4 / 11
4 独り
しおりを挟むただでさえ肩凝りの酷い佳乃の肩は既に限界を超えていた。
目玉を取り出したくなるような偏頭痛に吐き気、肩と背中と腰の痛み。
その原因は全く知らない世界に呼ばれた事と、そして佳乃にしがみついて離れないは柊美琴の所為である。
この世界に連れてこられて、否、佳乃の場合は巻き込まれて早一週間。
一度哀れんで美琴の簡単なお願いを聞いたその日から、佳乃の苦労は始まった。
日々呼び出される聖女こと美琴は一人行動するのを極限に嫌がり、その度に佳乃の背中に隠れては"佳乃が一緒なら"と自分の意見を通し続けた。
美琴からすれば、どこに行くにも友達と一緒が当たり前。という、佳乃には理解出来なくなった連れションに近い考えを持つお年頃で、学生生活ならでは当たり前の行為をしてるだけ。
たとえそれが見知らぬ他人の佳乃であれ、佳乃が行かないなら行かないと我儘を言い続け、王も神官もその他諸々も、聖女の我儘を聞かずにはいれなかったである。
故に望まれていない佳乃は何時も美琴に連れられてその場へ向い、意味のない話し合いを聞かされた。
そしてその場にいる者達の中には佳乃に冷たい視線を向ける者もおり、佳乃の精神は少しずつだが、確かに病んでいったのだ。
勿論佳乃も馬鹿正直にまだ幼い思考の美琴の為について行っているわけではない。
むしろ佳乃思考は既に真逆で、いい加減一人でなんとかしろ、が本音である。
昔から人付き合いが得意でない佳乃からすればどこに行くにも一緒、不安だからとこの世界の人間が信用できないからと風呂やトイレまでついて来てほしいという気持ちも、部屋までも同じがいい、話し相手になってなんていう美琴気持ちなんてさっぱり分からない。
いくら高校生とはいえ、年下とはいえ甘え過ぎだと口を大にして叫びたい状況でしかない。
そして今日もまた、美琴は佳乃と一緒じゃないと何処にも行かないと騒ぎを起こしたのである。
「絶対いや! 街へなんていかない! 何があるか分からないんでしょ!」
「何があっても私がお守りします! ですので安心してーー」
「嫌! 誘拐犯なんて信じられないしっ! 私は佳乃さんしか信じないしっ!」
全くもって、迷惑な発言である。
美琴を守ると宣言した青年はこの国の王子、ノア・フォーサイスその人で、彼は佳乃さえいなければ聖女を美琴に寄り添い、守る立場にいた存在だったのだ。
それ故にノアが佳乃へ向ける視線は厳しく、それのせいで佳乃のお腹はキリリと痛みを増した。
「えー、美琴ちゃん。 私、今日体調悪くて、ね。 今日はオウジサマと一緒に出かけて来なよ。 それに今日のお出かけはセイジョとしてのお披露目でもあるんでしょ。 行かなきゃヤバいと思うなぁ」
「なら私は佳乃さんの看病をする!」
「いやいやいや、もし病気だったら美琴ちゃんに移しちゃう悪いし。 メイドさんがいるから大丈夫だよ。 ね、そうでしょオウジサマ」
佳乃は空気を読めと内心思いつつ美琴に語りかけ、そして佳乃の言葉にノアは頷く。
「城のメイド達は医術の知識を持つ者も多い。 きっとメイド達に任せた方がヨシノさんの体調も良くなるだろう」
「ね、オウジサマもこう言ってるしさ。 あ、そうそう。 私はそろそろ街がどんな感じなのか知りたいんだ。 美琴ちゃんが先に見て来て教えてよ。 こんなこと美琴ちゃんにしか頼めないからーー」
気持ちのこもってないお願いを笑って佳乃が言えば、美琴は困ったように、それでも嬉しそうに顔を綻ばせようやく街へ行くことを了承する。
本当は街になんて関心などないが、嘘またまた使いようだ。
行ってきますと手を振る美琴に対してノアは小さく舌打ちをして睨み、そしてその場に残ったのはお世話係のメイドと佳乃だけ。
佳乃は顔なじみになりつつあるツェリに、別室を用意してくれないかと思って困り顔で頼み込んだ。
「別室、でしょうか? 此処ではご不満で?」
「此処は明る過ぎて目の奥が痛いんです。 ここよりずっと小さな、むしろ底辺の使用人が使用する規模の大きさの部屋で、あまり光の当たらない場所だと助かります。 それと、可能であれば今日から体調不良を理由にあの子から離してくれますか?」
「かしこまりました。 ですがよろしいのですか? 聖女様とご一緒の方がお気持ちが和らぐのではーー」
「ーー私も人間ですので、少し、一人の時間が欲しいのです。 それに狭い場所の方が落ち着きます」
佳乃は苦笑いをしてツェリから視線を外し、そして溜まりに溜まった溜息をつく。
美琴がいない時ではないと溜息一つ、満足につけやしないのだ。
どうしようもなく辛くても、休みたくても、美琴はそんな事御構い無しに佳乃に縋り付く。
大人だから、同郷だから。
そんな気持ちがあるかもしれないが、一方的に頼られては佳乃の身がもたない。
ツェリはそんな佳乃の気持ちを察知したのか、それとも聖女と離すいい機会と理解したのかすんなりと佳乃の要望に応えた一室を用意した。
部屋の大きさは今まで過ごしていた部屋の四分の一程だが、一人暮らしをしていたアパートよりも広い。
佳乃の脳裏にこの前ここで過ごす時間が長ければ家賃は滞納となるのだろうかとふとした疑問が浮き上がるが、今の状況じゃ気にしてもしょうがないと頭を振って打ち消した。
「この部屋、とてもいいですね。 私が使っても問題はのでしょうか?」
「はい。 むしろ普段はお客様がお使いになる事がない部屋でもありますので、ヨシノ様こそ、この様な無礼に当たる部屋でよろしいのでしょうか?」
「もちろん大歓迎です。 それにありがとうございます。 私は本当に体調が悪いので少し休ませて頂きますね」
佳乃は扉の外で頭を下げるツェリに頭を下げ、そしてきちんと一週間ぶりにベッドへと潜り込んだ。
いつものあの部屋ではベッドは美琴が寝るもので、いくら一緒でいいと美琴に言われても佳乃はそれを拒否しソファーで過ごした。
美琴がいいと行ったとしても、佳乃は他人と寝るのは嫌だったのだ。
ズキリズキリと痛む頭を布団でお追い込み、そして佳乃は暗闇の中で目を閉じる。
その暗闇は心地よく、程なくして佳乃は夢の中へと船を漕いだ。
他の誰もいない一室で、佳乃は独り夢を見る。
そして誰にも気づかれないか涙は流れ落ち、ちいさな染みを枕に作ったのである。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
処刑された令嬢、今世は聖女として幸せを掴みます!
ミズメ
恋愛
かつて侯爵令嬢マリエッタは、聖女を害したとして冤罪で処刑された。
その記憶を持ったまま、マリエッタは伯爵令嬢マリーとして生を受ける。
「このまま穏やかに暮らしたい」田舎の伯爵領で家族に囲まれのびのびと暮らしていたマリーだったが、ある日聖なる力が発現し、聖女として王の所に連れて行かれることに。玉座にいた冷徹な王は、かつてマリエッタを姉のように慕ってくれていた第二王子ヴィンセントだった。
「聖女として認めるが、必要以上の待遇はしない」
ヴィンセントと城の人々は、なぜか聖女を嫌っていて……?
●他サイトにも掲載しています。
●誤字脱字本当にすいません…!
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文
高見 梁川
エッセイ・ノンフィクション
管理人自身の恐怖体験や、ネット上や読書で知った大量殺人犯、謎の未解決事件や歴史ミステリーなどをまとめた忘備録。
個人的な記録用のブログが削除されてしまったので、データを転載します。

裏切られた私はあなたを捨てます。
たろ
恋愛
家族が亡くなり引き取られた家には優しい年上の兄様が二人いました。
いつもそばにいてくれた優しい兄様達。
わたしは上の兄様、アレックス兄様に恋をしました。
誰にも言わず心の中だけで想っていた恋心。
13歳の時に兄様は嬉しそうに言いました。
「レイン、俺、結婚が決まったよ」
「おめでとう」
わたしの恋心は簡単に砕けて失くなった。
幼い頃、助け出されて記憶をなくして迎えられた新しい家族との日々。
ずっとこの幸せが続くと思っていたのに。
でもそれは全て嘘で塗り固められたものだった。
余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
藤森フクロウ
ファンタジー
相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。
そこには土下座する幼女女神がいた。
『ごめんなさあああい!!!』
最初っからギャン泣きクライマックス。
社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。
真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……
そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~4巻が発売中!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
第8巻は12月16日に発売予定です! 今回は天狼祭編です!
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

【完結】妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜
五月ふう
恋愛
「アリス……!!君がロゼッタの食事に毒を入れたんだろ……?自分の『正妃』としての地位がそんなに大切なのか?!」
今日は正妃アリスの誕生日を祝うパーティ。園庭には正妃の誕生日を祝うため、大勢の貴族たちが集まっている。主役である正妃アリスは自ら料理を作り、皆にふるまっていた。
「私は……ロゼッタの食事に毒を入れていないわ。」
アリスは毅然とした表情を浮かべて、はっきりとした口調で答えた。
銀色の髪に、透き通った緑の瞳を持つアリス。22歳を迎えたアリスは、多くの国民に慕われている。
「でもロゼッタが倒れたのは……君が作った料理を食べた直後だ!アリス……君は嫉妬に狂って、ロゼッタを傷つけたんだ‼僕の最愛の人を‼」
「まだ……毒を盛られたと決まったわけじゃないでしょう?ロゼッタが単に貧血で倒れた可能性もあるし……。」
突如倒れたロゼッタは医務室に運ばれ、現在看護を受けている。
「いや違う!それまで愛らしく微笑んでいたロゼッタが、突然血を吐いて倒れたんだぞ‼君が食事に何かを仕込んだんだ‼」
「落ち着いて……レオ……。」
「ロゼッタだけでなく、僕たちの子供まで亡き者にするつもりだったのだな‼」
愛人ロゼッタがレオナルドの子供を妊娠したとわかったのは、つい一週間前のことだ。ロゼッタは下級貴族の娘であり、本来ならばレオナルドと結ばれる身分ではなかった。
だが、正妃アリスには子供がいない。ロゼッタの存在はスウェルド王家にとって、重要なものとなっていた。国王レオナルドは、アリスのことを信じようとしない。
正妃の地位を剥奪され、牢屋に入れられることを予期したアリスはーーーー。

【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる