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最終章

145 罪2

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「父上、私の我儘をお聞き届けいただき…ありがとうございます」


立ち上がってクロードの側まで歩み寄り、深く頭を下げるジュリオンの身体は…感情が昂って小刻みに震えていた。
クロードは思わず手を伸ばしジュリオンの腕を優しく擦るが、以前より細くなったその感触に胸が痛んだ。


「お前の心の安寧が保てるのならば、力添えするのが父の務めだと…そう思ったまでだ。礼を言うのはまだ早いぞ、レティシアに会えると決まったわけではない」

「…分かっております…」

「私たちは、大公殿下のご意向に逆らうことはできん。
アルティア王国の国王陛下へ使者を送ることで、穏便に話し合いが進めば有り難い。ただ…」


そこでクロードは一旦言葉を止め、ジュリオンの腕から手を離すと…溜まった疲労を吐き出すかのように、大きくため息をついた。


「この間…私が盗賊の討伐を願い出た際、陛下から知らされた話は覚えているな?」

「勿論です」


その話を聞いて、公的な手続きを踏めばレティシアと会うチャンスを得られるのではないか?と…ジュリオンは考えたのだから。




──────────




「騎士団に討伐を命じよう。…下級騎士の部隊で十分か?」


芳醇な高級茶葉の香りが心地よい室内で『早急に盗賊を捕らえるべきだ』と訴えるクロードの願いを、ルブラン王国国王は落ち着いた様子で快諾する。


「はい、よろしくお願い申し上げます」

「…賊は一体どこに隠れておるのだ…積荷の運搬に支障は?」

「主に食料や換金しやすい品など、盗賊が狙っている商品を扱う一部の取引先は、時間帯と運搬経路などを考慮して慎重に動かざるを得ません。要請に応じて護衛も派遣しておりますので…人員の都合上、納入搬出共に一日に運べる物量が限られることは確かです。
この緊張状態が長く続けば、物流の動き…ひいては王国の経済に響いてくると思われます」

「…よくないな。他所から流れてきた不成者ならずものどもの仕業か?…まだ見えていない被害が多くあるやもしれん、調べさせよう」


国王は少し首を傾げた後、騎士団の事務官を呼ぶように側付きの護衛兵へ申し付けた。


「賢明なご判断でございます」

「ところで…話は変わるが、侯爵」

「はい、陛下」

「そなたは、除籍して平民となり…他国へ出たレティシア嬢が今どうしているか把握できているのか?」

「……は……」


クロードは、国王が唐突に口にした“予期せぬ質問”の返答に詰まる。


「…レティシアは、ラスティア国で秘書官をしているはずですが…それ以上は何も。
私が把握していたところで、誓約書によって干渉することを禁じられております。何より、除籍を望んだレティシア本人が関わりたいと思っていないでしょう」

「書面を取り交わしていたか、ふむ…」

「陛下?」

「侯爵…魔法大国アルティア王国で“聖女”と崇められている最も高貴な身分の女性が、レティシア嬢を妹だと公表したのだ」

「…アルティア…っ…今、何と?!」


国王は“聖女主催の感謝祭”について報じた新聞をテーブルの上に置き、記事を指先で軽く叩く。


「聖女とは、アルティア王国の護り神の花嫁。異界より召喚された極めて特別な女性だ。レティシア嬢はその聖女の妹として迎え入れられ、神と繋がりを持つ貴い存在になった。
聖女が祝福を与えて後見人となり、今はラスティア国ルデイア大公の庇護下にある。こうなると…最早、ただの平民とは呼べぬな」


記事に目を通したクロードは『まさか』と言いながら、華麗に着飾って微笑むレティシアの写真を指でなぞる。
そこに、華やかな場ではいつも硬い表情をみせていた…クロードの知る娘の姿はなかった。


「我が王国は魔法が盛んではない故、アルティア王国はどちらかといえば近寄り難い国の一つ。その新聞は、感謝祭に参加をしていた王宮魔法使いのパウロという者が持ち帰ってきたものだ。
舞台に現れたレティシア嬢は、目映いばかりの美しさであったらしい。パウロは、他にも興味深い話を教えてくれたぞ」

「…まだ、何か?」


国王は、レティシアがザハル国に鉄槌を下したこと、貴族令嬢たちを返り討ちにしたことを話すと…片眉をわずかに引き上げ、クロードの様子を窺う。


「この王宮でも、彼女は突飛な言動で私を大いに驚かせた。
パウロが言うには、聖女の妹ならば言語を扱う能力もあるとか…どうやら、我々は異世界人への理解が足りていないな」

「……そのようにございます。レティシアは秘書官として活躍するだろうと、大公殿下がお認めになった通りでした」


クロードは静かに目を閉じる。
全ての話が、現世を17年間生きたレティシア・トラスはもうこの世に欠片も残っていないのだと、改めて指し示すものに思えた。

他国へ渡り、まさしく別人に生まれ変わったレティシア・アリス。
国王は、雑念を抱くことなくありのままを受け入れるクロードの姿に若干の物足りなさを感じつつも『そうだな』と相槌を打つ。


「今のレティシア嬢が幸せであることを…私も祈るとしよう」



クロードは騎士団の事務官に討伐要請を出してから、王宮を後にした。




──────────




再び椅子に座ったジュリオンは、クロードに真っ直ぐな視線を向ける。瞳には生気が宿り、頬はほんのりと赤みがさし始めていた。


「アルティア王国の護り神は“神獣”で、たった一人の花嫁が“聖女”になる…」

「アルティア王国については調べましたので、存じております」

「…そうか。聖女殿は、レティシアに害をなす者を絶対にお許しにならないお方だ。ザハル国がいい例となった…」

「害などと…っ…私は、一目会いたいだけです!」

「ジュリオン、落ち着け。陛下にはちゃんとお伝えしてある。
だが、除籍して無関係になったとはいえ、能力に見合わない理不尽な待遇を受けるレティシアを放置していたと…少なくとも、大公殿下は我が一族にいい感情をお持ちではないだろう。だからこそ、こうして引き離されたのだと思わないか?」


商店のオーナーであるジョンソンは、管理者として怠慢で横柄な人間だった。

ジュリオンはそれを知っていながら、レティシアを自分の目の届く新たな職場に移すのに“居心地の悪い商店”であれば踏ん切りもつきやすいと、安易に考えていた部分がある。
商店に潜ませた内通者からの情報であるため、クロードに報告をせず…保身に走ったのもよくなかった。


「…………」


思い出したくもない…あの日、他国の要人が利用するホテルへ駆け込んだ後の喪失感。

約束の三ヶ月を待つことなく、すぐにレティシアを商店と切り離してさえいれば、状況は確実に変わっていたはず。
どこかで判断を間違えた…全ての計画が水の泡と消えた悔しさから、ジュリオンはギリッと奥歯を軋ませる。


「ここから先は、陛下にお任せしよう。出された条件は全て受け入れた…それでいいな?」

「はい、どのような条件でも構いません」


クロードは、近々ジュリオンが国王に謁見すること、そして…レティシアとの再会が叶えば…王宮魔法使いパウロと婚約者ブリジットを必ず同伴する、という条件を伝えた。


「レティシアに会えるならば、お前にとってはこの上ない喜びとなる。しかし、慎重に行動せねばならん。
ザハル国の二の舞いにならぬよう…肝に銘じて忘れるな」



    ♢



「父上、行方が分からなくなったフィリックスについて、国王陛下は何も仰らないのでしょうか?」

「…あぁ…男爵家はお咎めを受けたが、陛下は王位継承権を剥奪した時点で完全に見限っておられた。どこかへ匿われているというのも、確証のない噂に過ぎん」


侯爵家では、フィリックスの安否などメイドたちですら話題にしない。誰もその名を口に出さずにいるというのに…クロードは、訝しげな表情でジュリオンを眺める。


「追放処分の王族には、子が成せないよう秘密裏に処置を施す。何かしらの陰謀に巻き込まれたとしても、切り捨てられるんだ」

「そうですか」


誰も探していないのだから…新たな情報もなく、見捨てられた元王子は行方不明のまま。



ジュリオンは、場末の酒場で飲んだくれた状態のフィリックスを一度見たことがある。…いや、わざわざ見に行ったのだ。

憐れで無様な姿を思い切り嘲笑うことができればよかったのに、実際は…目にした瞬間に沸々と怒りが込み上げ、我を失いそうになった。



「…どこに…いるんでしょうね…」









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お読み下さいまして、誠にありがとうございます。







    
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