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、手をどうぞ
しおりを挟む満月だった。宝石を散りばめたかの様な星空だった。手を繋いだライトが囁く。
「月が綺麗だね」
僕は繋いだ手を前後に揺らした。
程なく〈女神の泉〉に着く。
其処は僕らの知ってる小さな池ではなく、かなり大きく波打ち際なるものまで存在していた。
「じゃあ、中まで行って」
簡単に言うパムに僕たちは、
「え、入るの?」
「濡れちゃうじゃん」
色めき立ったが、
「ヒモロギないんだから真ん中まで行くしかないだろ!!」
ちったい妖精の言う事は何も理解できなかったが、好きな人と両想いになれる赤いリボンなんて元から訳が分からないので、結局言われた通り水の中に入るしかない。
「冷たっ」
「やっぱり靴履いたまんま?」
「脱いだら余計冷たいっしょ」
「寒いよね」
高木さんも三笹さんも不満タラタラで僕らも同意見だったが我慢してズブズブと入る。
ちったい妖精は宙に浮いたままで僕たちを先導する。
「いいよね、空飛べるやつはよ」
眇の高木さんを他所にライトと僕は手を繋いだまんまヨイショと足を踏み入れる。
「泳いでかなくちゃいけないんじゃないの?」
「足立つ?」
不安をよそに不思議な事に膝から上に水が来る事はなく、それでも歩き難い泉の中をかなり時間掛けて僕らは進む。
「この深くならないの何か逆におかしい」
「全身水浸しにならないのは良いけど」
その不思議な現象に今更ながら少し怖くなって来て僕とライトは更に強くお互いの手を確かめる。
「なんか結婚式みたいだねぇ」
波打ち際の向こうで呑気に言う曽根さんが居る。
「俺たちは関係ないよね」
結婚式発言に関して三笹さんが言う。
「付き添いだな」
高木さんもふむふむ頷く。
僕たち多分紅くなってる。ずっと手を繋いでて今更だけれどすっごく紅くなってる。
「二人は此処残るんですかね」
三笹さんが少し後ろを振り返る。
「曽根さん気になんないのかな、思春期の子供とか」
見ると手を振ってくる。
「その気になれば簡単に戻れそうな気もしますしね」
「俺たち勝手に知らない内にこっち迷い込んだからね。皆んなはどうだったの」
「俺もいつもの地続きだったですね」
「何か門みたいのあった」
「門?」
「うん。張りぼての急拵えの。学園祭とかにあるじゃん」
「歓迎されてるね」
「『迷い込まされてる』感強くない?」
高木さんの意見に思う所はあるが今は三笹さんの好意の歓迎だと思っとこう。
「このまんま行くのかな? 俺たちはお別れだな。ま、お別れしないと望みは叶わなかったって事だから。すんなりとお別れしたいね」
「高木さんさ、その捻くれた物言い彼女にはやめた方がいいよ」
随分歳下のライトに言われて高木さんは少し固まる。何か思い出してるね。
「三笹さんの行きたい異世界と僕たちの行きたい異世界って一緒なんですかね?」
「さぁ、でもまた会いたいね」
「うん。向こうでね」
お互い会いたい人は違うけれど。
異世界というものがあって、そしてそこへ行けるのなら僕はリョウに逢いたい。勿論、ライトと一緒に、だよ。まだちゃんと恋人じゃないけれど。それも今後の課題だな。
もっと喋りたい事もあった気がするけれど……。
「トラヴィスに訊けば良いんじゃ」
お別れの時になって話したい事が増える。
「お前たちは此処で待ってろ」
ちったい妖精のパムが身を翻した。空にどんどん上昇していく。
真夏の夜の主人公みたいな月に向かって。
「大きなお月さま」
此処泉の中心なのかな?
遠くにいるのにトラヴィスの声が届いた。
「お前たちは色んなことを忘れるだろう」
僕たちは耳を澄ます。
「此処のこともお互いの事も、そして私の事も。覚えていることもあるが私の事は暫くは思い出さない」
御託宣の如くトラヴィスの言葉は続く。
「必要な事は必要な時にちゃんと目の前に現れる」
その言葉を反芻していると何かが僕の瞼に落ちて来た。まん丸の満月と星空とを見上げると、ちったい妖精はもう何処にもいなかった。代わりのように星の間を大きな月のその小さな子供のようにひらひらと落ちてくるものがあった。
ライトも気付いて小さく叫んだ。
「雪だ?!」
「道理で寒いわ」
高木さんの息が白い。
この真夏に雪が降っている。
〈女神の泉〉に入ってから寒いと思ったのは水に半身を浸けているからからだと思ってたけれど違ったようだ。雪の降る温度の空気になっていただけなのか。
雪はますます降り積もり勢いを増してくる。
隣にいる筈の三笹さんも高木さんももう見えない。
目も開けていられなくなって寒さもどんどん増して来てライトと僕はどちらからともなくしっかりと抱き合った。
瞼の裏にお月さまとお星さまを残して。
強く願った。
本当に欲しいもの。
したい事。
逢いたい人。
好きな人と一緒にしたい事。
頼るばっかじゃなくてお互い支い合えるように。
ちゃんと横に立っていられるように。
手を繋いだまま。抱き合ったまま。
ライトの冷たいけれど温かいほっぺ。
僕の体に回される腕、くっついた僕より幼い体を抱きしめる。
救けるように何かがぎゅうっと僕たちを結びつける。
そうしてお互いの体温を感じたまま僕たちはふわりと浮き上がった。
〈了〉
〈そして『星降る真夏の夜に、妖精の森で迷子になる。』に続く〉
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