跨って進んでいる。
 ガタゴトと揺れて馬車は非常に居心地が悪く、早く目的でにつかないものかと佳乃は遠くに目をやった。

 城から出た外の世界は煉瓦造りの建物が多く、佳乃が知るところのヨーロッパの町並みといったところか。朝も早いというのにすでに店を開いている商人もおり、生活基準が日本とは違うのだと改めて認識した。
 門を抜けるとそこに広がるのはただ広いだけの風景で、危険に溢れているとは思えない。
 もし召喚などではなく知らずに森に落とされていたら、きっと佳乃も美琴もそこまで心配せず彷徨っただろう。


 馬車に揺られること約三時間。
 揺れに酔ったのか佳乃の顔色は悪い。時折湧き上がるものもあったが必死に堪え、目的地である黒の森へとたどり着いた。
 黒の森は日の光が入らないように鬱蒼とし年中薄暗く、ここ数年でのウィケットの発現率は上がっている。
 今回の遠征はこの森でのウィケット殲滅任務ともいえようか。

 佳乃達騎士団員は馬車から飛び降り隊列を組み、注意深く森の奥へと足を進めて行く。
 流石に丸腰とはいかず小さなナイフを装備するが、これで戦いたくないなと佳乃は思った。
 小さな動物ならまだしも大型の獣、もしくは凶暴な見知らぬ生物と戦える自信はない。出来ることなら出会いませんようにと心の中で祈り、先頭について足を進める。

 途中部隊は二つに分けられ、佳乃は荷物を積んだ馬車を守る後援部隊に配属された。

「おい女、これ持ってなっ!」

 そう言って手渡されたのはいつも手入れをさせられている猟銃で、佳乃は一人首を傾げる。
 これは身を守れという意味かと思っていたがそうではなく、どうやらそれで狩りをしてこいという事らしい。

「先の部隊はウィケットの痕跡を追って奥へ行く。 俺たちの仕事は野営の準備だ。 どうせ力仕事なんてできやしねぇんだから狩りでも行ってこい。 まぁ狩れたらなだけどなっ!」

 馬鹿にするような期待してないような。どちらにしろ良い意味でない言葉に佳乃は頷き、森の中へと目を向ける。知らない森ゆえに恐怖はあるが、与えられた仕事はしなくていけない。
 覚悟を決めゆっくりと足を動かせばいつの間にやら隣にはミランがおり、どうやらルーカに頼まれた世話役はこのまま継続らしい。
 一度見つめあって頷き、そして森へと向かった。







 二人で森に入って三十分もしないうちに佳乃は獣の痕跡を見つけることができた。湿った大地にはまだ新しい獣の足跡が残っている。

 まだ乾ききってないし、運が良い。

 佳乃はこのチャンスを逃すまいと、なるべく音を立てないようにゆっくりと歩く。
 耳を澄ませ葉の揺れる音を聞き、何処かにいるであろう獣へと神経を尖らせる。
 きっとこの機を逃せばこれからどれだけ森を彷徨ったとして、今日中に狩りが成功することはないだろう。
 これが最初で最後のチャンスだと腹をくくった。

 その獣を見つけたのはそれから暫くしてからだった。キョロキョロとあたりを伺う素振りを見せる獣は佳乃の知る鹿に似ている。ツノが二本生えているし、足もすらりと長い。見た目だけでは日本で見た鹿と何ら変わりはなかった。

 佳乃は握っていた銃を構え、そしてゆっくりと息を吐いて獣を狙う。
 一度で仕留めなければ音のせいでソイツは逃げてしまうし、周りにいるかもしれない獣も逃げてしまうだろう。

 目を細め、ソイツの頭に目標を定め、佳乃は引き金を引いた。









しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

処理中です...