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1、宇宙なのか深海なのか判らない。
しおりを挟む人気俳優の窪田拓斗(30)が自殺した。
クリスマスの夜、ニューヨークのブルックリン橋から飛び降りたのだ。
衝撃的な出来事だったから、二ヶ月くらいはテレビや新聞で騒がれた。海外のニュースでも取り上げられた。
彼の死は、人びとの記憶にしっかりと刻みこまれた。
そういう意味では、予言通り…サンデー湯河の願いは叶ったわけである。
予言通り…?
いや、もしかしたら、あれは呪いだったのかも知れない。
事件から一週間後、
「葬式に来てください」
と拓斗のチーフマネージャーから電話があった。
「それは、不適切だと思うわ」
とわたしは答えた。
「あいつが本当に愛していたのは、もえぎさんだけなんですから」
「わたしは存在しない女なのよ」
もちろん、彼から愛されていた。わたしも彼を愛していた。けれども、そのことは永久に公になってはいけない。
結局、葬儀の日取りを告げられると、わたしは幾分かセンチメンタルな気分になってしまい、ウィスキーを少しだけ飲み、途中になっていたツルゲーネフの『初恋』をきっちりと十ページだけ読んだ。それから、ふと思いついて、目白にあるホテル石榴荘に電話をかけ、ガーデンスイートを予約した。
毎週水曜日の日暮れから夜明けまで、その美しい部屋がわたしたちの世界だった…そこでだけ、会える約束だったのだ。充分すぎる報酬を貰っていたから、彼以外の客をとらなかった。その関係は八年と六ヶ月続き、わたしは7800万円を手にして、港区に2LDKの新築マンションとボルボのスポーツセダンを購入することが出来た。
葬儀の日、わたしはバーバリーの黒装束で有楽町線に乗った。拓斗と出逢ったころを思い出したくて、パブリック・トランスポートを利用してみたかった。
江戸川橋駅の1a出口から出ると、空は鉛のような色で大粒の冷たい雨が降っていた。このところ、天気予報はよく外れる。傘を持っていなかった。簡単にタクシーはつかまりそうだったが、わたしはゆっくりと歩くことにした。濡れたって構わない。ホテル石榴荘までは、十二、三分の距離だった。
予約してあった部屋にチェックインした。
明かりを点けると、時間が何年も巻き戻されたような感覚になった。見慣れたクイーンサイズのベッド、マホガニーのテーブルや椅子、薄いグリーンの絨毯とカーテン、宇宙なのか深海なのか判らない青褪めた抽象絵画…タンジェリンの芳香剤の匂い。
熱いシャワーを浴びたあと、バスローブを羽織って、コーヒーメイカーのスイッチを入れた。すると、フロントから電話がかかってきた。
「もえぎ様宛の封筒をお預かりしております」
と支配人の女性が言った。
不思議だった。
このホテルに来ることは、誰にも知られていなかった。しかも、本名さえ伝えていないのだ。
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