「神様はつらいよ」〜稲の神様に転生したら、世の中パン派ばかりでした。もう妖を癒すことにします〜

あきゅう

文字の大きさ
上 下
16 / 27

妖は街でひっそり店を営む(後編)

しおりを挟む
 店の前で二人と一緒に待っていたのは、『妖狐』の揚戸与《あげとよ》だった。揚戸与《あげとよ》は白い髪を無造作に肩まで伸ばした大柄な男で、常に獣の耳としっぽが出た半妖の姿をしている。


「来た来た!瑞穂くん。久しぶりやなぁ。さっき、たまたまこの二人に会うて、瑞穂くんの知り合いやゆうから一緒に待ってたんや!」


 この揚戸与《あげとよ》は、『野狐《やこ》』という『妖狐』の中では一番位の低い妖《あやかし》でありながら、天界でも名の通った狐で、妻の蘭という狐とともに俺とは顔なじみだった。


「そこの通りで、楓が『絵踏《えふ》み男』に絡まれてるときに助けてくれたんだよ」


『絵踏《えふ》み男』とは、往来の絶妙に邪魔なところに絵を広げ、誤って踏んでしまった人間やあやかしに弁償しろと言って金をせびろうとする、はた迷惑なあやかしだ。どうやら楓はそのあやかしにつかまったらしい。


「チンピラみたいなあやかしに絡まれてるときに、このひとが助けてくれたの」


 楓はまた泣きべそをかかされたのだろう。目が赤く腫れていた。


「そうかそれは世話かけたな揚戸与《あげとよ》。楓、街はいろんなやつがいるから注意しろって言っただろ」

「まあそう言うたらんとって瑞穂くん。この子に罪はあらへん。『絵踏み男』なんて気を付けてても引っかかるときは引っかかるもんや。ほんでな、瑞穂くん。こうして君を待ってたんは久しぶりに会いたかったからもあるんやけど、来月開催する『魂祭《こんまつ》り』に誘いたかったんや。今年はうちの蘭が主催陣に入るさかい瑞穂くんも来てやってくれへんか」

「そうか『魂祭《こんまつ》り』か。まあ考えとくよ」

「とりあえず入場券だけ渡しとくわ。この二人も連れてき」


 そういって揚戸与は『魂祭り』の入場券を三枚渡してくれた。そして、ひらひらと手を振ると、ゆったりと着こなしている長着の裾をはためかせながら、音もなく雑踏に消えていった。

 その背中を見送った後、楓がゴンに聞く。


「こんまつりって何?」

「『魂祭り』ってのは、狐たちが己の魂をかけて戦う祭りだよ」

「魂をかけてってことは、殺し合いをするの?」

「相手を戦闘不能にしたら勝ちだけど、時々死ぬやつもいるな」

「恐っ。何なの、そのお祭り」

「狐は、自分の妖術をひとに見せるのが好きな奴が多いんだよ。だから、こういうお祭りで思う存分、妖術を披露しあうんだ。まぁでも、そんなことするのは『妖狐』の中でも『野狐』だけだけどな」

「ゴンも、そういうの出たい?」

「俺は嫌《や》だよ。痛いのは御免だ」


 家に帰るとすぐ、俺は夕飯の支度に取り掛かった。鍋にする予定だったので、俺は具材の準備に取りかかり、ゴンには鍋の火を頼んだ。そして楓は、先に風呂に入らせた。なぜならこいつはどうやら、買い出し中にたらふく買い食いをしていたらしく、まだ腹が減っていないと言い出したのだ。

 俺は買い込んだ野菜を綺麗に洗い、食べやすい大きさに切りそろえた。そして、そろそろゴンに着火してもらおうと声をかけたとき、楓が風呂場からひどく取り乱した様子でドタバタと足音を鳴らして走ってきた。


「ちょっとおおおお!お風呂に『河童』が居たんだけど!!」


 俺もゴンも楓のあまりに大きな声に一瞬びくっとした。


「なんだよもう。びっくりしたなあ。『河童』はお前だろ」

「何言ってるの⁉私じゃなくて、お風呂のお湯の中に居たのよ!『河童』が。水面に映ったのが見えて…」楓は身振り手振りで必死に訴えていた。

「楓ちょっと来い」


 俺は取り乱す楓の腕をつかんで縁側に引きずり出した。


「ちょっと何⁉」

「お前は今、『河童』なんだ。最初にここに来たとき、妖怪に見える術をかけるって言っただろ」

「はぁいいい⁉何で『河童』なのよ!」

「別になんでも良いだろ。それに変に高等なあやかしにしてもお前、妖術なんて使えないんだから、『河童』くらいがちょうどいいんだよ」

「そんなあ。『河童』って…緑色の、こんなのって」

「安心しろ。見た目は人の姿にしかみえないから。それだけでもありがたいと思えよ。ふつう『河童』は人の姿になるやつあんまりいないんだからな。けど、水面や影には河童の姿が映るもんなんだ。それは仕方ない。これが怪しまれない、ギリギリのラインだ」


 俺たちが縁側でこそこそと話をしていると、不審に思ったゴンが障子を開けて顔をのぞかせた。


「あんたら、そんなとこで何コソコソ話してんの?」

「な、なんでもないよ?」


 楓が取り繕おうとしたが、ゴンは怪訝そうな顔のままだ。
 いや、これはいい機会だ。この際、ゴンには楓が人間だということを伝えておいた方がいいかもしれない。どのみち、一緒に暮らしていたら、バレる可能性のほうが高いのだ。変に知られてしまうくらいなら、潔く伝えておく方がいい。ゴンなら楓が人間だと分かっても、きっと受け入れてくれるだろう…。


「あのな、ゴン。今まで黙ってたんだが、こいつ、楓は、実は人間なんだ。訳あってここで働くために、妖に見える術をかけていたんだ。今まで隠しててすまん…」

「うん知ってるよ」

「え?」

「だから、楓は人間なんだろ?前から知ってるって」

「おまえ…俺の術を見破ってたのか?」

「見破るもなにも、あんたらいつも家の中で、でかい声出して話してるじゃんか。『お前は人間なんだから~』とか『私人間なのに~』とかさ?」


 確かに…そんなことを言っていた気も、しないでもない。


「隠してたってのが、びっくりだ」


 そう言ってゴンは平然と炬燵に戻り、鍋に着火した。
 俺と楓は何も言えず、お互いひきつった笑顔でその場をごまかした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ー河童奇譚ーカッパになった私は神々と…

あきゅう
キャラ文芸
宮村葵。今日も会社への道のりを爆走中。途中、出会った猫に導かれ、とある神社に行くと、なぜか葵は河童になってしまっていた…。 その神社で出会った不思議な神様。つい見惚れてしまうしまうほど美しいのに、性格は高慢でイジワルな、いけ好かない神様だった! 河童になった葵はいったいこれからどうなってしまうのか!この神様はいったい葵を…!?

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く

あきゅう
キャラ文芸
 両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。  そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。  大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。  そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あやかし薬膳カフェ「おおかみ」

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
\2024/3/11 3巻(完結巻)出荷しました/ \1巻2巻番外編ストーリー公開中です/ 【アルファポリス文庫さまより刊行】 【第3回キャラ文芸大賞 特別賞受賞】 ―薬膳ドリンクとあやかしの力で、貴方のお悩みを解決します― 生真面目な26歳OLの桜良日鞠。ある日、長年続いた激務によって退職を余儀なくされてしまう。 行き場を失った日鞠が選んだ行き先は、幼少時代を過ごした北の大地・北海道。 昔過ごした街を探す日鞠は、薬膳カフェを営む大神孝太朗と出逢う。 ところがこの男、実は大きな秘密があって――? あやかし×薬膳ドリンク×人助け!? 不可思議な生き物が出入りするカフェで巻き起こる、ミニラブ&ミニ事件ストーリー。

処理中です...