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感謝祭
127 脱・期間限定3
しおりを挟むアシュリーは、呪いと関わっていた部分の記憶が未だ不鮮明。
体調がよくなっても、心や感情とのバランスは気にかけていかなければならない。
「殿下、苦しい思いがありましたらお話しくださいね」
レティシアは、アシュリーの意識がなかった時と同じ…手を握って大事に胸に抱き締めた。
その自然な動きと胸の柔らかな感触に、アシュリーが目を見張る。
「…私が眠っている間、ずっと温もりを与え続けてくれたんだな。身体のマッサージも…お陰で助かった、ありがとう。
私は…我を失い、レティシアを襲ったというのに、君は…」
そこまで言って『はぁ~~』と、肺から空気を押し出して萎んでいくアシュリーの姿を、レティシアは不安気に見つめた。
「…私のせいで、怪我をしたのか?…怖い思いをさせて…申し訳なかった。絶対に、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓う!」
ベッドの上で、毛布に顔がつきそうなくらいに頭を下げるアシュリー。
「殿下、お顔を上げてください!倒れた時のことなら、見ての通り私は平気ですから。殿下が気になさる程の過ちなんて、何もありません。怪我も、自分で指を少し切ってしまっただけです」
責めるべきは、呪いなのだ…アシュリーではない。
これ以上詮索されても、レティシアは『何もなかった』としか答えないつもりでいる。
(“刻印”だって、過度な性欲を与えたエロ神のせいだし!)
♢
「…許してくれて、ありがとう…レティシア…」
アシュリーは、最後の魔法薬を無理やり口移しさせた件についても謝罪すると、ようやく胸のつかえが下りた。
「ご自分の状態を何もご存知ない殿下から、あの場でお話を聞くわけにはいきませんでした。全てを知れば、また考えが変わるはずだと思ったので。それで、私はお薬を選択したんですよ。
でも…もしかして、殿下は怒っていらっしゃいましたか?」
レティシアは小首を傾げる。
(口移しの後…魔力香が濃くて、気を失っちゃったんですけども?)
「…いや…そうではないが…」
レティシアが頑なに話を聞くのを拒んだ理由が分かったアシュリーは、彼女の唇を代償とばかりに乱暴に貪ったことを深く反省した。
「呪いが解けて、今度は“刻印”の力が色濃く現れるようになった。怒ったと思わせてしまったのは、私が君を強く求め過ぎてしまうが故だ…制御が不十分で、不快な思いをさせてすまない」
女性と契りを交わし、縁を結ぶのが“刻印”。
それを求められているのだと思うと、レティシアは困ってしまうし恥ずかしい気もする。
とはいえ、アシュリーの好意が嫌だと感じたことはない。
「殿下は“刻印”のせいか…ちょっとエッチになりましたよね?」
「…………ごめん…」
キュンッ。
アシュリーは両手で顔を完全に覆って俯いてしまう…が、半分黒髪で隠れた耳が真っ赤。
(か、可愛い…何?この飾らない素朴な感じ…)
アシュリーは『すまない』と謝ることがほとんどで『ごめん』と言うのは珍しい。余裕がない証拠だろうか?
「この先、殿下は多くの女性からアプローチを受けるでしょうね。今までできなかった令嬢たちとの交流や新たな出会いから、たくさん刺激を受けるはずです」
顔を上げたアシュリーは、にこやかなレティシアをチラッと見た。
「叔父上に任せっきりだった部分も含め、大公としてすべき範囲で異性とも関わってはいく。だが、アプローチは要らない」
「それは、あちらから勝手にやって来るものです」
レティシアの言葉に、アシュリーが恨めしそうな目を向ける。
「殿下は、若くて魅力的な青年ですよ?大公として催事へ参加すれば、素敵な令嬢たちが接近して来るのは当然かと…」
「素敵な?…レティシアは、少し誤解しているな。
私は女性との触れ合いを避けてはきたが、女性に見向きもしなかったわけではない。人間観察は抜かりなくしてきたつもりだ」
「え?観察ですか?」
大きくため息をつくと、アシュリーはドサリと身体を枕に預け…プイッとそっぽを向く。
「夜会やパーティーに表向きは参加していなかったが、姿を変えたり…消したりして会場には行っていた。
社会的影響を持つ貴族の動向は探る必要がある。情報収集だ」
(姿を消したり?…殿下、あなた透明人間なの?)
「名門家の令嬢たちなら数多く目にしてきた。人によって巧みに話題と態度を変え、上手くやっているように見えて…話の内容は、悪口と陰口と噂話が八割。
高位貴族に尻尾を振りながら、水面下では隣の相手をどう蹴落とそうかと互いに腹を探り合う。噂一つで立場は逆転する。素敵な令嬢は…脆くて弱いから生き残れないな」
(ヤダ!夢も希望もなーい!!令嬢たち、何やってんの?!)
プリメラ2号、3号…が、か弱き令嬢を虐める光景が安易に想像できてしまう。
一族を繁栄させる目的で他家へ嫁ぐのが、貴族令嬢の役割。
誰かが躓けば…自ずと己の価値が上がり、より条件のいい嫁ぎ先が手に入る。
他人を貶めることすら厭わない、社交の世界は弱肉強食。
「アプローチしたい女性なら、ここにいるのだが?」
むくれた表情で振り向くアシュリーの目は…完全に据わっていた。
(ヒエッ!)
「私は…レティシアがいいんだ…」
その重い言葉は、レティシアの耳に長く余韻を残す。
──────────
「月のもの…ですか?」
「そうだよ、レティシアは女の子だろう?」
アシュリーはパン粥、スカイラとサオリは菓子パンをそれぞれ食べ終わり…お茶を飲んでいたところ、レティシアは『月のものがあるか?』とスカイラに尋ねられた。
(生理、言われてみれば…一度もない!)
「女の子のはずなんですけど、ないですね」
「えっ!ないの?!」
サオリがギョッとした顔をして驚く。
「はい。こう…ファンタジー的な何かあるのかなって、特に気にしていませんでした、楽ですし?」
「レティシア、ファンタジーが何か…よくは分からないけどね…月のものがちゃんときていないと、赤ちゃんができないんだよ」
「そ、それは…存じております…はい。すいません」
「この世界で目覚めて五ヶ月目だろう?…うーん…」
スカイラは、魂と身体が一つになるのに早ければ後一ヶ月だと言い、月のものがやってくれば確定するとレティシアに教える。
「なるほど…分かりました」
「月のものが確認できるまで、交わりは禁止だよ」
(…Pardon?…)
「意味は分かってると思うが…ヤッてないだろうね?」
「あ…はい。この身体は、処女(推定)なはずです」
「いいかい、情を交わすと濃い魔力を引き入れることになる。
長年慣らされた大魔術師の魔力なら抵抗ないとして、それ以外は今のレティシアには負担が大きい。
加護があるから大丈夫だと思うが、貞操を守るように」
レティシアには魔力がなく、身体は未完成。
だから、魔力を体内に直接取り込む…つまり、躰を繋げる行為は御法度であると理解をしたレティシアは頷く。
お相手が魔力持ち限定なのが少々気にかかるが、ここは魔法の国。それが正しい考え方なのだろう。
(精力=魔力と同じなのかな。避妊方法が薬や魔法なら…ダイレクトに精力放出ってこと?そこは未然に防がないの?)
「…まぁ…ファンタジーだしね…」
レティシアは独り言ちて…遠い目をする。
「レイヴンは放っておくとして…指輪の効果も、加護もすり抜けちゃう男がここにいるわ」
(そうです、サオリさん!殿下が無敵な件!!)
「大公、レティシアに危険がないよう頼むよ」
「肝に銘じます」
「口付けやお触りは自由さ」
(えっ?)
「レティシアの胸は…大きくて柔らかいのよ」
(んっ?)
「存じております」
(はっ?)
三人が顔を寄せ合って話す傍らで、蚊帳の外状態のレティシアがポカンとしていた。
そんなレティシアを見て、サオリがほくそ笑む。
「レティシア、後で“お話”があるわ」
「…はい…」
────────── next 128 平和?
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