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7 メイドは思考する
しおりを挟むツェリ・バローニは優秀なメイドだ。
城で働いている使用人の殆どは貴族の出身で、ツェリも子爵家の次女にあたる。
彼女たちは幼少期から城に国に仕えるために育てられ、そして成人をすぎると能力に見合った職へと振り分けられるのだ。
その中でもツェリは客人をもてなし補助するメイド職に就き、そして今は佳乃付きのメイドとなったのである。
「ツェリも大変ね。 聖女様なら兎も角、あんな人の面倒を見なければならないなんて」
「ーーそんな事はないわ」
あんな人、と呼ばれたのは誰でもない佳乃で、ツェリが側にいなければならない大事な客人の一人だ。
佳乃は他の使用人や騎士、貴族や王族からすれば、いつでも聖女の前に立ち、己の意思を主張する我儘な異世界人だとしか思われていない。けれも側に仕えたツェリだからこそ佳乃の本質を理解できていた。
佳乃自身はいつでも逃げ道を探して、美琴になんて構う気すらないと言うことを。
最初はそんな佳乃を無責任だと思っていたツェリだが美琴のあまりに佳乃へと頼る態度や、彼女こそが理不尽な召喚の一番被害者と理解するやその考えを改め、逆に聖女や他者から守るように身を寄せた。
日に日にやつれ目の下にクマを作る佳乃の姿は痛々しく、たとえ自分一人だとしても彼女を支えなくてはならない。どうにかして現状を変えなければと考えるも、ただのメイドであるツェリは動くことはできない。
何か、きっかけさえあればとツェリは常々思考を巡らせていたのである。
そのな悶々とした日々にピリオドを打ったのは、ツェリではなく、佳乃自身だ。
体調が悪いと嘘をつき、そしてそこからの個々としての仕事を要求。
他者の反対や介入があったが、王や王子、貴族に城内の使用人の思考を取り入れた結果、彼女は今、騎士の一人として働いている。
佳乃が騎士の一人となった所為で美琴は荒れに荒れたがそこは王子が抑えつけ、十日を過ぎた頃には多少大人しくなりつつあった。
国としても王子としても、自身の意見を感情を通す佳乃を美琴の側に置いておくのをよしとせず、これが最善の結果だといえよう。
そしてこの決定事項に聖女以外は、誰一人文句を言うものはいない。
否。
聖女と騎士団以外は不満を口に出すことはない。
「バローニ、そろそろヨシノの服が汚い。 新しいのに変えてくれ」
「了解致しました」
ツェリは佳乃が騎士になったところで彼女付きのメイドを降りることはなく、今もこうして佳乃の身の回りの世話をしている。
世話といっても擦り切れ汚れきった制服を新しいものに変えたり、滅多に帰ることの佳乃の自室を掃除したりといった簡単なことだけ。
騎士なったからにはお客扱いはされたくないと、騎舎に寝泊まりするようになった佳乃のサポートをする事はあまりないのである。
しかしながらも世話係に任命されたミランに声をかけられれば手持ちの仕事を投げ捨ててでも直ぐに、ツェリは佳乃の元へと駆けつけたのだ。
「ヨシノ様、新しいお召し物をご用意しました。 今後はこちらを利用くださいおませ」
「え、まだ着れますけど。 そんなに汚れていないですし」
「いえ、汚れております。 こちらをご利用ください」
まだ着れる、と言う佳乃の腕に制服を押し付け、ツェリはジッと佳乃の今の姿を観察する。
顔色はどうか怪我はないか、好意的につけられた汚れやキズはないか。
騎士になったといえ、その中には佳乃をよく思わないものが大勢いるのだ。ツェリはいつでも動けるようにと気を張り巡らせた。
「おい、バローニにせっかく持ってきてくれたんだ。 今着てるやつは捨てて明日からはそっちを着ろよな!」
「ですがミランさん、これだってまだ着れますよ?」
「きったねぇ制服で解体作業して肉にゴミでも着いたらどーすんだよ!」
「え、でも、汚れてたほうが汚れても気にならないじゃないですか!」
「いーから新しいのを着ろ! オレはお前の世話係なんだよ、言うこと聞け!」
ミランは口煩く佳乃に言いつけ、佳乃は佳乃で渋々と返事をする。
最初こそこのやり取りに不満を抱いたツェリだったが、今はツェリもミランを信用し不満を抱くことはない。
それはミラン自身が佳乃を認め、騎士団長であるルーカ・ベルナルドにもその他の騎士にも口添えをしている事を知っているからだ。
この世界には地球と違った生物、邪悪なるものが存在する。
そのため力なき者、つまりは女子供が狩りする習慣はなく、ソレらをおびき寄せてしまう解体作業をする事はまず無い。
男は外で危険な作業をこなし、女は安全な場所で子供を生活を守る。
それがこの世界での当たり前で、佳乃のような女は異質で異常で、異端でもあった。
けれどもそれが功を成し、ミランは佳乃を騎士の一人と認めざる得ない結果もなったのである。
異質で異常で、異端でも、仕事をこなせれば問題はない。
例えば佳乃が女でも、新入りの騎士より狩りが出来、捌ければ、飯炊き要員としても何ら問題がなかった。
女である事を問題視する者も多々いるが、自分より仕事ができるその存在に文句など言えない。ミランが文句を言わせない。
もし仮にミランではなく団長に不満を漏らしたのならば、その女より仕事をしてみろとその意見を蹴り飛ばされた。
騎士団の中で立場の低い者たちの不平不満は溜まる一方だが、仕事の負担が減ることを喜ぶ者もおり、佳乃の立ち位置は不安定ながらも確実なもののへと変わりつつある。
「おい、ヨシノ! まだまだ解体するんの残ってんだ! 仕事に戻れ!」
「ーー了解しました! ツェリさん、制服ありがとうございます」
ツェリはミランの背中を追う佳乃を見ながら、幼い聖女よりもよっぽど使える人間なのではと独りで思考する。
我儘で、自分本位で、誰かの背に隠れ、そして泣けば何とかなると思っている小さな少女。
呼んだこちら側が全面的に悪いのは認めるが、それでもやはり、佳乃のあの対応を見て仕舞えば聖女があまりにも幼すぎだと感じずにはいられない。
聖女と自覚しなくてもいい、何もせずこの世界にいてくれるだけでいい。
だからせめて巻き込まれた彼女の負担にはならないでほしいと、ツェリもまた我儘に自分本意に身勝手に、そう願わずにいられない。
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