27 / 27
餅配り
しおりを挟む
今日は近所に新年の餅を配りに来ていた。
まず向かうは、いつも世話になっている『ガマ仙人』の薬局だ。診療所で必要なものは『啼々夜草』のような特殊なものを除けば、たいていのものをこの『ガマ仙人』の薬局で購入しているのだ。
「あけましておめでとうございます!ガマおじさん」
店に入るなり、楓が元気よく挨拶した。が、今日はさすがに薬局は休みだ。店の扉は開いていたが、灯りはついていないし、店には誰もいない。そして返事もない。
「おっちゃんいないのか?」
ゴンがカウンターから店の奥を覗いた。俺たちの診療所と同じように、この薬局の奥は天界にある『ガマ仙人』の家につながっているのだ。
ゴンが声をかけてから少し間があって、突然、蛙がカウンターの下から、にゅっと姿を現した。
「うわ、びっくりしたぁ!」
ゴンは急に出てきた蛙に驚いて後ろにのけぞった。こいつは『ガマ仙人』の薬局で働いている『蛙』である。妖力が低いので人の姿にはなれないが、俺の腰くらいの身長で、二本足でペタペタと歩き、人の言葉を話す。
「…何しに来た」
『蛙』の抑揚のない声は、少し煩わしそうにも聞こえる。
「あけましておめでとう。今日は、餅を配りに来たんだ」
「…」
『蛙』は俺をじっと見つめるばかりで、返事はない。
「もし仙人が中にいるなら、呼んできてくれるかな?一応新年の挨拶をしたいから」
すると『蛙』は小さくうなずいて、奥に引っ込んでいった。
「あいつ、全然愛想ないよな…」
『蛙』が奥に引っ込んだのを確認してから、ゴンが言った。
「そうよねー。今まで私もけっこう頑張ったんだけど、中々心開いてくれないのよね」
「人見知りなんじゃないか?」
「ええー?そうかなあ。だって顔見知りになって、けっこう経つぞ?」
「たぶん蛙だから笑ったりとかできないんだよ。表情筋とか、なさそうじゃない?」
「もしくは、妖力が低すぎるのかもな。それで言葉数が少ないっていうなら、分かる」
三人でコソコソ話をしていると、さきほどの『蛙』が『ガマ仙人』を連れて戻って来た。
胡麻塩頭をぼりぼりかきながら出てきた『ガマ仙人』は、酒を飲んでいる最中だったようで、鼻が赤く染まっている。
「なんだ、また今年も餅配ってんのか。お前さんもよくやるねえ、この寒い中」
『ガマ仙人』はカウンターにもたれかかり、俺たちが持ってきた餅をつまんで、その表面を舐めるように眺めながら言った。
「また配ってるって…いつも『餅くれよ』って言いに来るのはどこの誰だよ?」
「そりゃあれだ、俺じゃなくて、こいつがお前んとこの餅が食いたいって言うんだよ。なあ?与三郎。こいつは珍しく、お前さんには懐いてんだ」
仙人はそういって『蛙』に微笑んだ。蛙は仙人の顔を見て、それから俺の顔をじっと見つめた。
俺はこの『蛙』に懐かれている…のだろうか…。
やはり表情のない『蛙』の顔から感情を読み取ることはできなかった。
実は仙人の所で働いている『蛙』は、何度か代替わりしている。
昔、仙人の家に上げてもらったときに、数枚の『蛙』の遺影が飾ってあるのを見たことがあった。どの『蛙』も正直同じ顔にしか見えなかったが、全部違う『蛙』だという。そしてあの有名な「鳥獣戯画」に描かれている『蛙』はご先祖様なのだそうだ。とにかく『ガマ仙人』というだけあって、この薬局で働くことができる妖は『蛙』だけらしい。
「けどあれだ、お前さんのところも賑やかになって良かったな。瑞穂お前、毎年独りで餅配ってたのによぉ」
そういって『仙人』はわざとらしく泣きまねをする。
「けどさ仙人。そのせいで俺たちは正月だってのに炬燵でのんびりも出来ないんだよ」
ゴンが悲劇の主人公よろしく言った。
「お前ついさっきまでずっと炬燵でゴロゴロしてただろ」
「そうよ、ゴンはずっと炬燵の中に引きこもって、家事も全然してくれないじゃない!」
「俺は寒いの苦手なんだよ。楓だって正月用の紅白饅頭ひとりで全部食べちまったくせに!」
正月から早々、また二人の喧嘩が始まってしまった。
「おうおう元気なこった。そらお前たち、おじさんがこれをやるから仲直りしな」
そう言って『ガマ仙人』はおもむろに懐に手を突っ込むと、なにやら小さな袋を取り出し二人に渡した。その袋の中に入っていたのは紫苑の花をあしらった飴細工で、その小さな薄紫色の花びらを光に透かすと、空気の泡がぽつぽつと閉じ込められているのが見えた。その泡は、まるで花の時が止まっていることを表しているようだった。
ゴンも楓もこの飴細工にはすっかり心を奪われてしまったらしく、言い争いのことなど吹っ飛んだ様子である。
「…おいらも、欲しい」
ずっと黙って話を聞いていた『蛙』が口を開いた。そんな『蛙』に『ガマ仙人』がなにか声をかけようとしたとき、「あんたいつまで油売ってんだ!」と店の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。そして大きな足音を立てながら、女が奥の通路から姿を現した。
「あら瑞穂先生、嬢ちゃんとゴン坊も。明けましておめでとう」
店の奥から出てきたこの女は『ガマ仙人』の妻で、このひともまた『仙人』だった。
「先生たちだって忙しいんだから、いつまでも話し込んでるんじゃないよ。それにあんた薬湯の仕込み終わったのかい⁉あれは四、五日かかるから、今日取りかかってくれって言っただろ」
「三が日は仕事はしねえ!正月くらい休ませろってんだ」
「何言ってんだ薬湯煮詰めるくらい仕事のうちに入るもんか。どうせ家で寝っ転がってるんだから、片手間にできるだろ」
「そういう問題じゃねえ。気が休まらねえって言ってんだよ!」
『ガマ仙人』と妻は、楓とゴンの喧嘩など比べものにならないほど激しい怒鳴り合いを始めた。俺たちはその迫力に圧倒され、そっと店からお暇した。
「ねえねえ、この瑞穂のおもちって食べたら何かご利益があるの?」
『ガマ仙人』の薬局を後にし、再び荷車を牽いて次のあやかしのところに向かっていた。
「まあ、食べたらちょっとは元気になるんじゃないか」
「そんな感じなの?めちゃくちゃ寿命が延びるとか、そういうご利益ないの?」
「お前は漫画の読みすぎだ。そんな都合のいいものはありません。ちょっと活力が出るかも。くらいだ」
「瑞穂、ここはもう『百歳若返ります!』とか言って売ったらいいんだよ。そう言われたら効果がある気がするもんなんだって」
「俺はそんな詐欺まがいのことはやらねーよ。お前らは神様に何をやらせようとしてんだ」
「そうだよね瑞穂って神様だったもんね」
「おい、そこは忘れるなよ。それになあ、この餅は売るんじゃなくて『稲の神様』として恵みを分け与えるという深―い意味があるんだよ。分かったか?分かったらゴン、お前も荷車を押せ。お前が乗るための荷車じゃない」
次に向かうのは『一つ眼女』のところだ。緩やかな坂を上った先に『一つ眼女』が住み着いている民家があった。この『一つ眼女』はゴンに診療所のバイト募集の件を伝えてくれたあやかしで、このあやかしのおかげで俺たちはゴンと出会い、そして『神堕ち』に食われずに済んだのだ。
「今年も餅を配りに来たんだ、受け取ってくれ」
民家の軒先で、物干し竿に干してある洗濯物のしわを伸ばしている最中の『一つ眼女』に声をかけた。『一つ眼女』は大きな眼を洗濯物に近づけて一つ一つのしわに集中していたが、俺が声をかけるとハッと顔を上げてこちらを振り返った。
「去年は君のおかげで命拾いしたよ。君がゴンにうちのこと教えてくれたおかげで、俺と楓は『神堕ち』に食われなくてすんだんだ。ありがとう」
「せんせ!あたしゃ、そんな感謝されるようなことはしてないよ。たまたまゴンちゃんがうちに居た時だったからね。食い扶持がないって言うから、せんせのところ紹介したまでさ」
「腹が減りすぎて動けなくなってるところを彼女が助けてくれたんだよ。それでちょっとの間、置いてもらってたってわけ」
ゴンが『一つ眼女』の家に居たなんていう話を聞くのは初めてだった。そういえば俺は、ゴンがうちに来るまでどこで何をしてきたのかということを全く知らない。楓についてだってそうだ。成り行きで二人ともうちに居るようになったが、よく考えてみるとこれまでどうやって生きてきたのか聞いたことはなかった。
「うちに来る前とはいえゴンが世話になったな。ありがとう」
「何言ってんの、いつもお世話になってるのはこっちだよ瑞穂せんせ。せんせのお陰でこの前のひどい目の腫れもすっかりひいたよ。それにゴンちゃんみたいな可愛らしいにゃんこならいつでも大歓迎さ」
そう言ってにっこり笑うと『一つ眼女』は洗濯物のしわ伸ばしの作業に戻った。そして、この民家の唯一の住人である腰の曲がった人間の婆さんが家の中から出てきたが、『一つ眼女』には気づかない。そんな婆さんが庭仕事をする傍らで、『一つ眼女』は黙々と洗濯物のしわを伸ばし続けるのだった。
「ねえ、なんか寒くない?」
楓も静かだなと思っていたら、隣で小刻みに震えだしていた。
「なんだお前またどこかで術をかけられてきたんじゃないだろうな」
「そんなんじゃないよ。なんか頭も痛い」
ゴンが楓の額に手を当てた。
「熱つ!おい瑞穂、こいつ熱あるぞ」
なんてこった。明日から診療所を開けるというのに。明日の仕事を想像すると俺も一緒に寝込んでしまいたくなった。
まず向かうは、いつも世話になっている『ガマ仙人』の薬局だ。診療所で必要なものは『啼々夜草』のような特殊なものを除けば、たいていのものをこの『ガマ仙人』の薬局で購入しているのだ。
「あけましておめでとうございます!ガマおじさん」
店に入るなり、楓が元気よく挨拶した。が、今日はさすがに薬局は休みだ。店の扉は開いていたが、灯りはついていないし、店には誰もいない。そして返事もない。
「おっちゃんいないのか?」
ゴンがカウンターから店の奥を覗いた。俺たちの診療所と同じように、この薬局の奥は天界にある『ガマ仙人』の家につながっているのだ。
ゴンが声をかけてから少し間があって、突然、蛙がカウンターの下から、にゅっと姿を現した。
「うわ、びっくりしたぁ!」
ゴンは急に出てきた蛙に驚いて後ろにのけぞった。こいつは『ガマ仙人』の薬局で働いている『蛙』である。妖力が低いので人の姿にはなれないが、俺の腰くらいの身長で、二本足でペタペタと歩き、人の言葉を話す。
「…何しに来た」
『蛙』の抑揚のない声は、少し煩わしそうにも聞こえる。
「あけましておめでとう。今日は、餅を配りに来たんだ」
「…」
『蛙』は俺をじっと見つめるばかりで、返事はない。
「もし仙人が中にいるなら、呼んできてくれるかな?一応新年の挨拶をしたいから」
すると『蛙』は小さくうなずいて、奥に引っ込んでいった。
「あいつ、全然愛想ないよな…」
『蛙』が奥に引っ込んだのを確認してから、ゴンが言った。
「そうよねー。今まで私もけっこう頑張ったんだけど、中々心開いてくれないのよね」
「人見知りなんじゃないか?」
「ええー?そうかなあ。だって顔見知りになって、けっこう経つぞ?」
「たぶん蛙だから笑ったりとかできないんだよ。表情筋とか、なさそうじゃない?」
「もしくは、妖力が低すぎるのかもな。それで言葉数が少ないっていうなら、分かる」
三人でコソコソ話をしていると、さきほどの『蛙』が『ガマ仙人』を連れて戻って来た。
胡麻塩頭をぼりぼりかきながら出てきた『ガマ仙人』は、酒を飲んでいる最中だったようで、鼻が赤く染まっている。
「なんだ、また今年も餅配ってんのか。お前さんもよくやるねえ、この寒い中」
『ガマ仙人』はカウンターにもたれかかり、俺たちが持ってきた餅をつまんで、その表面を舐めるように眺めながら言った。
「また配ってるって…いつも『餅くれよ』って言いに来るのはどこの誰だよ?」
「そりゃあれだ、俺じゃなくて、こいつがお前んとこの餅が食いたいって言うんだよ。なあ?与三郎。こいつは珍しく、お前さんには懐いてんだ」
仙人はそういって『蛙』に微笑んだ。蛙は仙人の顔を見て、それから俺の顔をじっと見つめた。
俺はこの『蛙』に懐かれている…のだろうか…。
やはり表情のない『蛙』の顔から感情を読み取ることはできなかった。
実は仙人の所で働いている『蛙』は、何度か代替わりしている。
昔、仙人の家に上げてもらったときに、数枚の『蛙』の遺影が飾ってあるのを見たことがあった。どの『蛙』も正直同じ顔にしか見えなかったが、全部違う『蛙』だという。そしてあの有名な「鳥獣戯画」に描かれている『蛙』はご先祖様なのだそうだ。とにかく『ガマ仙人』というだけあって、この薬局で働くことができる妖は『蛙』だけらしい。
「けどあれだ、お前さんのところも賑やかになって良かったな。瑞穂お前、毎年独りで餅配ってたのによぉ」
そういって『仙人』はわざとらしく泣きまねをする。
「けどさ仙人。そのせいで俺たちは正月だってのに炬燵でのんびりも出来ないんだよ」
ゴンが悲劇の主人公よろしく言った。
「お前ついさっきまでずっと炬燵でゴロゴロしてただろ」
「そうよ、ゴンはずっと炬燵の中に引きこもって、家事も全然してくれないじゃない!」
「俺は寒いの苦手なんだよ。楓だって正月用の紅白饅頭ひとりで全部食べちまったくせに!」
正月から早々、また二人の喧嘩が始まってしまった。
「おうおう元気なこった。そらお前たち、おじさんがこれをやるから仲直りしな」
そう言って『ガマ仙人』はおもむろに懐に手を突っ込むと、なにやら小さな袋を取り出し二人に渡した。その袋の中に入っていたのは紫苑の花をあしらった飴細工で、その小さな薄紫色の花びらを光に透かすと、空気の泡がぽつぽつと閉じ込められているのが見えた。その泡は、まるで花の時が止まっていることを表しているようだった。
ゴンも楓もこの飴細工にはすっかり心を奪われてしまったらしく、言い争いのことなど吹っ飛んだ様子である。
「…おいらも、欲しい」
ずっと黙って話を聞いていた『蛙』が口を開いた。そんな『蛙』に『ガマ仙人』がなにか声をかけようとしたとき、「あんたいつまで油売ってんだ!」と店の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。そして大きな足音を立てながら、女が奥の通路から姿を現した。
「あら瑞穂先生、嬢ちゃんとゴン坊も。明けましておめでとう」
店の奥から出てきたこの女は『ガマ仙人』の妻で、このひともまた『仙人』だった。
「先生たちだって忙しいんだから、いつまでも話し込んでるんじゃないよ。それにあんた薬湯の仕込み終わったのかい⁉あれは四、五日かかるから、今日取りかかってくれって言っただろ」
「三が日は仕事はしねえ!正月くらい休ませろってんだ」
「何言ってんだ薬湯煮詰めるくらい仕事のうちに入るもんか。どうせ家で寝っ転がってるんだから、片手間にできるだろ」
「そういう問題じゃねえ。気が休まらねえって言ってんだよ!」
『ガマ仙人』と妻は、楓とゴンの喧嘩など比べものにならないほど激しい怒鳴り合いを始めた。俺たちはその迫力に圧倒され、そっと店からお暇した。
「ねえねえ、この瑞穂のおもちって食べたら何かご利益があるの?」
『ガマ仙人』の薬局を後にし、再び荷車を牽いて次のあやかしのところに向かっていた。
「まあ、食べたらちょっとは元気になるんじゃないか」
「そんな感じなの?めちゃくちゃ寿命が延びるとか、そういうご利益ないの?」
「お前は漫画の読みすぎだ。そんな都合のいいものはありません。ちょっと活力が出るかも。くらいだ」
「瑞穂、ここはもう『百歳若返ります!』とか言って売ったらいいんだよ。そう言われたら効果がある気がするもんなんだって」
「俺はそんな詐欺まがいのことはやらねーよ。お前らは神様に何をやらせようとしてんだ」
「そうだよね瑞穂って神様だったもんね」
「おい、そこは忘れるなよ。それになあ、この餅は売るんじゃなくて『稲の神様』として恵みを分け与えるという深―い意味があるんだよ。分かったか?分かったらゴン、お前も荷車を押せ。お前が乗るための荷車じゃない」
次に向かうのは『一つ眼女』のところだ。緩やかな坂を上った先に『一つ眼女』が住み着いている民家があった。この『一つ眼女』はゴンに診療所のバイト募集の件を伝えてくれたあやかしで、このあやかしのおかげで俺たちはゴンと出会い、そして『神堕ち』に食われずに済んだのだ。
「今年も餅を配りに来たんだ、受け取ってくれ」
民家の軒先で、物干し竿に干してある洗濯物のしわを伸ばしている最中の『一つ眼女』に声をかけた。『一つ眼女』は大きな眼を洗濯物に近づけて一つ一つのしわに集中していたが、俺が声をかけるとハッと顔を上げてこちらを振り返った。
「去年は君のおかげで命拾いしたよ。君がゴンにうちのこと教えてくれたおかげで、俺と楓は『神堕ち』に食われなくてすんだんだ。ありがとう」
「せんせ!あたしゃ、そんな感謝されるようなことはしてないよ。たまたまゴンちゃんがうちに居た時だったからね。食い扶持がないって言うから、せんせのところ紹介したまでさ」
「腹が減りすぎて動けなくなってるところを彼女が助けてくれたんだよ。それでちょっとの間、置いてもらってたってわけ」
ゴンが『一つ眼女』の家に居たなんていう話を聞くのは初めてだった。そういえば俺は、ゴンがうちに来るまでどこで何をしてきたのかということを全く知らない。楓についてだってそうだ。成り行きで二人ともうちに居るようになったが、よく考えてみるとこれまでどうやって生きてきたのか聞いたことはなかった。
「うちに来る前とはいえゴンが世話になったな。ありがとう」
「何言ってんの、いつもお世話になってるのはこっちだよ瑞穂せんせ。せんせのお陰でこの前のひどい目の腫れもすっかりひいたよ。それにゴンちゃんみたいな可愛らしいにゃんこならいつでも大歓迎さ」
そう言ってにっこり笑うと『一つ眼女』は洗濯物のしわ伸ばしの作業に戻った。そして、この民家の唯一の住人である腰の曲がった人間の婆さんが家の中から出てきたが、『一つ眼女』には気づかない。そんな婆さんが庭仕事をする傍らで、『一つ眼女』は黙々と洗濯物のしわを伸ばし続けるのだった。
「ねえ、なんか寒くない?」
楓も静かだなと思っていたら、隣で小刻みに震えだしていた。
「なんだお前またどこかで術をかけられてきたんじゃないだろうな」
「そんなんじゃないよ。なんか頭も痛い」
ゴンが楓の額に手を当てた。
「熱つ!おい瑞穂、こいつ熱あるぞ」
なんてこった。明日から診療所を開けるというのに。明日の仕事を想像すると俺も一緒に寝込んでしまいたくなった。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
神の妖診療所
あきゅう
キャラ文芸
神として駆け出しの瑞穂は、人間からの人気がなく、まだ自分の神社を持っていなかった。そんな彼は、神々がおわす天界には住めず、人間や低級妖の住む下界で貧乏暮らしをしながら、「妖の診療所」を開いてなんとか食いつないでいた。
しかし、その経営も厳しく今や診療所は破綻寸前。
そんな時、瑞穂はある人間の娘と出会う。彼女とは、どこかで会ったことがある気がするのに瑞穂はどうしても思い出せない。楓と名乗ったその娘は、診療所で働きたいと言い出し、さらに彼女が拾ってきた猫又の美少年も加わり、診療所は賑やかになる。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く
あきゅう
キャラ文芸
両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。
そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。
大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。
そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる