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妖狐の祭典(中編)
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広い境内には仮設の闘技場が設営されていて、中央の舞台を囲むようにずらりと椅子が並べられていた。闘技場の辺りはまだ『狐火』が少なく、露店が立ち並んでいた参道と比べると薄暗かった。
受付の狐に入場券を見せ、俺たちは後ろの方の席に座った。
本当は前列の方が盛り上がるのだが、文字通り火の粉を浴びる可能性が高いのであえて後ろの席を取ったのだ。
席についてしばらくすると、続々と観客たちが集まり出し、そして、会場がちょうど満席になったころ、揚戸与が闘技場の舞台の上に姿を現した。
「皆様、お待たせしました。今年の『魂祭り』、只今より始めさせていただきます」
揚戸与は今回の祭りの進行役だったらしい。揚戸与のあいさつと同時に、会場にいた『妖狐』たちが「こーん!こーん!」と叫びだした。
そして俺たちが座っている椅子の外側を囲むようにずらりと並んだ松明が一斉に点き、どこからともなく『狐火』が集まってきて闘技場を明るく照らした。その灯りに照らし出され、客席の外にも立ち見客がたくさんいるのが見えた。
「今宵は年に一度の狐の祭典でございます。狐様の面々も、そうでない方々も、どうぞ最後まで楽しんで行ってくださいな」
そう言うと、揚戸与はポンっと音を立てて舞台から消えた。それを見て「わあ!」と楓が声を上げた。
シャン、シャン
鈴の音とともに、最初の闘壇者である二人の狐が舞台に現れた。いよいよ狐の妖術対決が始まったのだ。狐たちは、北と南に分かれて一対一の妖術勝負を行う。勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、降参するまで続けられる。
そしてこの『魂祭り』では、もし闘技中に相手を殺してしまったとしても構わない。闘壇する者はそそういったことも了承済で、お互い死を覚悟で舞台に立つのだ。
第一回戦、先攻は北の狐だった。北の狐は何かぶつぶつと唱えたと思ったら、あっという間に龍の姿に『変化《へんげ》』して空に浮かんだ。
「さあ!一回戦!北狐はなんと『龍』に『変化』!これに南はどう出るか⁉」
今度は後攻の南の狐の番。南の狐は木の葉を一枚取り出し何か唱えると、大きな虎の姿に『変化』した。
「虎じゃ絶対に勝てないじゃん!」
楓はすでに鼻息が荒くなっていた。
「そうでもないさ。いくら姿だけ変化しても、力が足りないと龍の術なんて使えない。ほらみろ、龍の方は浮いているのでやっとだ」
ゴンの言う通り、龍に変化した北の狐は変化したあと、妖術を使うのに難儀しているようだった。
炎を出そうとしては途中でしぼんでしまったり、水の玉が出て来たかと思えば御《ぎょ》しきれずにどこかへ飛んで行ってしまうという有様だ。一方、虎の方は口から火を噴いて龍に着実にダメージを与えている。
「これは勝負あったな」
結局その後、龍に変化した狐は最後までまともな術を使うことなく降参した。
「狐ってやっぱり木の葉がないと変化できないの?」
楓はまだ先ほどの闘いの興奮冷めやらぬ様子でゴンに聞いた。
「そんなことないよ。さっき北の狐も木の葉使ってなかっただろ?まあ本来、木の葉を使った方が楽なんだけどさ。たぶん、さっきの狐は木の葉なしで変化できるところを見せたかったんじゃないかな。大した差じゃないんだけどね。こだわりってやつなんだろう」
少しの休憩時間をはさんで、第二回戦が始まった。今度も人の姿をした狐が舞台に現れ、対決開始の鐘が鳴った。
今回北に現れた狐も先ほどの狐たちと同様『変化《へんげ》』の術を使ったようなのだがどうも様子がおかしい。一旦、獣姿の狐なったかと思えば、しっぽだけが蛇になって、まるで鵺のような恰好になってしまった。
「おおっと北の狐どうした⁉いったい何に『変化』したいのか分かりません!」
どうやら北の狐は蛇の姿になるつもりだったようだが、その後も何度も蛇に『変化』しようと試みるものの何度やっても上手くいかない。
その隙に南の狐は大型の猿に『変化』し攻撃に転じた。中途半端な姿のままもがいている北の狐を、ここぞとばかりに一方的に殴りつける。
「南の狐、これはまた大きな猿に『変化』しました‼これは南狐、優勢!北狐に反撃の隙を与えません!」
猿が拳を振り上げる度、辺りには北狐の血が飛び散っていた。
「もう見てられないよ」
楓は両手で顔を覆った。確かに、いくら死を覚悟した闘いだとしても、あまり観ていて気分のいいものではなかった。
「これはもう妖術対決でもなんでもないな」
ゴンも気分を害しているようだった。
だがそんな俺たちの気分とは裏腹に、会場はとても盛り上がっていた。前列にいるものなどは興奮して立ち上がっているものもいる。
神様や妖というのは、そもそも血を観るのが好きなものも多く、そういった意味でもこの『魂祭《こんまつ》り』は異常なほどの人気を博していた。
ここには普段は天界で清廉潔白を謳い、人々から信仰を集める神々もお忍びでやってくる。名だたる神が『お隠し』という、他者からは顔が見えないようにする術を施した紙を顔に貼り付けてでも参加したくなるほど、この『魂祭り』は神にとっても魅力的なものだった。
北の狐はこのまま猿に『変化』した南の狐になぶり殺しにされるのかと思われた。しかし、南の狐の体力も少しずつ落ちてきて攻撃の手が少しゆるんできた。
そのわずかな隙に、北の狐が猿の足に嚙みついた。大した反撃には見えなかったが、猿は噛まれたあと、だんだん足取りが頼りなくなり、そしてついには立っていることも出来ず、どしんっと大きな音を立てて舞台の上に倒れた。
「なっ何が起きたんでしょうか⁉んん?あっ、なんとこれは、北狐の牙が毒牙に『変化』していたようです!」
北の狐は猿に殴られながらも、自分の牙だけを毒蛇の牙に『変化』させていたのだ。そして南の狐はその牙の毒によって、そのまま戦闘不能となった。
そのどんでん返しに、会場はわぁっと沸いた。
「え、どうなったの?どうなったの?」
楓はずっと顔を隠していたので何が起こったのかよく分からなかったようだ。
そして血で汚れた舞台の清掃が終わると、また揚戸与が舞台に現れた。
受付の狐に入場券を見せ、俺たちは後ろの方の席に座った。
本当は前列の方が盛り上がるのだが、文字通り火の粉を浴びる可能性が高いのであえて後ろの席を取ったのだ。
席についてしばらくすると、続々と観客たちが集まり出し、そして、会場がちょうど満席になったころ、揚戸与が闘技場の舞台の上に姿を現した。
「皆様、お待たせしました。今年の『魂祭り』、只今より始めさせていただきます」
揚戸与は今回の祭りの進行役だったらしい。揚戸与のあいさつと同時に、会場にいた『妖狐』たちが「こーん!こーん!」と叫びだした。
そして俺たちが座っている椅子の外側を囲むようにずらりと並んだ松明が一斉に点き、どこからともなく『狐火』が集まってきて闘技場を明るく照らした。その灯りに照らし出され、客席の外にも立ち見客がたくさんいるのが見えた。
「今宵は年に一度の狐の祭典でございます。狐様の面々も、そうでない方々も、どうぞ最後まで楽しんで行ってくださいな」
そう言うと、揚戸与はポンっと音を立てて舞台から消えた。それを見て「わあ!」と楓が声を上げた。
シャン、シャン
鈴の音とともに、最初の闘壇者である二人の狐が舞台に現れた。いよいよ狐の妖術対決が始まったのだ。狐たちは、北と南に分かれて一対一の妖術勝負を行う。勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、降参するまで続けられる。
そしてこの『魂祭り』では、もし闘技中に相手を殺してしまったとしても構わない。闘壇する者はそそういったことも了承済で、お互い死を覚悟で舞台に立つのだ。
第一回戦、先攻は北の狐だった。北の狐は何かぶつぶつと唱えたと思ったら、あっという間に龍の姿に『変化《へんげ》』して空に浮かんだ。
「さあ!一回戦!北狐はなんと『龍』に『変化』!これに南はどう出るか⁉」
今度は後攻の南の狐の番。南の狐は木の葉を一枚取り出し何か唱えると、大きな虎の姿に『変化』した。
「虎じゃ絶対に勝てないじゃん!」
楓はすでに鼻息が荒くなっていた。
「そうでもないさ。いくら姿だけ変化しても、力が足りないと龍の術なんて使えない。ほらみろ、龍の方は浮いているのでやっとだ」
ゴンの言う通り、龍に変化した北の狐は変化したあと、妖術を使うのに難儀しているようだった。
炎を出そうとしては途中でしぼんでしまったり、水の玉が出て来たかと思えば御《ぎょ》しきれずにどこかへ飛んで行ってしまうという有様だ。一方、虎の方は口から火を噴いて龍に着実にダメージを与えている。
「これは勝負あったな」
結局その後、龍に変化した狐は最後までまともな術を使うことなく降参した。
「狐ってやっぱり木の葉がないと変化できないの?」
楓はまだ先ほどの闘いの興奮冷めやらぬ様子でゴンに聞いた。
「そんなことないよ。さっき北の狐も木の葉使ってなかっただろ?まあ本来、木の葉を使った方が楽なんだけどさ。たぶん、さっきの狐は木の葉なしで変化できるところを見せたかったんじゃないかな。大した差じゃないんだけどね。こだわりってやつなんだろう」
少しの休憩時間をはさんで、第二回戦が始まった。今度も人の姿をした狐が舞台に現れ、対決開始の鐘が鳴った。
今回北に現れた狐も先ほどの狐たちと同様『変化《へんげ》』の術を使ったようなのだがどうも様子がおかしい。一旦、獣姿の狐なったかと思えば、しっぽだけが蛇になって、まるで鵺のような恰好になってしまった。
「おおっと北の狐どうした⁉いったい何に『変化』したいのか分かりません!」
どうやら北の狐は蛇の姿になるつもりだったようだが、その後も何度も蛇に『変化』しようと試みるものの何度やっても上手くいかない。
その隙に南の狐は大型の猿に『変化』し攻撃に転じた。中途半端な姿のままもがいている北の狐を、ここぞとばかりに一方的に殴りつける。
「南の狐、これはまた大きな猿に『変化』しました‼これは南狐、優勢!北狐に反撃の隙を与えません!」
猿が拳を振り上げる度、辺りには北狐の血が飛び散っていた。
「もう見てられないよ」
楓は両手で顔を覆った。確かに、いくら死を覚悟した闘いだとしても、あまり観ていて気分のいいものではなかった。
「これはもう妖術対決でもなんでもないな」
ゴンも気分を害しているようだった。
だがそんな俺たちの気分とは裏腹に、会場はとても盛り上がっていた。前列にいるものなどは興奮して立ち上がっているものもいる。
神様や妖というのは、そもそも血を観るのが好きなものも多く、そういった意味でもこの『魂祭《こんまつ》り』は異常なほどの人気を博していた。
ここには普段は天界で清廉潔白を謳い、人々から信仰を集める神々もお忍びでやってくる。名だたる神が『お隠し』という、他者からは顔が見えないようにする術を施した紙を顔に貼り付けてでも参加したくなるほど、この『魂祭り』は神にとっても魅力的なものだった。
北の狐はこのまま猿に『変化』した南の狐になぶり殺しにされるのかと思われた。しかし、南の狐の体力も少しずつ落ちてきて攻撃の手が少しゆるんできた。
そのわずかな隙に、北の狐が猿の足に嚙みついた。大した反撃には見えなかったが、猿は噛まれたあと、だんだん足取りが頼りなくなり、そしてついには立っていることも出来ず、どしんっと大きな音を立てて舞台の上に倒れた。
「なっ何が起きたんでしょうか⁉んん?あっ、なんとこれは、北狐の牙が毒牙に『変化』していたようです!」
北の狐は猿に殴られながらも、自分の牙だけを毒蛇の牙に『変化』させていたのだ。そして南の狐はその牙の毒によって、そのまま戦闘不能となった。
そのどんでん返しに、会場はわぁっと沸いた。
「え、どうなったの?どうなったの?」
楓はずっと顔を隠していたので何が起こったのかよく分からなかったようだ。
そして血で汚れた舞台の清掃が終わると、また揚戸与が舞台に現れた。
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