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妖は街でひっそり店を営む(後編)
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店の前で二人と一緒に待っていたのは、『妖狐』の揚戸与《あげとよ》だった。揚戸与《あげとよ》は白い髪を無造作に肩まで伸ばした大柄な男で、常に獣の耳としっぽが出た半妖の姿をしている。
「来た来た!瑞穂くん。久しぶりやなぁ。さっき、たまたまこの二人に会うて、瑞穂くんの知り合いやゆうから一緒に待ってたんや!」
この揚戸与《あげとよ》は、『野狐《やこ》』という『妖狐』の中では一番位の低い妖《あやかし》でありながら、天界でも名の通った狐で、妻の蘭という狐とともに俺とは顔なじみだった。
「そこの通りで、楓が『絵踏《えふ》み男』に絡まれてるときに助けてくれたんだよ」
『絵踏《えふ》み男』とは、往来の絶妙に邪魔なところに絵を広げ、誤って踏んでしまった人間やあやかしに弁償しろと言って金をせびろうとする、はた迷惑なあやかしだ。どうやら楓はそのあやかしにつかまったらしい。
「チンピラみたいなあやかしに絡まれてるときに、このひとが助けてくれたの」
楓はまた泣きべそをかかされたのだろう。目が赤く腫れていた。
「そうかそれは世話かけたな揚戸与《あげとよ》。楓、街はいろんなやつがいるから注意しろって言っただろ」
「まあそう言うたらんとって瑞穂くん。この子に罪はあらへん。『絵踏み男』なんて気を付けてても引っかかるときは引っかかるもんや。ほんでな、瑞穂くん。こうして君を待ってたんは久しぶりに会いたかったからもあるんやけど、来月開催する『魂祭《こんまつ》り』に誘いたかったんや。今年はうちの蘭が主催陣に入るさかい瑞穂くんも来てやってくれへんか」
「そうか『魂祭《こんまつ》り』か。まあ考えとくよ」
「とりあえず入場券だけ渡しとくわ。この二人も連れてき」
そういって揚戸与は『魂祭り』の入場券を三枚渡してくれた。そして、ひらひらと手を振ると、ゆったりと着こなしている長着の裾をはためかせながら、音もなく雑踏に消えていった。
その背中を見送った後、楓がゴンに聞く。
「こんまつりって何?」
「『魂祭り』ってのは、狐たちが己の魂をかけて戦う祭りだよ」
「魂をかけてってことは、殺し合いをするの?」
「相手を戦闘不能にしたら勝ちだけど、時々死ぬやつもいるな」
「恐っ。何なの、そのお祭り」
「狐は、自分の妖術をひとに見せるのが好きな奴が多いんだよ。だから、こういうお祭りで思う存分、妖術を披露しあうんだ。まぁでも、そんなことするのは『妖狐』の中でも『野狐』だけだけどな」
「ゴンも、そういうの出たい?」
「俺は嫌《や》だよ。痛いのは御免だ」
家に帰るとすぐ、俺は夕飯の支度に取り掛かった。鍋にする予定だったので、俺は具材の準備に取りかかり、ゴンには鍋の火を頼んだ。そして楓は、先に風呂に入らせた。なぜならこいつはどうやら、買い出し中にたらふく買い食いをしていたらしく、まだ腹が減っていないと言い出したのだ。
俺は買い込んだ野菜を綺麗に洗い、食べやすい大きさに切りそろえた。そして、そろそろゴンに着火してもらおうと声をかけたとき、楓が風呂場からひどく取り乱した様子でドタバタと足音を鳴らして走ってきた。
「ちょっとおおおお!お風呂に『河童』が居たんだけど!!」
俺もゴンも楓のあまりに大きな声に一瞬びくっとした。
「なんだよもう。びっくりしたなあ。『河童』はお前だろ」
「何言ってるの⁉私じゃなくて、お風呂のお湯の中に居たのよ!『河童』が。水面に映ったのが見えて…」楓は身振り手振りで必死に訴えていた。
「楓ちょっと来い」
俺は取り乱す楓の腕をつかんで縁側に引きずり出した。
「ちょっと何⁉」
「お前は今、『河童』なんだ。最初にここに来たとき、妖怪に見える術をかけるって言っただろ」
「はぁいいい⁉何で『河童』なのよ!」
「別になんでも良いだろ。それに変に高等なあやかしにしてもお前、妖術なんて使えないんだから、『河童』くらいがちょうどいいんだよ」
「そんなあ。『河童』って…緑色の、こんなのって」
「安心しろ。見た目は人の姿にしかみえないから。それだけでもありがたいと思えよ。ふつう『河童』は人の姿になるやつあんまりいないんだからな。けど、水面や影には河童の姿が映るもんなんだ。それは仕方ない。これが怪しまれない、ギリギリのラインだ」
俺たちが縁側でこそこそと話をしていると、不審に思ったゴンが障子を開けて顔をのぞかせた。
「あんたら、そんなとこで何コソコソ話してんの?」
「な、なんでもないよ?」
楓が取り繕おうとしたが、ゴンは怪訝そうな顔のままだ。
いや、これはいい機会だ。この際、ゴンには楓が人間だということを伝えておいた方がいいかもしれない。どのみち、一緒に暮らしていたら、バレる可能性のほうが高いのだ。変に知られてしまうくらいなら、潔く伝えておく方がいい。ゴンなら楓が人間だと分かっても、きっと受け入れてくれるだろう…。
「あのな、ゴン。今まで黙ってたんだが、こいつ、楓は、実は人間なんだ。訳あってここで働くために、妖に見える術をかけていたんだ。今まで隠しててすまん…」
「うん知ってるよ」
「え?」
「だから、楓は人間なんだろ?前から知ってるって」
「おまえ…俺の術を見破ってたのか?」
「見破るもなにも、あんたらいつも家の中で、でかい声出して話してるじゃんか。『お前は人間なんだから~』とか『私人間なのに~』とかさ?」
確かに…そんなことを言っていた気も、しないでもない。
「隠してたってのが、びっくりだ」
そう言ってゴンは平然と炬燵に戻り、鍋に着火した。
俺と楓は何も言えず、お互いひきつった笑顔でその場をごまかした。
「来た来た!瑞穂くん。久しぶりやなぁ。さっき、たまたまこの二人に会うて、瑞穂くんの知り合いやゆうから一緒に待ってたんや!」
この揚戸与《あげとよ》は、『野狐《やこ》』という『妖狐』の中では一番位の低い妖《あやかし》でありながら、天界でも名の通った狐で、妻の蘭という狐とともに俺とは顔なじみだった。
「そこの通りで、楓が『絵踏《えふ》み男』に絡まれてるときに助けてくれたんだよ」
『絵踏《えふ》み男』とは、往来の絶妙に邪魔なところに絵を広げ、誤って踏んでしまった人間やあやかしに弁償しろと言って金をせびろうとする、はた迷惑なあやかしだ。どうやら楓はそのあやかしにつかまったらしい。
「チンピラみたいなあやかしに絡まれてるときに、このひとが助けてくれたの」
楓はまた泣きべそをかかされたのだろう。目が赤く腫れていた。
「そうかそれは世話かけたな揚戸与《あげとよ》。楓、街はいろんなやつがいるから注意しろって言っただろ」
「まあそう言うたらんとって瑞穂くん。この子に罪はあらへん。『絵踏み男』なんて気を付けてても引っかかるときは引っかかるもんや。ほんでな、瑞穂くん。こうして君を待ってたんは久しぶりに会いたかったからもあるんやけど、来月開催する『魂祭《こんまつ》り』に誘いたかったんや。今年はうちの蘭が主催陣に入るさかい瑞穂くんも来てやってくれへんか」
「そうか『魂祭《こんまつ》り』か。まあ考えとくよ」
「とりあえず入場券だけ渡しとくわ。この二人も連れてき」
そういって揚戸与は『魂祭り』の入場券を三枚渡してくれた。そして、ひらひらと手を振ると、ゆったりと着こなしている長着の裾をはためかせながら、音もなく雑踏に消えていった。
その背中を見送った後、楓がゴンに聞く。
「こんまつりって何?」
「『魂祭り』ってのは、狐たちが己の魂をかけて戦う祭りだよ」
「魂をかけてってことは、殺し合いをするの?」
「相手を戦闘不能にしたら勝ちだけど、時々死ぬやつもいるな」
「恐っ。何なの、そのお祭り」
「狐は、自分の妖術をひとに見せるのが好きな奴が多いんだよ。だから、こういうお祭りで思う存分、妖術を披露しあうんだ。まぁでも、そんなことするのは『妖狐』の中でも『野狐』だけだけどな」
「ゴンも、そういうの出たい?」
「俺は嫌《や》だよ。痛いのは御免だ」
家に帰るとすぐ、俺は夕飯の支度に取り掛かった。鍋にする予定だったので、俺は具材の準備に取りかかり、ゴンには鍋の火を頼んだ。そして楓は、先に風呂に入らせた。なぜならこいつはどうやら、買い出し中にたらふく買い食いをしていたらしく、まだ腹が減っていないと言い出したのだ。
俺は買い込んだ野菜を綺麗に洗い、食べやすい大きさに切りそろえた。そして、そろそろゴンに着火してもらおうと声をかけたとき、楓が風呂場からひどく取り乱した様子でドタバタと足音を鳴らして走ってきた。
「ちょっとおおおお!お風呂に『河童』が居たんだけど!!」
俺もゴンも楓のあまりに大きな声に一瞬びくっとした。
「なんだよもう。びっくりしたなあ。『河童』はお前だろ」
「何言ってるの⁉私じゃなくて、お風呂のお湯の中に居たのよ!『河童』が。水面に映ったのが見えて…」楓は身振り手振りで必死に訴えていた。
「楓ちょっと来い」
俺は取り乱す楓の腕をつかんで縁側に引きずり出した。
「ちょっと何⁉」
「お前は今、『河童』なんだ。最初にここに来たとき、妖怪に見える術をかけるって言っただろ」
「はぁいいい⁉何で『河童』なのよ!」
「別になんでも良いだろ。それに変に高等なあやかしにしてもお前、妖術なんて使えないんだから、『河童』くらいがちょうどいいんだよ」
「そんなあ。『河童』って…緑色の、こんなのって」
「安心しろ。見た目は人の姿にしかみえないから。それだけでもありがたいと思えよ。ふつう『河童』は人の姿になるやつあんまりいないんだからな。けど、水面や影には河童の姿が映るもんなんだ。それは仕方ない。これが怪しまれない、ギリギリのラインだ」
俺たちが縁側でこそこそと話をしていると、不審に思ったゴンが障子を開けて顔をのぞかせた。
「あんたら、そんなとこで何コソコソ話してんの?」
「な、なんでもないよ?」
楓が取り繕おうとしたが、ゴンは怪訝そうな顔のままだ。
いや、これはいい機会だ。この際、ゴンには楓が人間だということを伝えておいた方がいいかもしれない。どのみち、一緒に暮らしていたら、バレる可能性のほうが高いのだ。変に知られてしまうくらいなら、潔く伝えておく方がいい。ゴンなら楓が人間だと分かっても、きっと受け入れてくれるだろう…。
「あのな、ゴン。今まで黙ってたんだが、こいつ、楓は、実は人間なんだ。訳あってここで働くために、妖に見える術をかけていたんだ。今まで隠しててすまん…」
「うん知ってるよ」
「え?」
「だから、楓は人間なんだろ?前から知ってるって」
「おまえ…俺の術を見破ってたのか?」
「見破るもなにも、あんたらいつも家の中で、でかい声出して話してるじゃんか。『お前は人間なんだから~』とか『私人間なのに~』とかさ?」
確かに…そんなことを言っていた気も、しないでもない。
「隠してたってのが、びっくりだ」
そう言ってゴンは平然と炬燵に戻り、鍋に着火した。
俺と楓は何も言えず、お互いひきつった笑顔でその場をごまかした。
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