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4 独り
しおりを挟むただでさえ肩凝りの酷い佳乃の肩は既に限界を超えていた。
目玉を取り出したくなるような偏頭痛に吐き気、肩と背中と腰の痛み。
その原因は全く知らない世界に呼ばれた事と、そして佳乃にしがみついて離れないは柊美琴の所為である。
この世界に連れてこられて、否、佳乃の場合は巻き込まれて早一週間。
一度哀れんで美琴の簡単なお願いを聞いたその日から、佳乃の苦労は始まった。
日々呼び出される聖女こと美琴は一人行動するのを極限に嫌がり、その度に佳乃の背中に隠れては"佳乃が一緒なら"と自分の意見を通し続けた。
美琴からすれば、どこに行くにも友達と一緒が当たり前。という、佳乃には理解出来なくなった連れションに近い考えを持つお年頃で、学生生活ならでは当たり前の行為をしてるだけ。
たとえそれが見知らぬ他人の佳乃であれ、佳乃が行かないなら行かないと我儘を言い続け、王も神官もその他諸々も、聖女の我儘を聞かずにはいれなかったである。
故に望まれていない佳乃は何時も美琴に連れられてその場へ向い、意味のない話し合いを聞かされた。
そしてその場にいる者達の中には佳乃に冷たい視線を向ける者もおり、佳乃の精神は少しずつだが、確かに病んでいったのだ。
勿論佳乃も馬鹿正直にまだ幼い思考の美琴の為について行っているわけではない。
むしろ佳乃思考は既に真逆で、いい加減一人でなんとかしろ、が本音である。
昔から人付き合いが得意でない佳乃からすればどこに行くにも一緒、不安だからとこの世界の人間が信用できないからと風呂やトイレまでついて来てほしいという気持ちも、部屋までも同じがいい、話し相手になってなんていう美琴気持ちなんてさっぱり分からない。
いくら高校生とはいえ、年下とはいえ甘え過ぎだと口を大にして叫びたい状況でしかない。
そして今日もまた、美琴は佳乃と一緒じゃないと何処にも行かないと騒ぎを起こしたのである。
「絶対いや! 街へなんていかない! 何があるか分からないんでしょ!」
「何があっても私がお守りします! ですので安心してーー」
「嫌! 誘拐犯なんて信じられないしっ! 私は佳乃さんしか信じないしっ!」
全くもって、迷惑な発言である。
美琴を守ると宣言した青年はこの国の王子、ノア・フォーサイスその人で、彼は佳乃さえいなければ聖女を美琴に寄り添い、守る立場にいた存在だったのだ。
それ故にノアが佳乃へ向ける視線は厳しく、それのせいで佳乃のお腹はキリリと痛みを増した。
「えー、美琴ちゃん。 私、今日体調悪くて、ね。 今日はオウジサマと一緒に出かけて来なよ。 それに今日のお出かけはセイジョとしてのお披露目でもあるんでしょ。 行かなきゃヤバいと思うなぁ」
「なら私は佳乃さんの看病をする!」
「いやいやいや、もし病気だったら美琴ちゃんに移しちゃう悪いし。 メイドさんがいるから大丈夫だよ。 ね、そうでしょオウジサマ」
佳乃は空気を読めと内心思いつつ美琴に語りかけ、そして佳乃の言葉にノアは頷く。
「城のメイド達は医術の知識を持つ者も多い。 きっとメイド達に任せた方がヨシノさんの体調も良くなるだろう」
「ね、オウジサマもこう言ってるしさ。 あ、そうそう。 私はそろそろ街がどんな感じなのか知りたいんだ。 美琴ちゃんが先に見て来て教えてよ。 こんなこと美琴ちゃんにしか頼めないからーー」
気持ちのこもってないお願いを笑って佳乃が言えば、美琴は困ったように、それでも嬉しそうに顔を綻ばせようやく街へ行くことを了承する。
本当は街になんて関心などないが、嘘またまた使いようだ。
行ってきますと手を振る美琴に対してノアは小さく舌打ちをして睨み、そしてその場に残ったのはお世話係のメイドと佳乃だけ。
佳乃は顔なじみになりつつあるツェリに、別室を用意してくれないかと思って困り顔で頼み込んだ。
「別室、でしょうか? 此処ではご不満で?」
「此処は明る過ぎて目の奥が痛いんです。 ここよりずっと小さな、むしろ底辺の使用人が使用する規模の大きさの部屋で、あまり光の当たらない場所だと助かります。 それと、可能であれば今日から体調不良を理由にあの子から離してくれますか?」
「かしこまりました。 ですがよろしいのですか? 聖女様とご一緒の方がお気持ちが和らぐのではーー」
「ーー私も人間ですので、少し、一人の時間が欲しいのです。 それに狭い場所の方が落ち着きます」
佳乃は苦笑いをしてツェリから視線を外し、そして溜まりに溜まった溜息をつく。
美琴がいない時ではないと溜息一つ、満足につけやしないのだ。
どうしようもなく辛くても、休みたくても、美琴はそんな事御構い無しに佳乃に縋り付く。
大人だから、同郷だから。
そんな気持ちがあるかもしれないが、一方的に頼られては佳乃の身がもたない。
ツェリはそんな佳乃の気持ちを察知したのか、それとも聖女と離すいい機会と理解したのかすんなりと佳乃の要望に応えた一室を用意した。
部屋の大きさは今まで過ごしていた部屋の四分の一程だが、一人暮らしをしていたアパートよりも広い。
佳乃の脳裏にこの前ここで過ごす時間が長ければ家賃は滞納となるのだろうかとふとした疑問が浮き上がるが、今の状況じゃ気にしてもしょうがないと頭を振って打ち消した。
「この部屋、とてもいいですね。 私が使っても問題はのでしょうか?」
「はい。 むしろ普段はお客様がお使いになる事がない部屋でもありますので、ヨシノ様こそ、この様な無礼に当たる部屋でよろしいのでしょうか?」
「もちろん大歓迎です。 それにありがとうございます。 私は本当に体調が悪いので少し休ませて頂きますね」
佳乃は扉の外で頭を下げるツェリに頭を下げ、そしてきちんと一週間ぶりにベッドへと潜り込んだ。
いつものあの部屋ではベッドは美琴が寝るもので、いくら一緒でいいと美琴に言われても佳乃はそれを拒否しソファーで過ごした。
美琴がいいと行ったとしても、佳乃は他人と寝るのは嫌だったのだ。
ズキリズキリと痛む頭を布団でお追い込み、そして佳乃は暗闇の中で目を閉じる。
その暗闇は心地よく、程なくして佳乃は夢の中へと船を漕いだ。
他の誰もいない一室で、佳乃は独り夢を見る。
そして誰にも気づかれないか涙は流れ落ち、ちいさな染みを枕に作ったのである。
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