天使の愛人

野洲たか

文字の大きさ
上 下
9 / 10

9、はじめての詩

しおりを挟む

目の色が戻ったシーバルは、さっきのようにフラフラしなくなった。矢を受けたとは思えないしっかりとした歩みで、俺とニールさんを引き連れ、王宮への抜け道に案内する。

そして王宮の結界の綻びを3人でくぐった時、ニールさんは感嘆の声をあげた。


「まさかこんなところにあったとは。せっかく教えていただきましたがここは塞がせていただきます」

「ああ」


ニールさんはシーバルの返答にまた慌てだす。俺はこのシーバルの声色を聞いて理解した。シーバルは本当に、俺を屋敷に帰すつもりだ。だから父上に報告されて軟禁されようが、抜け道を塞がれようが、関係ないのだ。

俺はまだ彼の優しさや愛に報いていないのに。

俺の焦燥やニールさんの困惑をよそに、シーバルは宮殿とは別の方向に歩きだす。


「怪我の手当をしなければなりませんよ!」


方角的にあの滝と池に行くのだろう。そのまま消えて無くなってしまいそうなシーバルに、ニールさんは必死に呼びかける。


「穢れを落としてくる。着替えを持ってきてくれるか。そのあと宮殿で手当を頼む」


シーバルは俺の前以外ではこういう口調なのだろう。余裕がないのか、それとも諦めてしまったのか、隠そうともしなかった。

ニールさんは宮殿に着替えを取りに行くと、俺とともに歩きはじめた。


「ニールさんは袖付と聞きましたが、ニールさん以外に直接シーバルからの命令を受ける人はいるのですか?」


ニールさんは貴方までなぜ? といった顔で振り返る。確かに自分でも唐突すぎたと反省した。


「シーバルは俺を屋敷に帰そうと手配をするかと思うんです。それを手配する人はニールさん以外にいますか?」

「い、いえ! 袖付は袖の要で、武力を伴わない雑務の命令は私しか受けられない仕組みとなっております! し、しかしなぜ……リノ様が屋敷に帰るからシルヴァル皇は……」


ここで自暴自棄とも取れるシーバルの行動にニールさんも気づいたようだった。


「リ、リノ様……私は一介の袖付で、もし先程の無礼に気を悪くされたのであればどうか私の首をお刎ねください……シルヴァル皇は……」


首を刎ねるという言葉に、青と赤の記憶が呼び起こされたが首を振って払い除けた。


「もし着替えを渡す時にその手配を命令されたら、ニールさんの胸だけに留めていただけませんか?」


ニールさんは口から魂が抜けたような音を出して立ち止まってしまった。


「婚姻とか、そういったものはまだよくわからないのですが、彼の愛に報いたい。それには少し時間をいただきたいのです」

「は……はわわわ……!」

「勝手でしょうか……散々彼の気持ちを踏みにじってきたのに……」

「そ、そそ、そんなことございません! あんな一方的な拙い愛で、リノ様が振り向いてくれるなんて! 本人でさえも思っていません! シルヴァル皇の執念は本来あんなものじゃないんです! きっとリノ様が屋敷に帰られたら……帰られたら……ううっ……」


ニールさんは散々失礼なことを言いながら、妙なところで泣きだしてしまった。



2人はまるで密偵のようにひっそりと宮殿に帰り、治療の方法を教わった。そしてニールさんは着替えを持って大急ぎで宮殿を後にする。

シーバルはあの池で泣いているのだろうか。そして、いつものような無邪気な演技で帰ってくるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

買われた恋のやりなおし

茜カナコ
恋愛
 バーテンダー見習いの七海(ななみ)は、よっぱらった高田一樹(たかだ かずき)に、百万円で三か月間恋人になってほしいと言われた。  契約から始まる、不器用な恋愛物語。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...