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4 田中とゾンビ
しおりを挟む百円ショップで拝借してきた双眼鏡を覗き込み、私は物陰に隠れながらあたりを見渡した。
あれから十日は経ち、たりを徘徊するのは人ならず者、形式上ゾンビとも呼べるものばかりになっている。たまに悲鳴も上がるが大体すぐ消えるので人はいないと思ってもいいだろう。
十日も経っていれば武器を持った自衛隊や警察官がなだれ込んでくる頃ではないかと考えていたが、多分それはない。
よくよく考えてみればドラマや映画のようにそう簡単に街を封鎖なんて出来やしないし、殲滅するための人でも武器も足りない。銃社会であった欧米ならともかく、平和を謳歌していたこの国では他人の為に戦う人間はそう多くはないはずだ。
可能であればラジオやテレビをつけて他の街や都道府県がどうなっているのか、このゾンビ化する症状が改善される手立てがあるのか等を知りたいところだがそれも難しくできやしない。
何故ならば電気機器をつけようものならば耳の良いゾンビが真っ先に迫ってくるから。
それを使っているのか同胞の私だと理解しても、次から次へと現れてしまえはいくら私でも恐怖でしかない。何十人にもなる血走った目をした赤い涎を垂れ流す、血まみれで中には腑が飛び出した人語を話さないゾンビに迫られて怖くない女子高生がいたら会ってみたいものである。
「んぁ、マタ走ッテる」
何故か理性の残っている私はその他大勢と違い多少言葉を発せられ、尚且つ人間染みた行動はできるがどうあがいてもゾンビ。ゾンビとしての性も勿論あるわけで、双眼鏡を除く時は体を一部を柱に繋いでいる。柱でなくても重く動かない物ならなんでも良く、まだまともな人を見かけた際に襲わない為の行為なのだ。
いくら思考があったとしても、人見てしまうと何故か襲えと脳が指令を出し、お腹が空く。食べたくないのに気づいたら食べてましたなんて本当に笑えない。故に指令を無視する為にこうして自分を拘束して行動を制限するようにしていた。それでもどうしても身体が言うこと聞かない時はカバンの中に大量に仕込んであるチューブニンニクを咥えて飢えを凌ぐ。何故かニンニクを食べると脳からくる指令がぴたりと止まり、一旦落ち着く事はできるのだ。もしかしたらニンニクにはゾンビ化を防ぐ成分があるのでは?と考えてはみたものの、そんな都合のいい話があるわけない。お馬鹿な女子高生にも分かる事実だ。
ニンニクの話はさておき、ゾンビについてここ二、三日で分かった事を整理しよう。どうやら同胞達には二つの典型的なパターンがあると私は発見した。
パターンその一、攻撃型。
その名の通り物音ひとつ立てれば走り寄ってくるゾンビの事だ。人間がゾンビ化する原因もおおよそこいつらであろう。勿論襲った人間を食らっていることもあるが、大体違うところで物音を立てれば速攻でそちらに向かう。面倒くさいのはコイツらは集団で襲ってくることが多いのだ。
一つの音が発せられた時、多数の方向からそこへ向かってくる。そのため出会ってしまえば逃げ場はない。誰かを犠牲に出したところで走って逃げれば追いかけられてもれなく同胞へご招待。そうなった人間の集まりはもう何組も見た。
そしてパターンそのニ。多分私はこちらのタイプだと思うのだが、兎に角鈍い。幼稚園児と手を繋いで歩くくらいの速度でしか歩けないのだ。一件攻撃型よりマシかと思っていたがそうでもなくこちらは捕食型で、一度噛み付いたらひたすらモグモグ一心不乱に食べ続ける。食われている人間は生きている事が多いしものすごく痛いのだろうが、キャーキャー喚かれて攻撃型も呼び寄せてしまいこれまたタチが悪い。助けてなんて叫ばれてしまえば見てる私も申し訳なく思ってしまうが、私も捕食型っぽいので食べたい彼らの気持ちもわかるのだ。使ってしまった以上諦めていただきたい。
そんな事を考えているとお腹がグゥと鳴り、遠くにいた攻撃してゾンビがギロリとこちらを見た後に走り寄ってくる。人間じゃなくて悪いなと近寄ってきたゾンビに会釈をすると、彼らはゾロゾロとまた街の中を徘徊始めた。本当に、彼らは私とゾンビをどのような基準で区別しているのだろうか、いまだにそこは謎のままである。
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