「神様はつらいよ」〜稲の神様に転生したら、世の中パン派ばかりでした。もう妖を癒すことにします〜

あきゅう

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焚き火のぬくもり(後編)

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 うちにやってきたのは『水神三姉妹』の末っ子である、雨音《あまね》だった。

 彼女は胡桃色のふんわりとした長い髪が特徴的な可愛らしい女神だ。小柄な体格、わずかに桃色に染まったふっくらした頬は少女のようでもある。
 俺は、雨音含め『水の女神』たちとは昔から親しくしているので、楓とゴンもすでに顔見知りになっていた。

「こんにちは麗しの女神様。さあ、そんな寒い所にいないでどうぞ奥へ上がって」

 いつも眠そうに半目になっているゴンの目が、ぱっちりと大きく見開かれて来訪者をとらえていた。

「ありがとう、ゴン。でも今日はこれをおすそ分けに来ただけなの」

 そう言って雨音はかご一杯のさつま芋をゴンに渡す。

「うわぁ、立派なさつま芋!嬉しい!ねぇ、さっそく焼き芋しようよ」

 楓がかごの中を覗き込んで言う。こいつは、さつま芋に目がないのだ。

「こんなにたくさん重かったろう。いつもありがとな。今日はほんとに、上がっていかないのか?」

「うん、他の用事のついでに寄っただけだから」

「そっか…。もう帰っちゃうのか…」

 雨音が帰ってしまうのを一番残念がっていたのはゴンだった。こいつは綺麗な女性に目がないのだ。特に、大人っぽい女性が一等好みらしい。
 雨音は三姉妹の末っ子だが、その少女のような見た目とは裏腹に、姉妹の中で一番しっかりもので落ち着いてた雰囲気の女神だった。

「また遊びに来るわ。二人とも瑞穂のお手伝いしっかりしてあげてね」

「雨音、俺いつも、めちゃくちゃ頑張ってるよ!だから、もうちょっと居てくれてもいいのに…」

 ゴンは今では、雨音に完全に手懐けられていた。まったく俺にはいつも横柄な態度のくせに、美人が相手だとすぐ骨抜きにされやがって。


 雨音が帰った後、楓はさっそく焼き芋をすると言い出した。せっかくなので俺とゴンも楓の焼き芋に付き合ってやることにした。

 冷たい木枯らしが吹く庭で、まずは濡らした紙にさつま芋を包んでいく。この紙は単なる紙きれではなく、俺が「火の用心」のために書いた護符である。「火の用心」の護符は神力により火を通さないので、芋を包めば蒸し焼きにできるというわけだ。
 そして護符に包んだ芋を、焚火の中に放り込む。しばらく雨の降っていない庭の落ち葉はパチパチとよく燃えた。

「天界にも天気予報ってあるの?」

 楓は待ちきれない様子で、火の中に放り込んだ芋を木の棒でせわしなくつっついている。

「ここの天気は神たちの機嫌次第だから、先の天気を読むのは難しいな」

 俺は待ちきれずに芋を取り出そうとする楓から芋を守りながら、時折落ち葉を追加して火加減を調整した。

「ええ?天気って神様の機嫌で決まっちゃうの?」

「全てというわけじゃないが、突発的な雨なんかは『水神』が荒ぶっているときだ」

 天界にも四季はあって下界の季節と同期しているのだが、天候に関しては同期していない。天界が晴れていたとしても、下界にある診療所(神社)に行ったら大雨だった、なんてこともあるのだ。

「じゃぁ、もしかしてゲリラ豪雨のときって、『水神様』がめっちゃ怒ってるのかな?」

「そうだな。『水神』が下界に降りて怒りをぶちまけてるんだ」

 焚火の中に放り込んだ芋は、俺の護符と絶妙な火加減のおかげで、外の皮はパリパリ、中はトロトロの黄金色に焼きあがった。
 楓は大興奮で焚火から出したばかりの焼き芋にかぶりつく。

「おいしーい!瑞穂、あなた焼き芋の天才だわ。芋名人‼」

「芋名人ってなんだよ」

 食べ物を食べている時だけは、この馬鹿でわがままなお嬢さんも少しは可愛らしく見える。

「確かに、これはなかなか」

 焼き芋になど興味なさげな様子で焚火の側にじっと丸まっていたゴンも、一本ペロリと平らげていた。こいつは別に焼き芋に興味がなかったわけではなく、自分は動かず誰かが焼いてくれるのを待っていたのだった。

「またやろうね、焼き芋」

 腹がはち切れそうなほど焼き芋を食べた後は、縁側に三人並んで茶を飲んだ。
 縁側から見える夕日は、薄くかすんだ雲を朱く染めながら山際に沈んでいくところだった。俺はあまりの眩しさに思わず掌でその光を遮る。そして、かざした指の隙間から、朱に染まる空を、烏たちが飛んで行くのが見えた。






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