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3 泣き虫聖女と偽善
しおりを挟む「やばい、首痛い」
首を左右に動かすとゴリゴリとおかしな音がする。
佳乃は固まった首の筋肉も伸ばしながら、迂闊にもソファーで眠ってしまった事を後悔した。
霞む目でぐるりと辺りを見渡せば絢爛豪華な装飾品の数々と、気持ちよさそうに寝ている美琴の姿が目に入る。
どうやらあの出来事は夢ではなかったようだと佳乃はため息をついて、そして凝り固まった筋肉をほぐすように背伸びをした。すると背中と肩からもバキリと音がなり、日頃の疲れを感じずには入れない。
付けっ放しになっていた腕時計を見ると、針はすでに七時を過ぎていた。本来ならば仕事へ向かう準備をしなければならない時間だが、どう足掻いても職場には行けそうにない。
佳乃がどうしようもない気持ちをため息として吐き出せば、緊張感のない腹が悲鳴をあげた。
そういえば夕ご飯すら食べていない。
現実逃避に忙しい佳乃の頭とお腹は、空腹を感じてしまえばもうそれしか考えられない。
グゥグゥとけたたましい音をあげる腹に手を当て、佳乃は自分の背丈の倍はあるだろう扉をゆっくりと開いた。
「おはようございます。 どうかなされましたか?」
「うぇっ! え、あ、その、お腹が減りまして、何が食べ物を頂けたらなと」
「かしこまりました」
誰もいないだろうと思っていた扉の先には、メイド服を着た女性が左右に立っていた。
現代社会で見るメイド服とは違い、クラシカルのロングスカート。髪を覆うメイドキャップとフリルの施された白いエプロンはとても洗礼させた雰囲気を醸し出している。
佳乃の言葉を受けたそのうちの一人は頭を下げると早々に踵を返し、朝食を取りに何処かへ向かう。残された佳乃とその他一名は言葉を交わすことはなく、居心地の悪さを感じた佳乃はすぐさま室内へと退避した。
「ーーまさか昨日からずっとあそこにいた?」
バタンとしまった扉を前に佳乃は独り言のように言葉をもらした。
もし仮に昨日からいたとすればそれ程聖女は大切にされる存在なのだろう。
佳乃は別として、同室にいる美琴を消して逃してはならないという信念を貫いてるようにも思える。
まったくもって彼女は面倒な事な巻き込まれているのだなと、未だにスヤスヤと美琴の寝顔を佳乃はただ眺めた。
それから程なくして、佳乃と美琴がいる部屋に数々の料理が運ばれてきた。
軽い食べ物をイメージして口に出したのだがどうやらそれはメイドには伝わらず、パンにスープにサラダ、その他オードブル各種、メインと思われる肉料理に魚料理、フルーツやデザート迄もが用意されている。
美琴が起きていたとしても食べきれないであろうその量にぽかんと口を開けていれば、ぐぅという音と共にか細い声がベッドから聞こえた。
美琴の夢うつつな瞳はキョロキョロと辺りを見渡し、そして佳乃の視線と目の前に用意された料理の数々を目にすると、ただでさえ大きな瞳は更に見開かれた。
「夢、じゃないーー」
おはよう、でもこんにちはでもなく、美琴から出た言葉は佳乃が目覚めた時の感情と同じ。しかしながら佳乃と違うのはその現実をすんなりと受け入れられることはなく、ポロポロと涙を流してしまうところだろう。
「あーえー、夢じゃなくて残念だよね。 私もそう。 取り敢えずお腹減ってない? ほら、腹が減っては戦はできないっていうし?」
佳乃はフォローにもならないか言葉を美琴に投げかけ、そして一番近くにあったサンドウィッチを差し出した。
美琴は涙を流しながらもそれを受け取りベッドの上でチビチビと食べ始め、佳乃はそれを真似するようにベッドに腰掛けサンドウィッチにかぶり付く。
ふわふわのパンもシャキシャキの野菜も塩気の効いたハムも、こんな場所とメイド達の視線がなかったら美味しかったに違いないと佳乃は思った。
その後も二人が食べたのは簡単なサンドウィッチ数個のみで、数々の料理は部屋の外へと消えていく。
食事を終えてもなお泣き続ける美琴は昨日と同じように佳乃の服を掴み、離そうとしなかった。
たった十、されど十違うだけで精神的なダメージはこんなにも違うものかと勘違いしそうものだが、これでも佳乃のメンタルは弱い。
ただそれを人へ向けて出すことをしないだけ。
一人になれば、一人になれれば、佳乃だって泣き叫んでしまいたい。
けれどそう出来ないのは年上のプライドと、どう見ても自分より幼くか弱い美琴への配慮なのだ。
「失礼いたします。 陛下が聖女様とお話がしたいとお待ちになれれています」
「ーーヤダ、行かない」
「聖女様、ご理解ください」
「嫌!」
プライド云々はさておき、このどう状態をどうしたらいいかと佳乃が思考をめぐさせていると、先ほどとは違ったメイドが部屋を訪れ 、"聖女様"へと声をかけた。
しかしながら美琴は泣き叫ぶようにメイドの言葉を拒絶し佳乃の背中に隠れ、そのせいで佳乃とメイドの瞳はカチリと合う。
その佳乃への友好心を感じられない無機質な視線に、佳乃は渋々と美琴に声をかけた。
「美琴ちゃん、嫌かも知れないけど話くらい聞いた方がいいんじゃないかな? ほら、美琴ちゃんも状況を把握した方がいいと思うし。 何よりこのまま何もしなかったら本当に帰れるか分からなくなるかも、だし」
ね、と子供を諭すように佳乃が美琴に問いかけると、美琴は小声で佳乃も一緒ならばと頷いた。
その返答に佳乃は良い気はしなかったが、知らぬ場所で一人きりになるのは不安なのだろうと仕方無しに頷いた。
そしてメイドの方へと泣いている美琴の手を引き、佳乃は王や貴族、神官達の待つ場所へと向かったのだ。
この時の佳乃は自分が帰るために出来るだけ美琴には協力してあげようとも思っていた。
しかしながらこの時のこの偽善心から出た判断が、己を苦しめることになるなんてこの時は思いもしなかったのである。
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