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これが人の娘というものか…(後編)
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俺は楓を風呂に入れさせるため、大急ぎで風呂の焚口に火をいれた。そして湯が沸くまでの間に、押し入れを漁って楓用の着替えを探す。悲しいかな、うちに女ものの着物なんてものはなかったが、妖が診察代の代わりにと置いていった子ども用の小袖が出てきた。
「嬉しい。久しぶりのお風呂だわ!」
楓は俺が渡した小袖と手拭いを抱えて意気揚々と風呂場に向かった。
「まあ、ゆっくり入りな」
「うん、ありがと!…覗かないでね?」
「神が覗くか!」
楓が風呂に入っている間、俺は夕飯の支度に取り掛かった。あの娘が風呂から出て来てからでは、夕飯にありつけるのはいつになるか分からない。
台所で夏落魚の下処理に取りかかっていると、風呂場から下界の流行り歌を熱唱する声が聞こえてきた。
まだ出会って間もないが、すでにこの楓という娘が一筋縄ではいかない変わり者だということを俺はひしひしと感じていた。
それでも俺は彼女のことを嫌いにはなれなかった。変わり者であることは間違いないが、きっと悪いやつではない。真っすぐ俺を見たときの彼女の目は、濁りのない澄んだ瞳だった…。
そういえば、昔雇っていた狐の妖なんかは、すごく愛そうが良くて気が利くやつだったが、隠れて売り上げをコッソリくすねていたことがあったな。
それに人見知りの『三つ目小僧』が働いていた時はもっと大変だった。俺に質問する勇気がなかったと言って、よく知りもしない薬品を勝手に患者の傷口に塗りつけ、それが厠掃除用の消臭剤だった時はさすがに彼をクビにしたんだったか…。
そんな歴代のバイトたちを思い出していると、なんだか懐かしいやら悲しいやら複雑な感情が湧きおこってきて、可笑しかった。
「何ひとりで、ニヤニヤしてるの?」
俺は急に声をかけられて一寸ほど飛び上がった。
声がした方を向くと、いつの間にか風呂から上がっていた楓が横から俺を覗き込んでいた。
「もう出てきたのか!ちゃんと身体洗ったのか…?」
「洗いましたよ。もう『くさや』の臭いはしないでしょ?それにしても、天界のお風呂はやっぱり下界のとは違うのね。柔らかいというか…すごく良いお湯だった!」
そう言って楓は、薄桃色に上気した頬を無邪気に綻ばせた。先程押入れから引っ張り出してきた小袖も思ったより子どもっぽくなく、生成地に菜花をあしらった模様を彼女が纏うと、まるでそこにぱっと花畑が広がったようだった。
「あれ。ご飯作ってくれたの?」
楓は食卓に並んだ夕飯の皿を眺めて言った。
「誰かさんがあんまりにも臭くて、風呂に時間かかりそうだったからな」
「おいしそーお!天界の食べ物なんて初めて!これ私も食べて大丈夫だよね。食べたら記憶がなくなるとか、そんなことないよね?」
「なんだそれ。大丈夫だ安心しろ」
「わーい!よかった!頂きまーす」
楓は夏落魚の塩焼きにかぶりついた。その食べっぷりと言ったら、こちらの胸がすくほど気持ちの良いものだった。
「何これ⁈超おいひー!鮎みたいだけど、鮎より全然おっひふて食べ応えある!」
楓はものすごい勢いで俺が作った料理にがっつく。
「そんな慌てて食べたら喉詰めるぞ」
「だって、ここしばらく『5個入りのミニあんぱん』だけでしのいでたから、お腹すいてたの。それに、こんなに美味しいご飯初めてなんだもん!」
そう言う楓の目尻がきらりと光った。
まあ、人間に喜ばれるというのは神様として悪くない気分だ。
「天界って、ただの田舎だと思ったけど良いところなんだね。私かん…うっひぐっ」
「おいおい、だからゆっくり食べろって言っただろ」
俺はむせ込む楓の背中をたたいてやった。まったく世話の焼けるやつだ。
「ありがとう、もう大丈夫。あ、そうだ私、実は瑞穂にあげたいものがあるの!」
楓はまだ食事の途中にも関わらず、大量の荷物を漁りに自分の部屋(物置)に走っていった。
「はい、これ。これからお世話になるから私からのほんの気持ち。誕生日に実家から送って来てくれたものなのなんだけど、瑞穂にあげるわ。良いものなのよ」
息を切らしながら居間に帰ってきた楓は、満面の笑みで一升瓶を差し出した。
「酒?」
「そうお酒!瑞穂は『稲の神様』なんでしょ?神様って言ったら、やっぱりお酒をお供えするものだもんね」
「俺は…酒は飲めない」
「えっ、神様なのにお酒ダメなの?しかも『稲の神様』なんでしょ!?お酒って、お米からできるんだよ?」
「それくらい知ってる!それでも飲めないものは飲めないんだよ」
「そう…なんだ。神様なのに、なんかかわいそうだね…」
そう言って楓は不憫な子犬でも見るような目で俺を見た。
「なんだよその目…。酒が飲めない神様だっているんだ。それに『酒の神』は他にいるんだし、俺が飲めなくたっていいんだよ。てか…これ中身減ってないか?」
楓が差し出した一升瓶をよく見ると、中の酒は半分も入っていない。
「うん、もらってからちょっとずつ飲んでたから」
「いやお前、こんな飲みさしのもの人に堂々と贈るなよ!」
「違うよ、一緒に一杯やろうって意味だったの!でも下戸なんだもんね~え。『稲の神様』なのに、#お米からできてるお酒が飲めないんだもんねぇ?」
「よし!これは全部料理にぶち込むことにします」
「ちょっちょっと待って!そんなもったいないことしないで!お願いごめんなさい調子に乗りました許してください」
この後も楓とは一悶着、二悶着あったが、それでも何とかこのじゃじゃ馬娘を寝かしつけることに成功し、やっとの思いで俺は自分の寝室の布団の中に潜り込んだ。
はぁ。まったくとんでもない奴を抱え込んでしまったものだ。いくらバイトが居ないからと言って、果たしてあんなやつを雇ってやっていけるのだろうか。
ついつい神様として慈悲の心を発揮してしまったが、すでに先が思いやられてきた。
これからの生活に一抹の不安を抱えながら、俺は狭い寝室の布団の中で眠りについた。
「嬉しい。久しぶりのお風呂だわ!」
楓は俺が渡した小袖と手拭いを抱えて意気揚々と風呂場に向かった。
「まあ、ゆっくり入りな」
「うん、ありがと!…覗かないでね?」
「神が覗くか!」
楓が風呂に入っている間、俺は夕飯の支度に取り掛かった。あの娘が風呂から出て来てからでは、夕飯にありつけるのはいつになるか分からない。
台所で夏落魚の下処理に取りかかっていると、風呂場から下界の流行り歌を熱唱する声が聞こえてきた。
まだ出会って間もないが、すでにこの楓という娘が一筋縄ではいかない変わり者だということを俺はひしひしと感じていた。
それでも俺は彼女のことを嫌いにはなれなかった。変わり者であることは間違いないが、きっと悪いやつではない。真っすぐ俺を見たときの彼女の目は、濁りのない澄んだ瞳だった…。
そういえば、昔雇っていた狐の妖なんかは、すごく愛そうが良くて気が利くやつだったが、隠れて売り上げをコッソリくすねていたことがあったな。
それに人見知りの『三つ目小僧』が働いていた時はもっと大変だった。俺に質問する勇気がなかったと言って、よく知りもしない薬品を勝手に患者の傷口に塗りつけ、それが厠掃除用の消臭剤だった時はさすがに彼をクビにしたんだったか…。
そんな歴代のバイトたちを思い出していると、なんだか懐かしいやら悲しいやら複雑な感情が湧きおこってきて、可笑しかった。
「何ひとりで、ニヤニヤしてるの?」
俺は急に声をかけられて一寸ほど飛び上がった。
声がした方を向くと、いつの間にか風呂から上がっていた楓が横から俺を覗き込んでいた。
「もう出てきたのか!ちゃんと身体洗ったのか…?」
「洗いましたよ。もう『くさや』の臭いはしないでしょ?それにしても、天界のお風呂はやっぱり下界のとは違うのね。柔らかいというか…すごく良いお湯だった!」
そう言って楓は、薄桃色に上気した頬を無邪気に綻ばせた。先程押入れから引っ張り出してきた小袖も思ったより子どもっぽくなく、生成地に菜花をあしらった模様を彼女が纏うと、まるでそこにぱっと花畑が広がったようだった。
「あれ。ご飯作ってくれたの?」
楓は食卓に並んだ夕飯の皿を眺めて言った。
「誰かさんがあんまりにも臭くて、風呂に時間かかりそうだったからな」
「おいしそーお!天界の食べ物なんて初めて!これ私も食べて大丈夫だよね。食べたら記憶がなくなるとか、そんなことないよね?」
「なんだそれ。大丈夫だ安心しろ」
「わーい!よかった!頂きまーす」
楓は夏落魚の塩焼きにかぶりついた。その食べっぷりと言ったら、こちらの胸がすくほど気持ちの良いものだった。
「何これ⁈超おいひー!鮎みたいだけど、鮎より全然おっひふて食べ応えある!」
楓はものすごい勢いで俺が作った料理にがっつく。
「そんな慌てて食べたら喉詰めるぞ」
「だって、ここしばらく『5個入りのミニあんぱん』だけでしのいでたから、お腹すいてたの。それに、こんなに美味しいご飯初めてなんだもん!」
そう言う楓の目尻がきらりと光った。
まあ、人間に喜ばれるというのは神様として悪くない気分だ。
「天界って、ただの田舎だと思ったけど良いところなんだね。私かん…うっひぐっ」
「おいおい、だからゆっくり食べろって言っただろ」
俺はむせ込む楓の背中をたたいてやった。まったく世話の焼けるやつだ。
「ありがとう、もう大丈夫。あ、そうだ私、実は瑞穂にあげたいものがあるの!」
楓はまだ食事の途中にも関わらず、大量の荷物を漁りに自分の部屋(物置)に走っていった。
「はい、これ。これからお世話になるから私からのほんの気持ち。誕生日に実家から送って来てくれたものなのなんだけど、瑞穂にあげるわ。良いものなのよ」
息を切らしながら居間に帰ってきた楓は、満面の笑みで一升瓶を差し出した。
「酒?」
「そうお酒!瑞穂は『稲の神様』なんでしょ?神様って言ったら、やっぱりお酒をお供えするものだもんね」
「俺は…酒は飲めない」
「えっ、神様なのにお酒ダメなの?しかも『稲の神様』なんでしょ!?お酒って、お米からできるんだよ?」
「それくらい知ってる!それでも飲めないものは飲めないんだよ」
「そう…なんだ。神様なのに、なんかかわいそうだね…」
そう言って楓は不憫な子犬でも見るような目で俺を見た。
「なんだよその目…。酒が飲めない神様だっているんだ。それに『酒の神』は他にいるんだし、俺が飲めなくたっていいんだよ。てか…これ中身減ってないか?」
楓が差し出した一升瓶をよく見ると、中の酒は半分も入っていない。
「うん、もらってからちょっとずつ飲んでたから」
「いやお前、こんな飲みさしのもの人に堂々と贈るなよ!」
「違うよ、一緒に一杯やろうって意味だったの!でも下戸なんだもんね~え。『稲の神様』なのに、#お米からできてるお酒が飲めないんだもんねぇ?」
「よし!これは全部料理にぶち込むことにします」
「ちょっちょっと待って!そんなもったいないことしないで!お願いごめんなさい調子に乗りました許してください」
この後も楓とは一悶着、二悶着あったが、それでも何とかこのじゃじゃ馬娘を寝かしつけることに成功し、やっとの思いで俺は自分の寝室の布団の中に潜り込んだ。
はぁ。まったくとんでもない奴を抱え込んでしまったものだ。いくらバイトが居ないからと言って、果たしてあんなやつを雇ってやっていけるのだろうか。
ついつい神様として慈悲の心を発揮してしまったが、すでに先が思いやられてきた。
これからの生活に一抹の不安を抱えながら、俺は狭い寝室の布団の中で眠りについた。
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