6 / 27
焚き火のぬくもり(前編)
しおりを挟む
「おまえら!いつまでも炬燵で寝てないで、ちょっとは家事を手伝え!」
俺は今さっき庭の物干しから取り込んできた洗濯物の山を炬燵の横にどさっと置いた。
この前『神堕ち』から助けてくれた『猫又』のゴンは、楓同様すっかりうちに住みついてしまい、今日も朝から居間の炬燵を占領している。
なぜどいつもこいつも俺の家に住みたがるんだ⁉俺はただ、診療所でバイトをして欲しいだけなのに…。
「炬燵から出るなんてムリムリ。俺はここから出たら全身の毛が抜け落ちる呪いにかかってるんだ。そりゃ、瑞穂の助けになりたいとは思ってるよ?だけどっ、体が言うこときかないんだっ」
そう言ってゴンは頭を抱え、いかにも苦悩している様を装った。
「ゴン大丈夫?瑞穂、なんかいい薬ないかな?」
「楓、俺のことはいい。お前だけでもここ(炬燵)から出ろ。楓だけでも生き延びるんだ」
「そんな!ゴンを置いて私だけ出られないよ。ゴンが残るなら私も残る!」
「そうか。じゃあ二人で一緒にここ(炬燵)に居よう。瑞穂もきっと分かってくれるさ」
「そうね、そうしましょう。瑞穂は神様だもの、きっと私たちを許してくれる…」
そしてゴンと楓はそろって俺の方を見た。
「おい。俺はこのしょうもない寸劇をいつまで観てなきゃいけないんだ?」
ぎゃはははは!ゴンと楓は噴き出した。
俺の所に働きにくるのは、どうしてこんなアホな奴らばかりなんだ…!
ただ、こんな阿呆なやつらでも、クビにしようとは思わなかった。なぜななら二人とも一応、仕事は出来るのだ。
楓は、本人が言っていた通り、妖《あやかし》たちとも上手くやっている。彼女のおかげで俺の診察もずいぶん助かっていて一日に診れる患者の数も増えた。
一方ゴンも仕事面では文句なく優秀だった。算術をやらせても狐に引けをとらないし、妖術だって、正直これほど達者に妖術を使えるバイトは今まで居なかった。往診に行く時だってゴンが居てくれれば安心だ。
だが、そもそも『猫又』というのは気まぐれな妖《あやかし》だった。すべてが彼の気分次第。特に家での自堕落ぶりといったら、まさに、でかい猫がゴロゴロしている姿そのものである。
「それになぁ、お前らの辞書に礼儀という言葉はないのか?俺は一応これでも神様だぞ?もうちょっとこう…」
「だって瑞穂って、なんか同級生みたいな感じなんだもん」
「分かる。仲間内に一人はこういうやついるよな。堅物真面目野郎」
「そう!眼鏡のガリ勉くんね!」
楓とゴンは反省するどころか、さらに調子に乗り出した。これは、そろそろお灸を据えなければならない。
俺は一呼吸置いた後、これ見よがしに眼鏡をくいっと指で押し上げ、神妙な顔をして二人に言った。
「お前ら知らないのか…。眼鏡のやつを笑うと、笑ったやつは数年後に目がいきなり爆発して、一生目が見えなくなるんだぞ?」
楓は一瞬ぎょっとした顔をした。
「だ、騙されるな楓。そんなの嘘に決まってる」
そう言うゴンの声は心なしか上ずっている。
しめしめ。俺はさらにたたみかける。
「それにな、真面目な奴を馬鹿にすると、『生真面目』という妖《あやかし》が夜寝ている間にやってきて、身体の皮を隅々まで剥ぎとられると聞いたことがあったような気がするなぁ」
ゴンは必死で余裕そうな顔を作ろうとしていたが、笑顔が若干ひきつっているのが分かった。
実際には、『生真面目』という妖《あやかし》はとても気の弱いやつで、こんな猟奇的なことは絶対に出来ないのだが、二人ともそんなことは知らなかったようだ。
こいつらと暮らして学んだことは、バカ相手には自分もバカになるのが良いということである。真正面から正論でやり合うより、こうやって馬鹿げた作り話で返したほうがずっと効果がある。
二人とも俺の作り話が効いたようで、先ほどよりずいぶん大人しくなって洗濯物の片付けを手伝い始めた。
「でも瑞穂さ、神様だって言うけど、私の中で神様って言うと、もっとこう神々しい迫力あるイメージだったのよね」
楓はシーツの端を握りしめながら言う。
「それはなにか?俺が平凡すぎるって言いたいのか」
憤慨する俺に、楓はいいことを思いついたとばかりに顔を輝かせる。
「ねえ今度、神様っぽくてカッコいい着物作ってあげようか?私、アニメのコスプレ衣装とか自分で作ってたのよ。あのね『神月のバトラー』っていうアニメに、霜月っていう神様のキャラが出てくるんだけどね、そのキャラの衣装とか着たら瑞穂でもちょっとは神様らしくなると思うの‼どう?」
「どうってお前。何で本物の神様が、アニメの神様の真似しなきゃいけないんだよ!」
「えー。せっかく瑞穂もカッコ良くなると思ったのに」
「楓。こいつはコスプレなんかしたって、もうどうしようもないんだって」
それからしばらく、二人はまた俺をネタにしてケラケラ笑っていた。
こいつらと暮らして学んだことがもう一つある。それは、バカは痛い目にあってもすぐに忘れてしまうということだ。俺の反撃をくらって一瞬ひるんだことは、もうすでに忘れてしまっている…。
―ああ神様、このアホな二人をどうかお救いください―
こいつらのせいでノイローゼ気味の俺は、うっかり自分が神様であることを忘れて神に祈っていた…。
「ごめんくださーい」
聞きなれた声が玄関から聞こえてきた。その声を聞くや否や、ゴンは目にもとまらぬ速さで玄関に駆けていった。先ほどまで炬燵で寝転がっていた奴とはまるで別人だ…。
俺は今さっき庭の物干しから取り込んできた洗濯物の山を炬燵の横にどさっと置いた。
この前『神堕ち』から助けてくれた『猫又』のゴンは、楓同様すっかりうちに住みついてしまい、今日も朝から居間の炬燵を占領している。
なぜどいつもこいつも俺の家に住みたがるんだ⁉俺はただ、診療所でバイトをして欲しいだけなのに…。
「炬燵から出るなんてムリムリ。俺はここから出たら全身の毛が抜け落ちる呪いにかかってるんだ。そりゃ、瑞穂の助けになりたいとは思ってるよ?だけどっ、体が言うこときかないんだっ」
そう言ってゴンは頭を抱え、いかにも苦悩している様を装った。
「ゴン大丈夫?瑞穂、なんかいい薬ないかな?」
「楓、俺のことはいい。お前だけでもここ(炬燵)から出ろ。楓だけでも生き延びるんだ」
「そんな!ゴンを置いて私だけ出られないよ。ゴンが残るなら私も残る!」
「そうか。じゃあ二人で一緒にここ(炬燵)に居よう。瑞穂もきっと分かってくれるさ」
「そうね、そうしましょう。瑞穂は神様だもの、きっと私たちを許してくれる…」
そしてゴンと楓はそろって俺の方を見た。
「おい。俺はこのしょうもない寸劇をいつまで観てなきゃいけないんだ?」
ぎゃはははは!ゴンと楓は噴き出した。
俺の所に働きにくるのは、どうしてこんなアホな奴らばかりなんだ…!
ただ、こんな阿呆なやつらでも、クビにしようとは思わなかった。なぜななら二人とも一応、仕事は出来るのだ。
楓は、本人が言っていた通り、妖《あやかし》たちとも上手くやっている。彼女のおかげで俺の診察もずいぶん助かっていて一日に診れる患者の数も増えた。
一方ゴンも仕事面では文句なく優秀だった。算術をやらせても狐に引けをとらないし、妖術だって、正直これほど達者に妖術を使えるバイトは今まで居なかった。往診に行く時だってゴンが居てくれれば安心だ。
だが、そもそも『猫又』というのは気まぐれな妖《あやかし》だった。すべてが彼の気分次第。特に家での自堕落ぶりといったら、まさに、でかい猫がゴロゴロしている姿そのものである。
「それになぁ、お前らの辞書に礼儀という言葉はないのか?俺は一応これでも神様だぞ?もうちょっとこう…」
「だって瑞穂って、なんか同級生みたいな感じなんだもん」
「分かる。仲間内に一人はこういうやついるよな。堅物真面目野郎」
「そう!眼鏡のガリ勉くんね!」
楓とゴンは反省するどころか、さらに調子に乗り出した。これは、そろそろお灸を据えなければならない。
俺は一呼吸置いた後、これ見よがしに眼鏡をくいっと指で押し上げ、神妙な顔をして二人に言った。
「お前ら知らないのか…。眼鏡のやつを笑うと、笑ったやつは数年後に目がいきなり爆発して、一生目が見えなくなるんだぞ?」
楓は一瞬ぎょっとした顔をした。
「だ、騙されるな楓。そんなの嘘に決まってる」
そう言うゴンの声は心なしか上ずっている。
しめしめ。俺はさらにたたみかける。
「それにな、真面目な奴を馬鹿にすると、『生真面目』という妖《あやかし》が夜寝ている間にやってきて、身体の皮を隅々まで剥ぎとられると聞いたことがあったような気がするなぁ」
ゴンは必死で余裕そうな顔を作ろうとしていたが、笑顔が若干ひきつっているのが分かった。
実際には、『生真面目』という妖《あやかし》はとても気の弱いやつで、こんな猟奇的なことは絶対に出来ないのだが、二人ともそんなことは知らなかったようだ。
こいつらと暮らして学んだことは、バカ相手には自分もバカになるのが良いということである。真正面から正論でやり合うより、こうやって馬鹿げた作り話で返したほうがずっと効果がある。
二人とも俺の作り話が効いたようで、先ほどよりずいぶん大人しくなって洗濯物の片付けを手伝い始めた。
「でも瑞穂さ、神様だって言うけど、私の中で神様って言うと、もっとこう神々しい迫力あるイメージだったのよね」
楓はシーツの端を握りしめながら言う。
「それはなにか?俺が平凡すぎるって言いたいのか」
憤慨する俺に、楓はいいことを思いついたとばかりに顔を輝かせる。
「ねえ今度、神様っぽくてカッコいい着物作ってあげようか?私、アニメのコスプレ衣装とか自分で作ってたのよ。あのね『神月のバトラー』っていうアニメに、霜月っていう神様のキャラが出てくるんだけどね、そのキャラの衣装とか着たら瑞穂でもちょっとは神様らしくなると思うの‼どう?」
「どうってお前。何で本物の神様が、アニメの神様の真似しなきゃいけないんだよ!」
「えー。せっかく瑞穂もカッコ良くなると思ったのに」
「楓。こいつはコスプレなんかしたって、もうどうしようもないんだって」
それからしばらく、二人はまた俺をネタにしてケラケラ笑っていた。
こいつらと暮らして学んだことがもう一つある。それは、バカは痛い目にあってもすぐに忘れてしまうということだ。俺の反撃をくらって一瞬ひるんだことは、もうすでに忘れてしまっている…。
―ああ神様、このアホな二人をどうかお救いください―
こいつらのせいでノイローゼ気味の俺は、うっかり自分が神様であることを忘れて神に祈っていた…。
「ごめんくださーい」
聞きなれた声が玄関から聞こえてきた。その声を聞くや否や、ゴンは目にもとまらぬ速さで玄関に駆けていった。先ほどまで炬燵で寝転がっていた奴とはまるで別人だ…。
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
神の妖診療所
あきゅう
キャラ文芸
神として駆け出しの瑞穂は、人間からの人気がなく、まだ自分の神社を持っていなかった。そんな彼は、神々がおわす天界には住めず、人間や低級妖の住む下界で貧乏暮らしをしながら、「妖の診療所」を開いてなんとか食いつないでいた。
しかし、その経営も厳しく今や診療所は破綻寸前。
そんな時、瑞穂はある人間の娘と出会う。彼女とは、どこかで会ったことがある気がするのに瑞穂はどうしても思い出せない。楓と名乗ったその娘は、診療所で働きたいと言い出し、さらに彼女が拾ってきた猫又の美少年も加わり、診療所は賑やかになる。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く
あきゅう
キャラ文芸
両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。
そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。
大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。
そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる