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しおりを挟む暗闇で数時間でもぐっすり安眠出来れば、体の不調も多少は良くなる。
しかしながらたった数時間という、半日にも満たない時間でもうるさいものはうるさいもので、佳乃が部屋を移したとツェリ知らされた美琴はこれまた騒いだらしい。
らしい、というのは全てツェリからの口頭で伝えられた事のみで、佳乃は実際に被害を受けていなかったとも言える。
けれども口頭とはいえ、自分の都合と気持ちだけを押し付ける美琴に、佳乃は正直腹が立っていた。
体調が悪い。という名目がある以上、そっとしておくのが優しさではないのかと思うも、継続して叩かれる扉と、病人のいる部屋の前で大声を出す美琴にはそんなものは無いのだと佳乃は理解したのである。
「佳乃さん! 大丈夫ですか? ご飯食べれます? 手、握ってましょうか?」
「あーうん、大丈夫だからホットイテー」
「でも! 私、佳乃さんが心配でっ」
心配ならば少しを距離を保て。
と、そんな事を思えば思うほどイライラは募って行く。
一人じゃ不安なのはわかるが、全て道連れ。自分がやりたくない、したくない事は誰かを巻き添えになんて通用するのは高校生までくらいだ。
美琴はその範囲に当てはまるが、だからと行って佳乃を頼りすぎたのだ。
佳乃はゆっくりとベッドから抜け出ると扉の前に立ち、そして積もりに積もった感情を吐き出した。
「えーとね、美琴ちゃん。 心配してくれてありがとう。 でもね、私は君より大人だけど、君の支えになる事は出来ないんだよ。 同じところから来て、一緒にいる方が安心するのは分かる。 でもね、私の負担も考えて。 君は一人の時間は要らないかもしれないけど、私にはいるの。 大変なのは美琴ちゃんだって事は分かるけど、巻き込まれた私だって頭の整理がしたいし、気持ちを落ち着かせたい。 お願いだから少しは一人に慣れて」
そうストレスで痛む頭を抱えてそう美琴に伝えればなぜだが美琴は息を呑み、そして小さな嗚咽を漏らす。
そんなつもりじゃ、私は、良かれと思って。
そんな美琴が一方的に押しつけた感情を佳乃が否定してみれば、美琴は美琴でそれが佳乃の為だと心の底から思ってした事だと戯言をつく。
けれども泣き出した美琴のせいで、佳乃はまた厄介ごとを引き入れてしまった。
「おい、それはないだろう。 美琴様はお前を心配してここまで来てくださったのに。 お前には感謝の気持ちはないのか!」
「あんた誰。 それにその子が本当に私を心配してるのなら態々病人の部屋の前で大声を出さないでしょ? その子がここに来るのは一人が嫌だから、あんたらが信用できないから。 私に文句言う前に信頼を勝ち取ってみろよクソ野郎」
「なっ! 美琴様、もうこいつの事は気にする必要ありません。 もう戻りましょう!」
佳乃の棘のある言葉に苛立った美琴の護衛は、泣き出した彼女の手を引きその場を去り、残ったのは部屋の内の佳乃だけ。
言いすぎたかもしれないとほんの少しの後悔はあるが、私は私の為にしただけだと佳乃は下唇を噛んだ。
このまま美琴とこの世界に住人の良い様に使われるのは癪に触る。
なら早めに自分の立場をどうにかしなければならない。
美琴、もとい聖女第一なこの城と世界なら、美琴を泣かせた佳乃の存在は悪に近い。
いくらあちら側が巻き込んだと理解していても、佳乃を排除しようと動かない保証はない。
佳乃は背中を扉に預けズルズルと床へしゃがみこみ、痛む頭を言い訳に瞳を閉じた。
窓からはいる午後の日差しは暖かいのに、佳乃の心は凍えてしまうほどに冷たい。
それは自身は巻き込まれだけなのにとこの世界を憎む気持ちと、それを理解しないで佳乃を頼る美琴へのどす黒い感情のせいである。
どう足掻いて悩んでも、結果は何時もそこに行き止まり。
どうしようと考えても、所詮佳乃はただの人間。
誰かを恨まずにはいられないのだ。
「ーー佳乃様、お食事をお持ちしました」
「ーーーーえ、はい? 今開けます」
扉を小さくノックされ、佳乃はかくんと頭を落とした。
先ほどまで明るかった室内はいつのまにオレンジ色の光に包まれており、どうやら寝てしまったようだと佳乃は痛む首筋を伸ばした。
ぼやける目を擦りながら扉を開けるとツェリが頭を下げてそこにいる。
その隣にはいつもよりも少なく、それでいて一人分にはちょうど良い量の料理が用意されていた。
ぼぅっと食事を見つめる佳乃をよそにツェリは淡々と室内へと料理を運び、そして用意し終わると一礼をして少し下がる。
佳乃は見慣れてしまった風景に苦笑いをしながら、静かに食事についた。
カチャカチャとなれないフォークとナイフを動かし肉を切り、そして口へと運ぶ。
そこそこの食事のマナーしか知らない佳乃の食べ方をツェリは注意しないし、ただしもしない。
それは佳乃がそこまでの人間だと言われているようで、その反応が少し辛くもあった。
実際に聖女である美琴はチョロチョロと誰かにしらに助言を受け、そして今それを直していたし、つまりはそれだけ二人に差があることを示していたのだ。
豪華で美味しい食事も、悩みの種があるとそこまで美味しくないものだと、佳乃は一人溜息をついた。
淡々と食事を続けぼぅっと視線を揺らし、時より聞こえる空を切る鋭い音に耳が入る。
その音は佳乃がこの部屋に移ってきた時よりほぼ毎日聞こえる音で、そして何より佳乃には聞き覚えのある音。 疑問と期待が入り混じった感情の中、佳乃はツェリに向けて言葉を投げた。
「ツェリさん、何時も思っていたのですがこの音はなんなんですか?」
「この音は銃撃訓練の音でございます。 城内に配備されている騎士のうち、銃を持つ者たちの狙撃訓練です」
「ーーつまりは銃を使うほどの危険がある、ということですか?」
少し怪訝そうに佳乃が顔を歪めると、ツェリはゆっくりと左右に首を振る。
そして主に使用するのは狩りだと答えを口にした。
「城を守る騎士たちは勿論、狩人や庶民も銃を片手に狩りをします。 精霊術の廃れた今の時代、剣よりも銃の方が効果的です。 それ故に騎士も当たり前のように銃の演習を行うのです」
「つまりは狩りのためだけの演習なんですか?」
「いいえ、それも違います。 騎士はもとより王を口を、民を守る者。 敵が現れれば銃で討ち取ります。 邪悪なる者を討伐する際にも用いられる手段です。 まぁ、ウィケットには銃はあまり聞きませんが」
「ーーほぅ」
精霊術、ウィケット。
その二つの単語は美琴とともに佳乃も説明を受けていたものだ。
精霊術とは精霊の力を使った術式で、簡単に言えば佳乃たちが夢物語と認識している魔法のような存在。
そして邪悪なる者は人に厄災をもたらす悪しき者の象徴であり、排除すべき生き物。
生き物といっても元より存在している動物にウィケットが取り付くことにより凶暴化し、村や人を襲うようになる。
聖女として呼ばれた美琴はそれらを鎮め、平穏に導く存在とされており、この城にいる限る、この世界で生きている限りは安全を保障されているのである。
佳乃は持っていたフォークをテーブルに置き、そして自分の両手をじっと見つめた。
この世界で佳乃にできることは極端に少ない。
人並み程度の炊事洗濯、掃除は出来てもツェリの様にメイドとして働くには不出来で、メイドの仕事をこなせる事ないだろう。
それに何よりメイドにでもなったらどんなに偉い人がそれを嫌がろうと、佳乃が彼女を嫌おうと、美琴の意見により彼女とセットにされてしまうのは目に見えている。
佳乃が美琴と行動するのを防ぐには、彼女ができなくて、尚且つ自分だけが出来るをするしかない。
佳乃は見つめた両手をぎゅっと握り、そして無表情のツェリへ言葉を投げかけたのである。
「ツェリさん、私に仕事をください。 私に仕事をさせてください!」
美琴と離れるために、この世界で生きていくために、この世界に飼い殺しにされない為に。
佳乃は選択を余儀されていたのだ。
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