124 / 191
第8章
124 目覚め4
しおりを挟む「殿下、お話は…少し落ち着いてからにいたしませんか?」
アシュリーが改めて『話をしたい』と告げたところ、何かを察したレティシアは困った顔をして予定を先延ばしにしようと提案をする。
倒れている間に元々約束をしていた夜会の日は過ぎてしまっていて、これ以上待てないくらい破裂しそうな想いを抱えているのにどうしろというのか?
今のアシュリーは、目覚めたばかりの体調を気遣う優しさを求めてはいなかった。自分でも、冷静ではないと感じている。
─ 執着していると思われてもいい ─
ふつふつと湧き上がる熱い感情が魔力香となり、徐々に強くなっていく。止まれないアシュリーは、話をするか?薬を口移しで飲ませるか?どちらかを選べとレティシアに迫った。
「…なら、薬を…」
レティシアの選択によって最後の薬を飲み干したアシュリーは、熱い感情をぶつけるように無我夢中で唇を貪る。その結果、魔力香に酔って気を失ったレティシアを胸に抱き締めたまま…深く眠り込んでしまった。
──────────
──────────
「レティシア、おはよう。…レティシア?いないの?」
サオリが治療室を訪ねると、いつも必ず笑顔で出迎えてくれるレティシアの姿が室内のどこにも見当たらない。
暫くして、アシュリーの腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠る可愛い妹を見つけたサオリは、驚きのあまり飛び上がる。
「…なっ…えぇっ…?!」
「おや、サオリ?おはよう。そんなところに突っ立ってどうしたのさ、今朝は早いねぇ…」
「お…おばあ様!ちょっと、来てください!」
「何だい何だい」
丁度、欠伸をしながらやって来たスカイラを呼び寄せたサオリがベッドの天蓋幕を開けると、そこにはピッタリくっついて眠るアシュリーとレティシアの二人がいた。
思ってもいなかった展開に、流石のスカイラも目を丸くする。
「…これはまた大胆な…大公が夜中に目を覚ましたに違いない…」
「きっとそうよ。レティシアは前にも大公のために添い寝をした経験があるから…それとも、寝ているレティシアを大公がベッドへ運んだのかしら?」
「まぁ、起きるまで放っておこう。幸せそうに眠っているじゃないか」
「こういうのって、実際目にすると想像以上にビックリするものね…見てはいけないものを見てしまったみたい」
♢
「……うぅん……」
うっすらと目を開けたアシュリーは、眩しそうに数回瞼の開閉を繰り返した。
「ようやくお目覚め?大公」
「………その声は…聖女様…?」
「えぇ、ここは聖女宮の治療室よ…安心して」
「…ありがとうございます…」
「体調はどう?目は視えているの?」
「…はい…身体も大丈夫です…」
「よかった」
受け答えには問題がなく、しっかりと目を見て頷くアシュリーの様子にサオリの黒い瞳がわずかに潤んだ。
「待ち兼ねたよ、大公」
「……っ……まさか……大魔女殿っ…?!」
レティシアから何の話も聞いていなかったアシュリーは、突然ひょっこり顔を出した大魔女スカイラの姿に瞠目する。慌てて身を起こそうとして、毛布に埋もれたレティシアの存在に気がつくと…表情が固まって動かなくなった。
「病人は大人しく寝ているといい。その子も、ここ数日まともに眠れていなかった。起きるまで休ませておやり」
「…こ…このような姿で…申し訳ありません…」
「大公が倒れている間におばあ様とレティシアはすっかり仲良しだから、何も気にすることはないわ」
「…え?」
「驚かせてしまったようで、悪いねぇ…」
レティシアとの寝姿を見られて動揺を隠し切れないアシュリーに、スカイラとサオリがニヤッと微笑み掛ける。
「おばあ様が、大公を治療してくださったのよ」
「……大魔女殿が?」
アシュリーは、サオリ以外から治療を受けたことがない。瞬時に思い当たるのは、初めて飲んだ九回分もの薬だった。
「まぁ、それについては後で話をしようじゃないか」
「申し訳ありません…真夜中に目覚めはしましたが、私自身状況がよく分かっていないのです。ご迷惑とご心配をお掛けして、深くお詫び申し上げます」
「大公、大事な娘を抱えて横になった状態で…そんなに賢まるもんじゃないよ」
「………はい…」
抱き込んでいたレティシアを手放そうとして一度は毛布に包んだものの、離れた温もりを追って無意識に逞しい胸へと擦り寄って来てしまうのだから…どうにもならない。
アシュリーは愛おしそうにレティシアを側へ引き寄せ、柔らかな感触を確かめて頬を染める。
「なるほど…こりゃあ焦げる」
「そうでしょう」
全員から大注目される中、目を覚ましたレティシアは…恥ずかしさに心臓が爆発した。
──────────
「大魔女殿も、感謝祭へ参加しておられたのですか?」
「そうさ、こういった派手なパーティーは久しぶりだ。おめかしして来たんだよ」
老婆姿とは比べものにならないスカイラの若々しい見た目に、アシュリーは納得をする。
幼いころ、会う度に変化の術を使い違う容姿で登場をする大魔女に翻弄されていた。今では魔力の強さではっきりと見分けができる。
「大公とはとんだご挨拶になったね」
「…面目ありません…」
「では、少し大切な話をしようか。ちょいと長い話になる、楽な姿勢で聞いてくれればいい」
「はい」
アシュリーはベッドで半身を起こす。
レティシアは、側付きのメイドに呼ばれて治療室には不在。敢えてこの場から席を外していた。
♢
「…呪い?…私は、あの時に…呪いを受けて…」
今回倒れた理由が呪いの暴走であり、全ては過去の忌わしい事件が始まりであったことを知る。
父アヴェルを恋い慕うが故に憎悪の念を抱いた女の狂気は、身を滅ぼした後も歪んだ想いを遺してアシュリーに取り憑き…心と身体を蝕み続けていた。
「だが、呪いは私が解いた。自由になったんだよ」
「…自由…」
「解放された気分はどうだい?」
「…気分…よく…分かりません…」
呆然としながら長い前髪を掻き上げて頭を抱えたアシュリーの両手は、小さく震えている。あの日の辛い記憶を掘り起こそうとすると、いつも頭が割れるように激しく痛んだ。幼かったアシュリーには、それが恐怖となって刷り込まれ…考えずに忘れるしかないものだと思っていた。
「…痛くない…」
頭の中身が半分空っぽになったみたいに軽く感じる。これこそ、呪いが消えた証なのだと実感をした。
「大公、今こうして近くにいる私たちは…女性だ」
「そうよ…どうかしら?」
顔を上げると、スカイラとサオリの明るい笑顔が目に入る。神経を逆なでする不快さと苛立たしさは全く感じられず、わざわざ壁を作って身構える必要もない。
「お二方のお顔が光って見えます…嫌悪感はありません。とても不思議な気持ちです。私がおかしいと思っていた感覚は、何の異常もない普通の状態のことだったんですね。気付かなかった…」
密かに感じていた違和感の正体がやっと分かったアシュリーの視界は、じんわりと歪んだ。
────────── next 125 脱・期間限定
ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
1
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
冷遇された王妃は自由を望む
空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。
流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。
異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。
夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。
そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。
自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。
[もう、彼に私は必要ないんだ]と
数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。
貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる