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最終章

164 終結4

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「大公がふくれっ面をするだなんて、レティシアが絡むと感情がより豊かだこと」

「何を仰っているんですか。レティシアを邸に連れて帰れないとお聞きしたので、理由をお尋ねしているまで…ふくれっ面などしておりません」


そよ風が爽やかなテラスで、プイッとそっぽを向くアシュリーの整った横顔を、サオリは微笑ましい気持ちで眺める。
こうして小さなテーブルを挟んで向かい合うだけでも、ついこの間までは夢のように感じていた。

庭師ザックの手掛けた美しい薔薇園から香る華やかで芳醇な匂いを、サオリは胸いっぱいに吸い込む。


「まぁ…美味しい紅茶を飲んで一息ついたらどう。今後は、レティシアを大公邸に住まわせるつもり?本人の了承は得たの?」

「…まだです…でも…もう離れていたくないので…」

「そんな獲物を狙うみたいな目をして、何が何でもって顔ね。気持ちは分かるけれど、数日は聖女宮で預かるわ」

「…………」


大公邸は未だ改装中。
レティシアを迎え入れる予定の部屋は特別仕様な上に、アシュリーが最も力を注いで丁寧にあつらえているため未完成。胸を張って準備万端とは…とても言い難い状況だった。


「“月のもの”が来たのよ」

「…月の…えっ…本当ですか?!」

「食欲はあるのに少し気怠そうにしていて、湯浴みをさせて分かったの。こういう時に必要なのは、恋人よりも姉でしょう?」

「そ、そう…ですね」

「これで、レティシアは完全にこの世界の住人となったわ。いろいろあったから、心身に影響が出るかもしれない。念の為、一週間は休養を取って様子を見たほうがいいんじゃないかしら」

「…分かりました…」



    ♢



「レティシアのことは私に任せて、大公は誘拐の捜査をお願いね。このままでは…ザックが浮かばれないわ」

「はい、騎士団と協力して調べております」


ゴードンが捕縛したジャンの身柄は、王国騎士団へ引き渡された。キュルスに雇われる度に汚れ仕事を行っていたジャンは、その悪事を自供したものの…表立って騒がれた事件が一つもなく、裏付け作業は進んでいない。

キュルスとウィンザム侯爵の双方が関わっていたのは、違法薬物の闇取引。キュルスは供給側、侯爵は売買の仲介役として長年犯罪に手を染めていた。
今回の騒ぎで、侯爵家からは新たな証拠も挙がっている。


「狙われたロザリーはユティス公爵家の住み込み使用人、敷地内から出る機会はそうありません。ザックは、公爵邸への侵入に手を貸すよう強要されていました」

「彼は誇り高き庭師よ、そんな要求…受け入れるはずがない」

「おそらく、断ったのでしょう。だから、弟子たちを人質に取られ…脅された」

「…最低だわ…」

「えぇ…本当に。主犯のキュルスは、典型的な裏社会の人間。陰湿で残忍、目立つ立ち回りを好まない。魔法耐性を持つロザリーを攫うには、花の香りを充満させた荷馬車があれば十分だと言っていたそうです」

「花と荷馬車…違和感なく持ち込めるのが、庭師だったというわけね」


俯くサオリの両手は、怒りと悲しみで震えていた。


「レティシアには、ザックが亡くなったことを伝えられなかったの。…まだ、新しい国へ来たばかりよ。それなのに、数少ない親しい知り合いがこんな形で命を落としただなんて聞いたら、きっとショックを受けるわ…」

「…聖女様…」




──────────




「レティシア様っ!!」

「ロザリー!」


少しツリ目の大きな瞳を潤ませたロザリーが、ルークに連れられて治療室までやって来た。
グスグスと鼻をすすって泣きべそをかきながらレティシアに何度も謝るロザリーを、ルークが温かい眼差しで見つめている。


「無事な姿でこうして会えたのは、私たちを助けようと力を尽くしてくださった皆様や、神様のお陰ね…。ルークには大変な思いをさせてしまって、ごめんなさい」

「…はい。お兄ちゃん、心配かけてごめんね。助けに来てくれてありがとう」

「よしてくれ。護衛である俺がしっかりしていれば、未然に防げた。それに、ロザリーが血の匂いを残してくれたから、ウィンザム侯爵家へ辿り着けたんだ」

「血の匂い?」

「…あ、手のひらをピンで少し傷つけただけです。お兄ちゃんなら、気付いてくれると思ったの」

「…うん」


ソファーに並んで座る兄妹は、顔を寄せて頷き合う。
小さなガーゼが貼られたロザリーの手を、ルークは大きな手で優しく包み込んだ。


(…二人は、強い絆で繋がっているわ…)


「レティシア様、私たちは特殊な血を持つ“赤髪の一族”なんです。誘拐事件も…それが原因で」

「赤髪…赤い髪?…ルークが狼男になるのは、その血を持っているからなの?」

「異世界では、俺みたいな人間を狼男って呼ぶのか?」

「…えぇ。満月の夜に吠えて、変身するのが狼男よ」

「俺たちの祖先は、月の満ち欠けに関係なく半獣化する人狼ライカンだ。まぁ…あくまでも昔の話で、子孫である一族は半獣化しない」

「じゃあ、ロザリーは変身しないのね」

「しない、俺だけが特別なんだ。といっても、俺も半獣化したのは殿下のお側に仕えてからの話だけどな」

「あの時は、お兄ちゃんが全裸になって大変だったのよね」

「言うな」


今のルークのトラウザーズには魔法がかかっていて、破れたりしないらしい。万が一に備えて、尻尾にも対応する優れもの。


人狼ライカン…私に教えてくれなかったのは、一族の名を明かせない理由があったからなのね。ロクでもないことを考える人間はどの世界にもいる…ロザリーを狙うなんて許せない!」


ベッドで上半身を起こして両腕を組み、鼻息を荒くするレティシアの様子に、ルークとロザリーはポカンとする。


「…どうしたの…兄妹でそっくりな顔して?」

「一族かどうかは別として…獣化すると知ったら大抵の女は気味悪がったり怯えるから、俺なら教えない。凶暴だと迫害を受けた時代もあった獣人族は、独自の国家を築いているくらいだ」

「…いろんな種族があってこそ、ファンタジーなのに…」

「はぁ?」

「いや…ほら、ここは神獣がいる王国でしょう?」

「その青い目には、神獣と俺が同じに見えるのか?倉庫で俺の姿を見て、驚いていただろう?」

「サハラ様が獣化しても、真っ赤な狼を初めて見ても、驚くのは当たり前じゃない。でも、その…目の横の傷が…もしかしたらルークかなって」

「…レティシア様は…やっぱりすごい!!」

「ロザリーったら大袈裟ね。ルークは動きが素早くて耳も鼻も?いいし、狼の血を引くと分かって納得しただけよ。私はルークだから怖くないの。それに、あなたは忠犬でしょう?あ、忠狼?」

「そんな言葉あるのかよ…もういい、分かった。信頼されているのなら、俺もうれしいよ」

「これからも、私の護衛をよろしくね」

「お兄ちゃん、しっかりね!」

「…分かった…」


右のこめかみにある古傷を指先でなぞりながら、ルークは照れくさそうに目線を逸らす。



─ コン、コン ─



「誰かしら?」

「あ、私が」


世話係らしく、ロザリーがサッと席を立ち入口へ向かった。




──────────




「やっと…二人きりになれた」


兄妹と入れ違いに入って来たアシュリーは、少し疲れた表情でベッドの端に腰掛け、癒しを求めるようにレティシアの髪を撫でる。


「月のものが来たと聞いたが…熱はあるのか?」

「今は大丈夫みたい」

「一週間はゆっくり休んでいい。何か身体に変化があれば、すぐに教えてくれ」


アシュリーはレティシアの額にチュッと口付けて、熱い眼差しを注ぐ。


「…心配だ…」

「ふふっ…病気じゃないから、そんなに心配しないで。四日間くらいは身体が怠くて重いはず。同化した変化といえば、指先まで神経が行き届いて…感覚がよりハッキリ伝わってくる感じ?」

「…感覚か…今、抱き締めたら駄目かな?」

「え?」

「レティシアが…不足してる」


サオリからは、レティシアが目覚めるまで、アシュリーが一晩中側で寝ずに付き添っていたと聞いていた。


(不足してるのは、睡眠じゃないかしら?…だけど…)


「私も…殿下が足りないかも。抱き締めてくれる?」



    ♢



「レティシア」


名を呼ばれて、アシュリーの胸の中で温もりに包まれ微睡んでいたレティシアが顔を上げると…あっという間に唇を奪われる。


「…ん…殿下…」

「ごめん…我慢できない」


何度も角度を変えてじっくりと甘く食む口付けは、いつもより愛情がたっぷりで優しくて蕩けてしまいそう。
レティシアはアシュリーの想いに応え、首元へしっかりと腕を回した。


「…口を開けて…」

「……は……」


熱い吐息を逃すように開いたわずかな隙間からレティシアが差し出す舌に…アシュリーが吸いついた瞬間、口付けはより深く力強く変わっていく。


「…あっ……ふ…」


アシュリーは唇の隙間を覆ってねっとりと舌を絡め取り、レティシアが喘ぐと今度はチュッチュッと啄み…快感に小さく震える身体を抱いて離さない。


完全に同化したせいか…アシュリーの強い魔力香にも、レティシアの意識が途切れることはなかった。










────────── next 165 休養

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