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最終章

162 終結2

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「走れっ!!」

「殿下の魔力を探せば、そこがゴール?!」

「そういうことだ」

「“魔力探知サーチ”」



騎士団長アフィラムの到着に合わせ、ウィンザム侯爵家の正門側へ移動したゴードンたちは、王国騎士団に上手く紛れて真正面から邸内に入る。
抵抗する侯爵家の結界の一部を解除し、被害を最小限に抑えつつ乗り込むことに手を貸した魔法使いは、魔法師団長イーサンだった。

夜でも皓々と光が灯された正門付近は、武装した正騎士の覇気漲る存在感に気圧され慌てふためく侯爵家の私兵や使用人たちで騒然となる。
そんな中、従者s四人は隙を見て暗がりへ一気に駆け出す。


聖物との契約に成功したアシュリーが『一足早くレティシアの下へ向かった』さらに『特殊結界を破るだろう』と、ユティス公爵から吉報を受けたゴードンは、アシュリーの魔力を探知して居場所を特定する算段を立てた。
カリムなら、広範囲でも精度の高い探知魔法を使える。手分けして探し回るより、ルークがロザリーの気配を強く感じ取っていた裏門方向に的を絞り、全員で行動したほうが無駄がないと判断した。


「…っ?!……ととと…」

「カリム?」

「何やってる?!」

「…うわっ…」


先頭を走っていたカリムが減速したために、ゴードン、チャールズ、マルコと…順に後ろが詰まった。


「ゴードン、あそこにヤバい人がいます!」

「…何?…どこだ…暗いな…」


カリムの指差す先、平屋根の建物と思われる朧気な輪郭にゴードンが目を向けていると、チャールズがカリムの背中を叩く。


「お前、誰を探してんだっ」

「や…スゴ過ぎて…しかも、こっちの魔力探知サーチに気付いた。同じ場所に殿下がいる」

「そんなヤバい奴と一緒にか?!」

「多分、敵じゃない。殿下の魔力は揺らぎがなくて落ち着いていた。いつもより少し弱く…見えた気はするけど」

「「「急ごう!!」」」



    ♢



「ゴードン、あれです」

「獣臭…厩舎だ。荷馬車をここへ停めたのか?…っと」

「…これは…」

「また…随分と派手に」


目指す建物が厩舎近くの倉庫だと目視できる距離まで近付くと、そこには…十人程の兵士が倒れた状態で呻いていた。
呼びかけても唇を震わせパクパクするだけで、誰一人まともな受け答えはできそうにない。


「どの兵士も下半身に爪痕、足をやられています。殿下ではなく、ルークの仕業でしょう」

「あぁ…傷が大きい。ルークのやつ、興奮してかなり巨大化したようだな。服装から見てこの邸の護衛兵、レティシアたちの誘拐とは直接関わりがなさそうだ。人狼ライカンの咆哮を間近で何度も浴びて、意識が飛んだんだろう」

「あいつ…一体、どんな姿になってんだよ」

「…動物たちは、咆哮を聞いただけで直感的に怯えてたのか…」


頷いて妙に納得しているマルコの呟きを聞き流し、ゴードンは危険がないか警戒しながら慎重に辺りを見回す。
王国騎士団の登場で邸の中心部に注目が集まり人影はなく、誘拐犯の拠点らしき倉庫はルークが奇襲をかけたためか扉が大破、内部の明かりが外まで光芒を伸ばしている。

ルーク、アシュリー…そして、ヤバい人物(おそらく大魔術師レイヴン)。
すでに誘拐犯が制圧された後にも思えるこの状況下で、ゴードンの視線は倉庫の入口を彷徨っていた。


「“拘束リストレイ”」

「ギャッ!!!!」


突然、倉庫の前で叫び声が上がる。
戦闘不能の兵士と従者s以外誰もいなかったはずの空間に、両腕と胴体を太い魔法拘束具で縛られた男がパッ!と現れ…つんのめって顔面から倒れ込んだ。


「…痛ぇ…」

透明化魔法インビジブルで覗き見か?」

「…っ…人狼ライカンの仲間!…いや、何で?!」


魔法で姿を消して息を潜めるように隠れていた男は、現状を理解できずに混乱…地面の上で身体を反り返らせ、拘束具から抜け出そうと全力で無駄な抵抗を試みる。
近距離の魔力探知サーチに引っかかった、要するに…隠蔽の術が緩く魔力が漏れ出ていたのだが、その間抜けさに気付いていない様子。

ステルス系の魔法をよく扱うゴードンは、自分と同じく裏の人間のニオイがプンプンする男を前に、何となく顔をしかめる。


「ま、待てっ…頼む…頼むから…命だけは助けてくれっ!何でもする!殺さないで!!」

「“騒ぐなサイレント”」

「…………」


ゴードンが口まで封じて捕縛した男は、キュルスに雇われた破落戸の一人…下級使用人の宿舎から高みの見物をしていたジャン。

キュルスが人狼ライカンに吹っ飛ばされるという予想だにしていない事態に直面し、この場を一旦離れるつもりでいたジャンは、出来心から倉庫に近付き…とんでもなく殺伐とした現場を目撃した後だった。


「騎士団に引き渡しますか?」

「今は時間が惜しい。空間魔法で囲って、その辺に放置しておけ。殿下のところへ行くぞ」

「「「はい」」」




──────────
──────────




「お前には、魔塔の地下牢が相応しい」


何も言わずに転がっているキュルスと、その魔力を吸い取った魔法陣を見ていたレイヴンが、静かに告げる。

キュルスは、一生出られない闇の監獄グルームプリズンと称される魔塔の牢獄行きが決まった。
レイヴンは四方封陣を解くと、帝国魔塔の地下牢獄への転移魔法陣にスルスルと書き換えていく。

程なくして、キュルスは謎だけを残し…監獄へ強制収容された。



    ♢



「レティシアは、安息魔法で眠らせました」

「血生臭い場所で目を覚ますくらいなら、そのほうがいい」


肯いたレイヴンは、アシュリーの胸に半分顔を埋めて寝息を立てるレティシアの頬に、いつも通り優しく触れて無事を確かめる。
ふと…輝きを失った銀の指輪に目を留め、同時にアシュリーの指にかろうじて嵌っている対の指輪ペアリングにも気付いた。


「…………」

「レイヴン殿から、レティシアのことを頼まれていたというのに…申し訳ない」

「私には…加護や魔術で身体を守ってやる力はあっても、彼女の心を支える力がない。だから、大公殿下にお願いしたまで…サハラの言う通り、あなたが適任だったように思う…」


少し寂し気に微笑んだレイヴンが荷台の床に手を当て呪文を唱えると、アシュリーとレティシアは清廉な空気に包まれる。


「念の為、状態異常の解除と浄化ディスペルパージをしておきます」

「ありがとうございます。…身体が楽に…ルークも魔法が効くといいのにな」

「こればっかりは、仕方がないです」


人狼ライカンの姿となった後、アドレナリンが切れたルークは半日体力が半減してしまう。ルークの場合、それは人並になるという意味。


「背中に傷跡があるようだが…もしかすると、私の弟の力ならば治せるかもしれない」

「……私は、赤髪の一族です。魔法は効きません…」

「効かないのではなく、極めて魔法が効きにくい種族では?かつて赤毛の人狼ライカンが持っていた魔法耐性の能力を引き継ぐ一族は、神聖力のように非常に強力な魔法でなければ効かないという…私の知識はどこか間違っているか?」

「…っ…よくご存知で…」 

「赤毛の人狼ライカンの血は、魔力とは水と油の関係だとか。ならば、魔力を取り込んで魔術を使うあの男は、明らかにおかしいな」

「…………」


赤髪の一族は、人狼ライカンから魔法を弾く能力と、赤毛、ブルーグレーの瞳を受け継いできた。
変化の術が解けたキュルスは、赤い髪色に琥珀色の瞳…姿形から、亜種だと思われる。我を忘れて大暴れする程、本来の容姿には戻りたくなかったのだろう。

レイヴンは、一族の証である赤い髪を隠し…ブルーグレーの髪に変えたキュルスの姿を思い浮かべた。


「ブルーグレーか…余程手に入れたかったと見える」




──────────




「殿下!こちらにいらっしゃいますか!!」

「ゴードン、私はここにいるぞ!」


うっすら砂埃が舞う倉庫に入ったゴードンたちは、漂う血の臭いと大魔術師から感じる重苦しい魔力に圧倒され…一瞬足を止める。

先に口を開いたのは、紫色の魔法陣にヒラリと降り立ったレイヴンだった。


「帝国魔塔のレイヴンだ。主犯の男は禁忌を犯した違法魔術師ルールブレイカーであったため、魔塔にて預かる。身柄は渡せないが、協力はしよう」

「レイヴン様、初めてご挨拶いたします。大公付従者のゴードンにございます。お言葉は王国騎士団へ必ず申し伝えます」

「よろしく頼む。…それから…」


レイヴンは、徐ろに倉庫の隅に置かれたワゴンを指し示す。


「あの中に何人か閉じ込められている。結界による拘束は解けているはずだ、助け出してやるといい」


そう言った直後、レイヴンはアシュリーに頭を下げ、魔法陣と共に一瞬で消えた。










───────── next 163 終結3

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