171 / 199
第12章
171 報告2
しおりを挟む「ジャンの話では、キュルスは裏社会で名の知れた魔術師であり殺人者。請け負った仕事内容に合わせ、後腐れのないよう時々破落戸を金で雇い手伝わせていたそうです。元来人嫌いらしく、キュルスの身の回りを世話する者は誰もいませんでした」
ロザリーを誘拐するためにキュルスが雇った破落戸の中で唯一生き残ったジャンの取り調べは、騎士団長であるアフィラムが執り行っていた。
「短期間で居処を変えていたキュルスが、長く侯爵家を拠点にしているというジャンの供述通り、魔法で巧みに不可視化されていた隠し部屋が見つかっております。違法薬の調合もそこで行なわせていたと…グラハム・ウィンザムが罪を認めました」
♢
一般的な魔法薬は、集めた素材を煮詰めたり、魔法を使って凝縮したものに術をかけながら、調合師がレシピ通りに生成する。
魔法薬を取扱う多くの国で、正規販売店の薬は用法や効能は勿論のこと、副作用も明白で、安心の適正価格となっていた。
調合師以外の魔法使いが生成した、庶民に馴染みの深い昔ながらの薬を民間魔法薬といい、その道の先達者となる魔女が長年の勘と匙加減で作り出す良薬、珍しい薬用植物を用いた奇薬などはこの部類に入る。
そして、黒魔法耐性薬のように禁止素材を使用したものや、効き目を大幅に強めるといった…欲望の赴くまま、人体に悪影響をもたらす危険性を度外視して生成される魔法薬を禁制品とし、違法薬物取締りの対象に定めた。
夢を叶える魔法の薬といえば聞こえはいいが、倫理観を欠いた禁忌の薬は安全面の保証が一切ない。
たとえば、性欲を増進させる“媚薬”。
男女の交わりを誘う媚薬は、作用する時間が短く、身体に害のない素材を使っているのが特徴。液体を服用したり塗布することで、適度な性的興奮と滋養強壮の効果を得られる。相手の同意の下で正しく扱えば合法。ほとんどが政略結婚という貴族の夫婦生活を豊かにし、一部の娼婦たちには必須の人気薬となっていた。
しかし、自我を失う程の強力な“催淫剤”となれば…それは違法薬だ。催淫剤はここ数年で王国に多く出回り、心身を蝕まれた被害者は数え切れない。違法薬物事件としては最も多く犯人を捕えているというのに、薬を売り捌く大元の犯罪組織には辿り着けていなかった。
♢
名家と誉れ高いウィンザム侯爵家は、騎士団と連携して王国内の治安維持に努める近衛騎士隊を管理する立場。
悪人キュルスの手を借り、侯爵家当主の座を実兄カストルから奪い取ったグラハムは、その見返りとして騎士団の動向や捜査情報をキュルスに漏らし、邸に居場所を与え、自らも違法薬を売って顧客数を伸ばしながら利益を得ることに成功する。
そうして厳しい追跡の目を掻い潜り私腹を肥やし続けていたところ、難航する捜査に業を煮やしたアフィラムに嗅ぎつけられ、誘拐事件を起こしたキュルスと共に捕えられた。
グラハムは仕事のできない男ではなかったが、アフィラムの求める実直さよりも欲深さがひどく鼻につく。
未だ婚約者すらいないアフィラムに娘を嫁がせたいと目論むのはどの家門も同じ…とはいえ、その中でも押しが強い。パーティーの度に他家の令嬢を辱めるプリメラの姿からは、父親であるグラハムの人間性までもが透けて見える。
グラハムは、間もなく成人を迎えるカストルの息子ケルビンを後継者として大切に育てるふりをして…外の世界から隔離し盲従させ、精神疾患があるために後見人役を買って出ると装う算段まで整える徹底ぶり。権力を手放す気などさらさらなかった。
だが、グラハムの望みは叶うことなく終わりを迎える。
有能なキュルスさえ囲っておけば何とでもなると、支配者にでもなった気分だったに違いない。
大魔術師レイヴンにより、キュルスがあっけなく帝国魔塔の監獄送りになったと聞いた瞬間、この世の終わりを告げられたかのようなグラハムの顔が…全てを物語っていた。
♢
「…魔術師であり殺人者…そして、呪術師だ…」
大会議室内のピリッと緊張した空気に、レイヴンの発する冷ややかな声色が妙に似つかわしく響く。
「先にご報告した通り、カストル・ウィンザムとその嫡男はグラハムの依頼を受けたキュルスによって呪殺されております。大公殿下に呪いをかけたのも、同じくキュルスの仕業です」
──────────
「「…っ…!!!!」」
レティシアとゴードンは同時に息を呑む。席を立ったゴードンが、何ら変わらぬ様子のアシュリーを窓越しに見つめていた。
「ゴ…ゴードンさん?!」
「…いや…初めて聞きました。おそらく、殿下も王宮で報告を受けたばかりなはず…」
「えぇ?…そんな…」
(…殿下と関わりがあると考えはしたけれど…まさか…)
古の大魔女スカイラの予想通り、9歳だったアシュリーを誘拐した女には呪術をよく知る協力者…キュルスがいたのだ。
♢
「呪術には媒体や対価が必要なため、大公殿下を攫った犯人は自らの身命を差し出し、絶命すれば呪詛が発動するよう仕組みました。キュルスは精神魔法を使い、大公殿下の潜在意識に古代の呪いを深く刻みつけたのです…当時の記憶がないのもその影響でしょう」
『随分と手が込んでいる』と、やや呆れたように言葉を続けたレイヴンには、誘拐犯の女がそうまでする…想い人アヴェルへの異常な執着心など全く理解できないだろう。
「キュルスは人狼の血を継いでいながら魔力を纏い、禁忌の術をも扱う奇特な存在。異形と呼ばれている者でした」
「異形…?」
「はい、先ずは…その生まれについてご説明をいたします」
国王クライスが険しい顔つきで頷く。
レイヴンは全員の顔を一度ぐるりと見回し、ルークから得た情報に仮説を交え、キュルスについて淡々と語った。
「…キュルスが持つ魔力は私が全て魔法陣で奪取しましたが、奇妙なことに…他人の魔力を寄せ集めたような質の違うものが混ざり合っていました」
「他人の魔力?」
「魔力の譲渡など聞いたことはありません。殺した相手の魔力を搾取したのでは?」
「それにしても、混ざり合うとは…おかしくありませんか?」
クライスに続いて、アフィラム、アシュリーも口を開いた。
「記憶を探って覗き見れば、キュルスは多くの罪を犯し、我々が憤りを覚える程様々な術を器用に使いこなしていました。つまり、キュルスの固有スキルは自身の体内に他人の魔力を吸収し融合させ、それにより相手の能力を写し取るものであったと思われます」
「…模倣者…?」
「だとしたら…かなり珍しいスキルになる」
「100年近く生きているキュルスは、途方もない数の能力を手にしていたはずです。だからでしょう、過信しているように見受けられました…」
魔法師団長イーサン、宰相セドリックは互いに目を合わせた後、レイヴンに視線を向け…静かに喉を鳴らす。
上位魔法の魔力吸収も、固有スキルであれば魔法陣を展開せずに相手を容易く無力化できる。ただし、当然ながら魔力のない者や自分より魔力量が多い強者には効果がない。キュルスはルークとレイヴンを前にして、相性が悪いと言わざるを得なかった。
魔力量は、器となる身体の限界値を超えたり、逆に使い果たすなどの無理をすれば魔力の源である核を壊してしまう。
許容の範囲はそう簡単に広げられるものではなく、キュルスが固有スキルを使い続けるには魔力を溜め込み過ぎず適度に放出するしか方法はない。
闇社会へ身を置くようになった始まりは、手っ取り早く魔力放出が可能で、報酬まで貰えるという利点があったからだった。
──────────
「思っていたより時間がかかりましたね。そろそろ、報告も終わりそうです」
「…えぇ…」
「レイヴン様はこちらを確認しておられました、レティシアはご挨拶をしたほうがよさそうですが…」
沈鬱な表情のレティシアを見て、ゴードンは口籠る。
「お会いしたいわ。レイヴン様にはお礼を申し上げなければいけないし、同化が済んだこともお知らせしないと…」
「殿下は、すぐにこちらへいらっしゃるはずです。レティシアが早くに退室している場合は、殿下に知らせが入る手筈になっていましたから」
「…あ…相変わらず、王宮では手抜かりない…」
「入れ違いにならないよう、少し待っていましょう」
(え?…私って今どんな顔してる…いろいろ大丈夫かな?)
────────── next 172 古傷3
読んで頂きまして、ありがとうございます!(遅い時間の公開で申し訳ありません)
14
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー

王妃の鑑
ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。
これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

冷遇された王妃は自由を望む
空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。
流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。
異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。
夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。
そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。
自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。
[もう、彼に私は必要ないんだ]と
数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。
貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

妖精の取り替え子として平民に転落した元王女ですが、努力チートで幸せになります。
haru.
恋愛
「今ここに、17年間偽られ続けた真実を証すッ! ここにいるアクリアーナは本物の王女ではないッ! 妖精の取り替え子によって偽られた偽物だッ!」
17年間マルヴィーア王国の第二王女として生きてきた人生を否定された。王家が主催する夜会会場で、自分の婚約者と本物の王女だと名乗る少女に……
家族とは見た目も才能も似ておらず、肩身の狭い思いをしてきたアクリアーナ。
王女から平民に身を落とす事になり、辛い人生が待ち受けていると思っていたが、王族として恥じぬように生きてきた17年間の足掻きは無駄ではなかった。
「あれ? 何だか王女でいるよりも楽しいかもしれない!」
自身の努力でチートを手に入れていたアクリアーナ。
そんな王女を秘かに想っていた騎士団の第三師団長が騎士を辞めて私を追ってきた!?
アクリアーナの知らぬ所で彼女を愛し、幸せを願う者達。
王女ではなくなった筈が染み付いた王族としての秩序で困っている民を見捨てられないアクリアーナの人生は一体どうなる!?
※ ヨーロッパの伝承にある取り替え子(チェンジリング)とは違う話となっております。
異世界の創作小説として見て頂けたら嬉しいです。
(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ペコ
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる