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第9章
136 翌朝2
しおりを挟むユティス公爵一家との朝食に遅れるわけにはいかず、身支度に時間のかかるレティシアはアシュリーを置いて一足先に浴室を出る。
ロザリーがレティシアの髪を魔導具で乾かそうとしていたところ、バスローブを着たアシュリーがやって来て魔法でサッと済ませてしまう。そして『少し急ごうか』と、一言呟いて立ち去って行った。
「混浴をお勧めいたしましたが…大公殿下はお気に召さなかったのでしょうか?」
「気にし過ぎよ」
レティシアの髪を梳かしながら、ロザリーがしょげている。混浴とは、時間の無駄や手間を省くのには向かない。逆に、バスタイムを楽しむためにタップリと時間が必要なものだとレティシアは学んだ。
(殿下が、ちょっと拗ねてしまったわね)
「お二人の仲が深まるかと思って…すいません…私、また失敗をして…」
「何を言っているの、ちゃんと深まったわよ。いつもありがとう、ロザリー」
「レティシア様ぁ~」
♢
「おぉ、先に来ていたのか?おはよう。レティシアと邸で会うのは、久しぶりだな」
「おはようございます、公爵閣下。朝食の席にお招きいただき、誠にありがとうございます」
いい匂いが漂うダイニングルームで、アシュリーとレティシアは、ユティス公爵夫妻とラファエルにそれぞれ挨拶をしていく。
「…と、何だ…レイは不貞腐れた顔をしているな?」
「しておりません」
ユティス公爵は妙にニヤニヤしていた。
──────────
──────────
「…とても…よく似合っている…」
品のいいゴールド色のドレスは、レティシアの透明感のある肌と清廉さをさらに輝かせている。アシュリーは目を細め、鏡の前に立つ美しい恋人にしばし見惚れた。
「殿下も…素敵です」
部屋の入口近くから熱い視線を向けてくるアシュリーは、白いコートに濃紺色の上着と…いつも通りの完璧なスタイルを決めている。
少し違うのは、髪を一纏めに結わずハーフアップにしているところだろうか?長い黒髪を下ろしていると、キリリとした彼のシャープな雰囲気が少し和らぐ。
「ロザリー、皆さんも…手伝ってくださってありがとう」
今日のレティシアはミルクティー色の髪をふんわりと結い上げ、首元がスッキリしていた。左右に留めた赤い薔薇の髪飾りが華やかさを演出している。
「はい、完璧な仕上がりです!本日はケープを羽織られますので、髪はアップスタイルが軽やかでよろしいかと思います」
「大変お美しくていらっしゃいますよ」
「きっと、楽しいお茶会になりますわ」
「お手伝いできましたこと、光栄に存じます」
レティシアは鏡に映る自分の姿を少し眺めて、ロザリーと侍女たちへ微笑んだ後…パタパタとアシュリーの側へ駆け寄った。
「殿下、素晴らしいドレスをありがとうございます」
「どういたしまして」
「本日はよろしくお願いいたします」
背筋を伸ばしてスカートを摘み、膝を軽く曲げて優雅に礼をしてみせると、アシュリーは美しい姿勢でサッと一礼を返し、さらにレティシアの手を取って口付ける。
「うん、淑女の礼はいいが…走って来ては駄目だよ」
「へっ?…私…走りました?」
「まだスリッパだからだろう?」
「…あっ…」
アシュリーの指先が指し示す自分の足元を見たレティシアの身体が、ピョコン!と跳ねた。通りでお辞儀がしやすかったはずだと…口を開いたまま固まる様子に、アシュリーは笑いを堪えて肩を揺らす。
♢
「これで、完成だ」
アシュリーは、ドレスと同じ色合いのヒールを履いて椅子にちょこんと座るレティシアにケープを着せ、首元のリボンを結んで微笑む。
『大公殿下が自らお洋服を…愛されていらっしゃるわ』
『レティシア様、お可愛らしい。お人形さんのよう』
『美男美女でいらして、絵になりますわね』
二人の微笑ましいやり取りや、アシュリーが世話を焼く仲睦まじい姿に、侍女たちは吐息を漏らす。
「まだ時間には少し早いな。公爵家自慢の庭でも見に行かないか?歩いていればドレスにも慣れて来る」
「はい、是非」
ロザリーたちは、部屋でアシュリーとレティシアを見送った。
──────────
茶会が催される離宮へは、公爵邸から魔法陣で移動をする。今回は二人きり。
離宮は公爵邸同様に魔法結界が張られているため、護衛は一人付けば十分だった。つまり、レティシアの側にはアシュリーがいるので不要ということになる。
「いつ見ても、立派な庭園だな」
「わぁ…こんなにいい場所があったんですね。私、てっきりお庭を歩くのかと思っていました」
「今日は日差しが強い。茶会の前に疲れてしまってはいけないからね」
アシュリーと腕を組んでやって来たのは、テラスルーム。丁寧に手入れをされ、色よく草花が配置された見事な庭を眺めながらゆったりと過ごせるこの部屋は、二面がガラス張りになった角部屋。たっぷり降り注ぐ明るい光がガラスに当たって、室内を柔らかく照らす。
「あら、ザックさんとお弟子さんがいるわ…こっちに気付くかしら?」
窓際へ立ってガラス越しに大きく両手を動かすレティシアは庭で作業中の庭師たちの目に留まったらしく、ザックがトレードマークの麦わら帽子をこちらへひらひらと振った。
「話に聞いていた…庭師か」
「聖女宮の薔薇を育てているのも、ザックさんですよ」
「うん……レティシア、こっちを向いて」
「はい?」
レティシアが素直に振り向くと、アシュリーは頬に触れ、肩、腕、腰と撫でて…最後に大きな手を背中に回して抱き寄せる。
「…とても綺麗だ…」
吐息混じりの美声に、胸の奥がキュッとなった。黄金に輝く眩しい瞳が至近距離にあって、レティシアは目眩がしそう。
やんわり押し当てられる唇は、愛情を伝えるしっとりと落ち着いた口付けだった。
「…一つ、分かったことがあるんだが…」
「何が分かったの?」
アシュリーは少し物足りなさそうに、自分の下唇を人差し指でなぞり…無自覚で色っぽい仕草をしながらレティシアを見つめる。
「女性のドレスだ。夜のパーティーでは、胸が見えそうだったり、背中に布がほとんどないような形のものが多いだろう?」
「…えぇ」
「私は、レティシアの肌を他人には見せたくないと思う。思うのだが…ああいったドレスは…愛でようと思えばどこからでも簡単に侵入できる利点があるのだと分かった…」
レティシアは、着ているドレスに視線を落とす。ケープを脱いだとしても、ドレスの胸元からポロリは期待できそうにないし、背中は手を入れる程の隙間がない。
ドレスを脱がせるくらいの勢いがないと、直接胸に触れるのは無理かと…アシュリーを見上げた。
「あの…殿下は、どこへ侵入しようとなさっておいでで?」
「ちっ…違うぞ、レティシア!…この前、ドレスの露出が少ないとデザイナーにやたらと責められたから…一般的なドレスの何処がいいのかと…私は別に…」
「別に?…それはそれで…私に魅力がないみたい」
「あり過ぎて困っている」
レティシア的には、ドレスのデザインは流行とお国柄な気がする。男女が関係を持とうと思えば、スカートの中へ侵入すれば可能な事実に…彼はまだ気付いていないらしい。
アシュリーは完全無欠な存在に見えて、レティシアの前ではちょっと油断して素が出てしまう可愛い人だった。
「…すまない、カインのような発言をした。忘れて欲しい」
今ごろ、カインが二回クシャミをしていることだろう。
────────── next 137 茶会
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