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最終章

171 報告2

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「ジャンの話では、キュルスは裏社会で名の知れた魔術師ソーサラーであり殺人者マーダー。請け負った仕事内容に合わせ、後腐れのないよう時々破落戸を金で雇い手伝わせていたそうです。元来人嫌いらしく、キュルスの身の回りを世話する者は誰もいませんでした」


ロザリーを誘拐するためにキュルスが雇った破落戸の中で唯一生き残ったジャンの取り調べは、騎士団長であるアフィラムが執り行っていた。


「短期間で居処を変えていたキュルスが、長く侯爵家を拠点にしているというジャンの供述通り、魔法で巧みに不可視化されていた隠し部屋が見つかっております。違法薬の調合もそこで行なわせていたと…グラハム・ウィンザムが罪を認めました」



    ♢



一般的な魔法薬は、集めた素材を煮詰めたり、魔法を使って凝縮したものに術をかけながら、調合師がレシピ通りに生成する。
魔法薬を取扱う多くの国で、正規販売店の薬は用法や効能は勿論のこと、副作用も明白で、安心の適正価格となっていた。

調合師以外の魔法使いが生成した、庶民に馴染みの深い昔ながらの薬を民間魔法薬といい、その道の先達者となる魔女が長年の勘と匙加減で作り出す良薬、珍しい薬用植物を用いた奇薬などはこの部類に入る。

そして、黒魔法耐性薬のように禁止素材を使用したものや、効き目を大幅に強めるといった…欲望の赴くまま、人体に悪影響をもたらす危険性を度外視して生成される魔法薬を禁制品とし、違法薬物取締りの対象に定めた。
夢を叶える魔法の薬といえば聞こえはいいが、倫理観を欠いた禁忌の薬は安全面の保証が一切ない。


たとえば、性欲を増進させる“媚薬”。
男女の交わりをいざなう媚薬は、作用する時間が短く、身体に害のない素材を使っているのが特徴。液体を服用したり塗布することで、適度な性的興奮と滋養強壮の効果を得られる。相手の同意の下で正しく扱えば合法。ほとんどが政略結婚という貴族の夫婦生活を豊かにし、一部の娼婦たちには必須の人気薬となっていた。

しかし、自我を失う程の強力な“催淫剤”となれば…それは違法薬だ。催淫剤はここ数年で王国に多く出回り、心身を蝕まれた被害者は数え切れない。違法薬物事件としては最も多く犯人を捕えているというのに、薬を売り捌く大元の犯罪組織には辿り着けていなかった。



    ♢



名家と誉れ高いウィンザム侯爵家は、騎士団と連携して王国内の治安維持に努める近衛騎士隊を管理する立場。
悪人キュルスの手を借り、侯爵家当主の座を実兄カストルから奪い取ったグラハムは、その見返りとして騎士団の動向や捜査情報をキュルスに漏らし、邸に居場所を与え、自らも違法薬を売って顧客数を伸ばしながら利益を得ることに成功する。

そうして厳しい追跡の目を掻い潜り私腹を肥やし続けていたところ、難航する捜査に業を煮やしたアフィラムに嗅ぎつけられ、誘拐事件を起こしたキュルスと共に捕えられた。


グラハムは仕事のできない男ではなかったが、アフィラムの求める実直さよりも欲深さがひどく鼻につく。
未だ婚約者すらいないアフィラムに娘を嫁がせたいと目論むのはどの家門も同じ…とはいえ、その中でも押しが強い。パーティーの度に他家の令嬢を辱めるプリメラの姿からは、父親であるグラハムの人間性までもが透けて見える。

グラハムは、間もなく成人を迎えるカストルの息子ケルビンを後継者として大切に育てるふりをして…外の世界から隔離し盲従させ、精神疾患があるために後見人役を買って出ると装う算段まで整える徹底ぶり。権力を手放す気などさらさらなかった。


だが、グラハムの望みは叶うことなく終わりを迎える。
有能なキュルスさえ囲っておけば何とでもなると、支配者にでもなった気分だったに違いない。
大魔術師レイヴンにより、キュルスがあっけなく帝国魔塔の監獄送りになったと聞いた瞬間、この世の終わりを告げられたかのようなグラハムの顔が…全てを物語っていた。



    ♢



「…魔術師ソーサラーであり殺人者マーダー…そして、呪術師シャーマンだ…」


大会議室内のピリッと緊張した空気に、レイヴンの発する冷ややかな声色が妙に似つかわしく響く。


「先にご報告した通り、カストル・ウィンザムとその嫡男はグラハムの依頼を受けたキュルスによって呪殺されております。大公殿下に呪いをかけたのも、同じくキュルスの仕業です」




──────────




「「…っ…!!!!」」


レティシアとゴードンは同時に息を呑む。席を立ったゴードンが、何ら変わらぬ様子のアシュリーを窓越しに見つめていた。


「ゴ…ゴードンさん?!」

「…いや…初めて聞きました。おそらく、殿下も王宮で報告を受けたばかりなはず…」

「えぇ?…そんな…」


(…殿下と関わりがあると考えはしたけれど…まさか…)


古の大魔女スカイラの予想通り、9歳だったアシュリーを誘拐した女には呪術をよく知る協力者…キュルスがいたのだ。



    ♢



「呪術には媒体や対価が必要なため、大公殿下を攫った犯人は自らの身命を差し出し、絶命すれば呪詛が発動するよう仕組みました。キュルスは精神魔法を使い、大公殿下の潜在意識に古代のまじないを深く刻みつけたのです…当時の記憶がないのもその影響でしょう」


『随分と手が込んでいる』と、やや呆れたように言葉を続けたレイヴンには、誘拐犯の女がそうまでする…想い人アヴェルへの異常な執着心など全く理解できないだろう。


「キュルスは人狼ライカンの血を継いでいながら魔力を纏い、禁忌の術をも扱う奇特な存在。異形と呼ばれている者でした」

「異形…?」

「はい、先ずは…その生まれについてご説明をいたします」


国王クライスが険しい顔つきで頷く。
レイヴンは全員の顔を一度ぐるりと見回し、ルークから得た情報に仮説を交え、キュルスについて淡々と語った。


「…キュルスが持つ魔力は私が全て魔法陣で奪取しましたが、奇妙なことに…他人の魔力を寄せ集めたような質の違うものが混ざり合っていました」

「他人の魔力?」

「魔力の譲渡など聞いたことはありません。殺した相手の魔力を搾取したのでは?」

「それにしても、混ざり合うとは…おかしくありませんか?」


クライスに続いて、アフィラム、アシュリーも口を開いた。


「記憶を探って覗き見れば、キュルスは多くの罪を犯し、我々が憤りを覚える程様々な術を器用に使いこなしていました。つまり、キュルスの固有スキルは自身の体内に他人の魔力を吸収し融合させ、それにより相手の能力を写し取るものであったと思われます」

「…模倣者コピーキャット…?」

「だとしたら…かなり珍しいスキルになる」

「100年近く生きているキュルスは、途方もない数の能力を手にしていたはずです。だからでしょう、過信しているように見受けられました…」


魔法師団長イーサン、宰相セドリックは互いに目を合わせた後、レイヴンに視線を向け…静かに喉を鳴らす。

上位魔法の魔力吸収も、固有スキルであれば魔法陣を展開せずに相手を容易く無力化できる。ただし、当然ながら魔力のない者や自分より魔力量が多い強者には効果がない。キュルスはルークとレイヴンを前にして、相性が悪いと言わざるを得なかった。

魔力量は、器となる身体の限界値を超えたり、逆に使い果たすなどの無理をすれば魔力の源である核を壊してしまう。
許容の範囲はそう簡単に広げられるものではなく、キュルスが固有スキルを使い続けるには魔力を溜め込み過ぎず適度に放出するしか方法はない。
闇社会へ身を置くようになった始まりは、手っ取り早く魔力放出が可能で、報酬まで貰えるという利点があったからだった。




──────────




「思っていたより時間がかかりましたね。そろそろ、報告も終わりそうです」

「…えぇ…」

「レイヴン様はこちらを確認しておられました、レティシアはご挨拶をしたほうがよさそうですが…」


沈鬱な表情のレティシアを見て、ゴードンは口籠る。


「お会いしたいわ。レイヴン様にはお礼を申し上げなければいけないし、同化が済んだこともお知らせしないと…」

「殿下は、すぐにこちらへいらっしゃるはずです。レティシアが早くに退室している場合は、殿下に知らせが入る手筈になっていましたから」

「…あ…相変わらず、王宮では手抜かりない…」 

「入れ違いにならないよう、少し待っていましょう」


(え?…私って今どんな顔してる…いろいろ大丈夫かな?)










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読んで頂きまして、ありがとうございます!(遅い時間の公開で申し訳ありません)








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