「神様はつらいよ」〜稲の神様に転生したら、世の中パン派ばかりでした。もう妖を癒すことにします〜

あきゅう

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これが人の娘というものか…(前編)

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「これが神様の家かぁ!」

 俺の家にやってきた楓はまるで遊園地にやってきた子どものようにはしゃいでいた。案内するまでもなく、炊事場から風呂場から勝手に見て回っている。

 実は、この家は神社の敷地内にあるわけではなく、天界に存在している。診療所の廊下の奥にある扉は直接天界に繋がっていて、その扉を通れば、「天界にある俺の家」と「下界にある診療所」を簡単に行き来できるのだ。

「え!神様の家にも炬燵こたつがある~!」

 楓が興味津々に家中を探索しているのを眺めていると、庭に干しっぱなしの洗濯物が目に入った。
 縁側のガラス戸を開け庭に降りると、雲一つない紺青の夜空には大きな満月が出ていて、洗濯物を取り込むくらいなら灯りは必要なかった。

「何か神様の家って、普通の田舎の古いおうちって感じなのね」

 洗濯物の乾き具合を確かめている俺に、楓が後ろから声をかけた。

「荘厳な城でも想像してたのか?まぁ現実というのはこんなもんだ」

 確かに人間の民家ともそう変わらないこの家は、神様の住まいとしては少々侘しく見えるかもしれなかった。だが俺は、この慎ましやかにひっそりと佇む我が家を気に入っているのだ。


 俺が洗濯物を取り込んで居間に上がると、楓は肩をすぼめながら火のない炬燵に入っていた。本来ならそろそろ炬燵に火を入れてもおかしくない季節なのだが、うちの家では暖房費節約のために、まだ炬燵の火入れはしていなかった。

 というのも炬燵の火には、それ専用の『炬燵石』というものが必要なのだ。『炬燵石』は保温が効くように妖術がかけられた石で、何度か石の表面を手でこすると数時間発熱し続けるという便利なものだ。ただ何度も使用できるわけではなく、その効果が得られるのは数回ほど。
 だから俺は寒くて耐えられなくなる限界ぎりぎりまで、その『炬燵石』は使わないことに決めていた。

「あのう、ところで私はどちらで寝させてもらったらいいかな?」

「そうか、お前の部屋がいるよな」

 住み込みということならば、この娘の部屋を用意してやらないといけない。といっても客間などというものはこの家には存在しないので、掃除道具やら使わなくなった物がしまってあった物置しかなかった。

「こ、ここが私の部屋?これって、部屋なの!?」

「しかたないだろ。いきなりやって来て、おあつらえ向きの部屋を与えてもらえるほど、世の中は甘くないんだ。嫌なら、俺は別にここに住んでくれなくても構わないぞ」

「うぅ。わかりました。ありがたくここで寝させて頂きます」

 楓は口をとんがらせて、渋々といった表情を作る。

「じゃあ、とりあえずその大量の荷物を置いたら、飯にしようか」

「夕ご飯?私が作るわ!一応、居候の身になるわけだし、できることはやる」

「おぉそうか。それじゃ頼もうか…?けどその前に。実はさっきからずっと思ってたんだが、君…なにか臭うもの持ってないか?その…言いにくいんだけど、なんか君臭うんだよな」

「あーっと、もしかしたら『くさや』の臭い…かな?最近一緒に寝てから」

「はい!?『くさや』と一緒に寝る?」

 俺の聞き間違いだろうか。この娘はあの匂う食べ物ランキング上位に入る『くさや』と一緒に寝ていると言ったのか?それとも『くさや』という名前の彼氏でもいるのだろうか。いや、そんなわけないだろう。

「就職活動がうまくいかなくて悩んでた時に占いに行ったのね。そしたら『くさや』を毎晩抱いて寝ると、あの独特の香りで邪気が祓われて運気が上がるって言われて。ここしばらく『くさや』と一緒に寝てたの。…その臭いかな?」

 俺は絶句した。うら若き乙女が『くさや』と添い寝しているだと!?誰だ『くさや』と寝たら運気があがるなんて言った占い師は。妖《あやかし》よりよっぽど狂っている。

「お、お前。よくその状態でバイトの面接に来たな…!」

「だって、どうしようもなかったんだもん。気づいたらガス止められててシャワーも浴びれなくてさ。たぶんカード使いすぎて銀行のお金なくなってたんだと思うんだけどね」

 こいつ確か面談した時、お金の計算はできるとか言ってなかったか?…会計は絶対に任せられないな。本当に雑用くらいしか使えないかもしれない。

「もう…何からツッコんだらいいのか分からないが…とりあえず飯は後回しだ。まず風呂に入ってこい!」
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