望まぬ世界で生きるには

10期

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6 仕事

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 目の前にいる男は鋭い眼光で佳乃を見つめ、佳乃の胃はきらりと痛んだ。
 佳乃にはその男、ルーカ・ベルナルドの今の気持ちが嫌って言うほどよく分かったからだ。

 目の前にいる女は何をいっている。
 自分の立場を分かって物申しているのか。

 自分の仕事を軽く見られ憤り、そして佳乃を小馬鹿にした様な、そんな気持ちだろう。

 聖女のオマケに過ぎない利用価値のない佳乃が、いきなり仕事をさせてくれと頼み込んだところで彼からしたら厄介ごとを押し付けたと思われても仕方がない。
 それに先日佳乃が美琴を流せた噂は瞬く間に広がり、すれ違う人すれ違う人、それこそツェリ以外の人間から受ける視線は冷たく敵意が剥き出しでもあった。

 けれどもそれに屈することが、今の佳乃にはどうしても出来ない。

 それはもし仮に美琴に謝罪を入れてしまえば、これから先、佳乃が嫌がっても美琴とともに生きていかなきゃいけない未来が目に見えているからだ。
 それだけは避けたい佳乃は、目の前で嫌そうに面倒臭そうにこちらを見つめるルーカに深々と頭を下げた。

「皆さんのご迷惑にならない様にいたしますので、隅っこでもいいので働かせてください。銃も扱えますが、皆さんが嫌がる雑用でも構いません。 下っ端として働かせてください、どうぞよろしくお願いします」

 腰を九十度よりも深くおり、低姿勢な態度を見せる。
 ルーカの仕事を馬鹿にしているわけでも、簡単な仕事だと思っているわけではないと、佳乃は誠心誠意の態度で示した。
 そんな佳乃を隣で見ていたツェリもルーカに深々と頭を下げ、そしてよろしくお願いしますと口にする。
 ルーカはその様子に眉をひそめ、深くため息を零し、そして佳乃を見ることはなく頷いた。

「承知した。 おい、ミラン。彼女の面倒をみてやってくれ、任せた」
「へっ? オレがっすか!?」

 ルーカの言葉に佳乃は勢いよく顔を上げ、ありがとうございますと礼を言い再度頭を下げる。
 その行動を見ることなくルーカは背を向け下がり、ミランと呼ばれた青年は口元をピクピクとさせながらただ佳乃を見ていた。

 君に恨みはないが、面倒をかける。
 と、そんな気持ちで佳乃はミランに近寄り声を掛け、また頭を下げたのであった。

「ヨシノ様、こちらで仕事をなさるのでしたらお着替えを。 その格好ですと汚れてしまいます」
「そういえばそうかもしれないですね。 でも汚れてもいい服なんて都合良い服、ありますか?」
「勿論ございますとも。 イヴァノア様、少々お待ちしていただいてもよろしいでしょうか?」

 ツェリが言うイヴノアとは佳乃の教育係になったミランの事であり、そして彼もまた面倒くさそうな顔をしてツェリの言葉にうなづいた。
 それを確認したツェリは佳乃に深緑色をした制服一式を手渡し、佳乃は近くの部屋でそれに着替えたのである。

「ーーなんでピッタリ? まさか仕事したいって相談してた時点で用意してたのか?」

 あまりにも佳乃の体にフィットする征服はルーカやミランが着ていたものと制服と同じもの。
 それは佳乃専用に小さく仕立て直したと言っても過言ではない代物であった。

 もしかして自分が言う我儘も美琴と同じように叶えられているのならば申し訳ない事をしたと佳乃は罪悪感を抱き、今後は我儘を控えようと心に決めた。
 それと同時に、ここまでされた以上引き返せないと気を引き締めて、佳乃は頬を強く叩いたのだ。

「ミランさん? イヴノアさん? お待たせしました」
「あー、ミランでいいですよ。 それじゃあまず、貴女が何を出来るか教えていただけますか?」

 頭を掻きながら慣れない敬語を使うミランに口調を崩して構わないと佳乃は返し、己の出来る事を述べていく。
 私生活における炊事洗濯は出来たが、この世界の生活用品を知らない以上できるとは言い難い。
 しかしながら教えて貰えるのならば覚えるつもりである事と、簡単な銃の整備と自分の背丈ほどの獣の解体は出来る事を付け加えてミランに伝えた。

 ミランは佳乃に言葉にほんの少し眉を上げ、取り敢えずと少し離れた場所へと連れて行く。その微妙な反応に使えない奴だと思われたかと心配しながらも佳乃は後に続いた。

「解体が出来るのならばここにある兎を処理してもらってもいいか? 肉は食うし毛皮も使うから、出来るだけ丁寧に」
「兎、ですかーー。 やってみます」

 佳乃はやってみますと言ってみたものの、"兎"と呼ばれるそれには頭を悩ませた。

 茶色い毛並みと耳の長さはよく知っている兎そのものだが、大きさは四、五倍ほどあり、なりより額に大きな角が生えている。
 きっと進化の過程でこのような形を取ったのだろうと何となく理解はしたが、兎とは認識できずにいた。
 けれどもこれを解体しない事には仕事は回してもらえないのだろうと考えを振り切り、佳乃は解体へと取り掛かったのである。

 大きな兎の足にロープを縛り体を上から吊るし、フサフサな毛並みにそっとナイフを入れる。
 ありがたいことに血抜きはすんでおり、血が滴り落ちることはない。
 はじめに内臓物を傷つけにようにナイフを添わし中身だけを綺麗に除き、そして次に皮を剥ぐ作業に移る。
 佳乃が今まで狩った兎は服を脱がすように皮を剥ぐことが出来たが、今回は慎重に、ゆっくりとナイフで削ぐことにした。

 皮を剥ぎ終わると台へと兎を下ろして足と頭を外し、後は部位ごとに切り落とせば解体は終了だ。
 黙々とこなしていた事と、やはり佳乃が知っている兎とは似たところがあったお陰か解体は二時間かからない程度で済み、佳乃はホッと息をついて振り返った。
 すると其処には扉に背を預けるようにミランがおり、まじまじと佳乃を見つめていたのである。

「へ? ずっといらっしゃってたんですか?」

 大分時間がかかったと言うのに始終其処にいたとしたら、それだけで十分に気苦労しただろうと佳乃は苦笑いを見せ、ミランはその笑顔に驚いた表情を見せた。

「いや、まぁ、オレはアンタを任せられた訳、だし。 でもまぁ、中々いい手捌きだった」
「ありがとうございます。 見知った動物でしたので楽をさせていただきました」

 大きさは違いましたけどと言葉を続けると、ミランは更に目を見開かせ驚いた。
 佳乃はそんなミランの顔に失敗した訳ではないと安堵し、にへらと笑い返したのだ。

「ーーあのさ、アンタのいた所じゃ、女子供も普通に捌けるのか?」

 ふと、真面目な顔に塗って戻ったミランは佳乃にそう問いかけ、佳乃はそれは違うと首を振る。
 むしろ男でも出来ない人の方が多い世界で、自分は出来る方なだけだと自信を売り込んだ。
 それはもしこれで案でした職を得られるなら、解体しでも構わないと意を決したからである。害獣駆除をしていただけで決して解体が得意なわけではなかったが、それで"一人で"生活できるならそれでも良いと割り切った故の選択だったのだ。

「ミランさん、私、ここで働いていけるでしょうか?」
「ーー隊長には話しておくよ」
「はい、ありがとうございます」

 期待はしない。 けれども可能性は信じたい。佳乃はすがるような気持ちでミランに頭を下げ、そしてこの場所で仕事が出来ればと、そう祈っていた。


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