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最終章

147 二人きりの夜

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「ねぇ…ルーク、今朝もこれやったんじゃないの?」

「いや、朝とは違う」


剣術の稽古は休め…と、レティシアに言っていたアシュリー本人が、真剣を使用してラファエルと激しく打ち合っている。


(ふぅん…やっぱり)


鍛錬室では、レティシアの知る剣士同士の手合わせではなく、見たこともない戦いが繰り広げられていた。
どうやら、アシュリーが日課にしている朝稽古とも異なるらしい。

アシュリーの剣は青い炎、ラファエルの剣は赤い炎を纏った魔法の剣。剣を振り下ろす度、ゴウッと…恐ろしい音と共に風雪や風焔がまるで獣のように相手を襲う。
それを互いに薙ぎ払いながら攻撃を繰り出す動きが早く、残像というのか?二色の絵の具が混ざり合ったパレットを眺めている気分。


(改めて…本っ当に、とんでもない世界に来たわね)


漫画やアニメさながら…別次元過ぎて、レティシア自身の剣術の勉強には全くならないが、見学が楽しくないわけではなかった。
時折、二人が間合いをグッと詰め、燃え盛る剣が重なって睨み合う。その上半身裸の美男子たちの…緊張感に引き締まり隆起する筋肉は、レティシアへのご褒美みたいなもの。


(…完璧で、美しい肉体だなぁ…)


一方で、隣に座るルークは何やらつまらなそう。
二人の動きを目で追っている様子から、動きたくてウズウズしているのが分かる…ちょっと貧乏ゆすりが激しめ。

レティシアと並び、防御壁シールドといわれるもので囲われているために、窮屈さを感じているのかもしれない。


「ラファエル様が言ってた…魔法剣士って、こういうこと?」

「あぁ。ラファエル様は火の魔法を扱うのが得意で、攻撃力が高い。殿下はあらゆる魔法をお使いになるが、今は氷魔法を…これは珍しい属性だから、ラファエル様は苦戦を強いられている」

「…え、あれで?」

「攻撃より、防御する手数のほうが多い。
保護魔法に加えて、殿下は防御壁シールドを部屋全体に張り巡らせながら戦っておられる。力の差は歴然だな」

「…殿下って…すごいんだ」

「は?」


『何を今さら?』と、ルークが呆れた顔をする。


(いやいや、凡人の私がいつ戦闘シーンに登場したってのよ?!)


「百聞は一見に如かず。私は目にする機会がなかったから」

「そう言われれば…そうだが…。
魔法剣士でも、氷魔法とやり合える機会など普通はない。ラファエル様はかなり強いが、もっと強くなりたいと高みを目指している」

「向上心があるのね」

「公爵家…新しい家族のためだろう。俺がロザリーを守りたいのと同じだ」

「…そっか…」


ラファエルは、家督争いの末…愛する家族の命を理不尽に奪われた過去を持つ。
魔力を解放したことで奇跡的に生き残り、瀕死の状態だったところをアシュリーとサオリに助けられ、九死に一生を得る。

貴族の最も醜い部分を身を以て知ったラファエルは、たとえ名を変えたとしても…忌まわしい記憶からは逃げ出せなかったはず。
それでも、懸命に頑張ってここまで辿り着いたのだ。


(彼なら、きっと公爵家を守っていけるに違いないわ)


レティシアがラファエルに目を向けると、稽古が終わって床に座り込んでいた。


「ラファエル、今の感じならほぼ無傷だな…剣術は十分に力がある。魔法での攻防戦もしっかり学んだほうがいい。同時に使えるようになれば戦術も変化する、かなり楽になるぞ」

「…は、はい。大公殿下…ありがとうございました」

「魔力の扱い方も上手くなった。まぁ、叔父上から指導を受けていれば当然か」


少し息を切らして頭を下げるラファエルは、髪をクシャクシャとアシュリーに撫でられ、されるがまま…心地よさそうにしている。

温かく微笑ましい空気に、レティシアの心まで和んだ。



    ♢



「レティシア、タオルを…」


指を鳴らして防御壁シールドを解除したアシュリーは、手にしていた剣二本をルークに預け、レティシアの横にゆっくりと腰掛けた。
乱れた長い前髪を無造作に掻き上げる半裸の美丈夫は、汗すら煌めく装飾品グリッターのよう。


「お疲れ様でした。殿下、私の手作りドリンクがありますよ。蜂蜜レモン水は疲労回復に効くんです」

「ん?」


レティシアは、手元の籠の中から取り出したタオルとドリンクを『どうぞ』とアシュリーに手渡した後、別のタオルを握り締めてラファエルの下まで走った。


「レティシアの…手作り」


駆けて行く恋人の背中を見つめながら、アシュリーは嬉しそうに微笑む。




「ラファエル様、お疲れ様です。魔法の剣で戦うお姿は初めて見ました。あれだけ打ち合って、怪我もないだなんて…」

「保護や防御は、まだ学んでいる最中で未熟だ。手加減していただいている」

「ストイックですね」


立ち上がったラファエルの額からドッと流れ落ちる汗を、レティシアは反射的にタオルで拭き取る。


「…っ…レティシア…」

「はい」

「それは、大公殿下のために用意したタオルでは?」

「…いえ、特別なものではありませんよ?」

「汗なら自分で…」


そう言ったラファエルだったが…
先ず、くっきりと割れた腹筋に手を当て…次に、脱いだ上着が置いてある入口付近の棚へバッと視線を動かし、最後に…少し情けない声を出した。


「…ぅあ…」


昔からの癖で、着ている服の袖や裾で汗を拭くことが多いラファエルは、上半身が裸であることに気付く。
公爵令息となった今では、側に控える侍従がタオルを携行している。…が、今夜は侍従を連れずに特別な稽古をしていた。

勿論、レティシアの行動はそれを全て見越してのこと。


「ラファエル様、遠慮なさらずにお使いください。汗が冷えてはよくありません」

「……では、有り難く」


カァッと頬を赤く染めてタオルを受け取るラファエルは、ガッシリとした男らしい体躯と少年っぽさの残る綺麗な顔立ちがアンバランスな印象。
その不調和が成り立つ異質さこそが特別であり、彼の魅力。

アシュリーに従順で、強い志を持つ純朴な美少年を前に…自然と頬が緩むのを隠せない。


(…尊い存在って感じ…ふふっ…)




「レティシア、ドリンクをありがとう。美味しかったよ」


後ろからやって来たアシュリーに声をかけられ、レティシアはパッと振り向く。


「わっ、よかったです!」

「見ているだけでは、退屈だったか?」

「退屈だなんて滅相もございません。剣士の素晴らしい筋肉美に大満足です。大変ご馳そ…ありがとうございます」


『退屈だった』のは、どちらかといえばルークのほう。
鍛錬室の隅で剣の手入れをする彼を見れば、作業の手を止め、ジト目でこちらを睨んでいた。


(…なぜ?)


ルークの表情に疑問を感じて小首を傾げる…鈍感なレティシアは、自分の発言がアシュリーの嫉妬心を煽る火種になっているとは考えもしない。


「そうか…君は、ラファエルの身体が気に入っていたな…」

「へ?」

「え??」


数秒の間、室内が静寂に包まれる。


チラリとラファエルの様子を窺えば、ついさっきまで桃色に染まっていた彼の顔色が、みるみる青ざめていくではないか。
タオルで身体を隠しているように見えるのは…どうか、気のせいであって欲しい。


「ちょ…ラファエル様、誤解なさらないで!
殿下、筋肉は身体ですけれども…言い方に問題があります。私が変態みたいに聞こえますよ?!」

「…え??」

「やっ…ラファエル様、違います!…あの、私の目の保養とでも申しましょうか…」

「ラファエルを、目の保養にしていたのか?」


ギクゥッ!


「えっと…こんなに美しい男性が目の前にいたら、女性なら誰だって見惚れていい気分になるじゃないですか…ね?」

「…ほぅ…」

「お二方共に鍛えられたイイ筋肉、イイ身体をされてます。日々の努力と鍛錬が素晴らしいという、称賛の気持ちから出た言葉だとご理解くださいませ…ね?」

「…つまり…」


レティシアがニッコリ笑顔で切り抜けようとしていると、黄金色の瞳をギラつかせたアシュリーに抱き込まれてしまう。
稽古の直後で火照った…剥き出しの逞しい胸板をピタリと添わせた彼が、その熱っぽさとは真逆の冷やかな声で囁いてくる。


「私だけでは不満ということか?…私が一番では…?」


ここで『ラファエルに嫉妬している』と察したレティシアは、アシュリーの熱を帯びた身体が触れてピクリと反応してしまい…思わず身を捩った。


(…んんっ…)




ラファエルは二人の親密な雰囲気にポカンと口を開け、ルークは大きなため息をつき…無言で剣を磨き出す。










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いつも読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。






    
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