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感謝祭

122 目覚め2

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「そうかい…覚醒したなら、もう心配はないね」

「本当ですか!」


身体の自由が利かないのも、時間が経てば解れてくるとスカイラから聞いて、レティシアはホッとする。


「夢みたい…夢じゃなくてよかった。大魔女様、ありがとうございます!!…薬は、残り三つです」

「ふぅん…しつこい呪いだったね。解呪は完了しているし、呪い本体が消えれば、それを守っていた魔法も効力を失うから意味はない…まずまずという感じか。
やっぱり、敵に直接ぶつけるのが一番効果的だねぇ」



呪いは解けた。
つまり、アシュリーは女性に嫌悪感を抱かなくなり…今後は誰と触れ合っても体調を崩さないということ。

幼いアシュリーに近付くことすらできなかった母ヴィヴィアンや姉たち、彼を愛する家族…何より、苦しんできたアシュリー本人がどれ程喜ぶであろうかと、レティシアは瞳を潤ませながらサオリに抱きつく。



「サオリさん…ありがとうございます!!私、うれしいです」

「えぇ…待ちに待った時が来たわ。レティシアのお陰よ」


夜会と舞踏会。二日間の大きなイベントを成功させながらレティシアを助け、できる限りの力を尽くしてくれたサオリに対して、深い感謝の気持ちが込み上げた。

自分の役目をほぼ終えたスカイラは、抱き合う姉妹をニコニコと機嫌よく見つめる。


「サオリは、大公の魔力捻れを解いてやらないとね」

「全力で解きますわっ!」

「こりゃ頼もしい。レティシアは、大公の目を温めてやったり、全身をマッサージしてあげたらどうだい?」

「はい、分かりました!聖水をいただいて来ます」


アシュリー専属の看護師ナース=レティシアは、今日も素直に大魔女スカイラの言うことを聞く。

レティシアが浮かれた様子で治療室を出て行くと、スカイラがカラカラと笑った。


「うれしそうに…声のハリからして違うじゃないか」

「恋だと気付かないのは、なぜなのかしら?」

「まぁ、まだまだ楽しませてもらおう」

「おばあ様、大公が完全に目覚めたら…そんなこと言ってられませんわよ?…こっちが焦げちゃうんだから」

「焦げる?よく分からんが…そういや、大公の覚醒を国王陛下に知らせに行くんじゃなかったのかい?」

「えぇ、諸々伝えないといけなくて。あぁ…何だか緊張するわ。…私…大公を救えて…本当にうれしいの…」

「サオリが頑張っていたのは、皆が知っているよ」


スカイラは、静かに涙を流すサオリを抱き締め…背中を優しく擦る。


「こんなに…素敵な報告ができる日が来るだなんて…信じられないわ。ありがとう…おばあ様」




──────────




意識を取り戻したアシュリーは、まだ眠っている時間のほうが長かった。
眠ると、回復が早まるからだという。


目覚めた時のためにと、レティシアは聖水に浸して温めたタオルをアシュリーの目の上に乗せ、身体を拭きながらマッサージを繰り返す。


魔法薬は、後三回飲む。

呪いを甘く見ずに念には念を入れておく…というスカイラの考えには、レティシアも賛成だ。
スカイラやサオリがアシュリーに触れて状態を診るのは、薬を全て飲んで体力が回復してからの話になる。


「殿下…起きてますか?」


意識があれば、直接口に薬を含ませれば終了。
六時間おきに飲ませているため、時間になって問いかけても反応がなかった場合、今まで通りにレティシアが口移しをしなければならない。


「…………」


握り返されない手を、レティシアはちょっと寂しい気持ちで見つめる。

そうして結局…残り一回、深夜に飲む分だけが残った。



    ♢



夕食を済ませたレティシアは、エメリアと側付きメイドのジェイリーと共に、治療室へ向かう廊下を歩く。


「大公様に、回復の兆しが見えたそうですね」

「そうなんです、エメリアさん。安心いたしました」

「アリス様、お顔の色が明るくなられましたよ。今日は、お食事もいつもよりたっくさん召し上がっていらっしゃいましたし!今までとは、全然違いますもの」

「おやめなさい…ジェイリー」


ジェイリーの言う通り、レティシアは今日の食事がとても美味しく感じたのだと思う。
アシュリーが目覚めてから、周りの景色までも明るく目に映るように思えるから不思議だ。


「アリス」


突然後ろから声がして、驚いたレティシアが飛び上がって振り向くと、サハラが立っていた。


「…サ、サハラ様…?」


首元の詰まったタイトなシャツの上から薄手のガウンコートを羽織った、全身黒コーデのサハラ。
普段着がほぼ全裸に近い彼にしては…かなりマトモな格好。立ち姿は美しく、惚れ惚れする。


「…お前は…いつもぼんやりしているな…」

「し、しておりません。…考え事をしていたのです」

「ほぅ…それは、たくさん食べて肉をつける計画か?」


(神獣が盗み聞きだなんて、イヤだわ…お行儀の悪い)


「お前たちは下がれ。治療室へは、私が一緒に行く」


廊下に跪くエメリアとジェイリーは、神獣サハラが聖女サオリ以外の女性に興味を示すのを…驚愕の表情で見上げた。


「「か…畏まりました」」


サハラはレティシアの背中に手を添え、先へ進むよう促す。


「行くぞ」

「あ…はい」


サハラと並んで歩くのが、聖女宮であっても“珍しいこと”だとレティシアにも分かる。
最初に感じていた迫りくる神獣のオーラも、加護を受けたレティシアには無害となっていた。


「大公が覚醒したそうだな、様子はどうだ?」

「呪いが解けたばかりで…まだ何とも」

「…そうか…」



    ♢



「お帰り、レティ…ㇱ…えぇっ!…あ、あなたっ?!」


レティシアと共に治療室に入って来たサハラを見て、サオリは仰天する。


「ちょっ…こんな時間に、まだ人化する時ではないでしょう?どうして…っ…」


アタフタするサオリは、ムギュッと…サハラに抱き込まれてしまう。


「大公が目覚めて、解呪が完了したと聞いた。今、サオリを抱き締めなくて…どうしろというのだ?」

「…あなた…」

「…よく頑張った…サオリ…」


サオリのすすり泣く声と、慰めるように呟くサハラの声。


スカイラとレティシアは、顔を見合わせ…治療室を出た。




「サオリさんは、ずっと殿下を治療してあげたかったんですよね。諦めずに、完治を目指して…」

「触れることさえできれば…と、よく言っていたよ。
魔力暴走から大公を救い出したサハラ様も、気にかけていたようだった。当時は、大公も子供だったからねぇ」


この数日、解呪できると分かっていても…レティシアは寝込むアシュリーが心配でならなかった。

彼が、幼い少年で…治療法が見つかっていなくて…苦しむ姿をただ見ていることしかできないのだとしたら?
そう想像しただけで、胸が張り裂けそうに辛い。


「私が殿下にお仕えしていたとしても、サオリさんに出会っていなければ、同じ結果は得られませんでした」

「そうだね。私たち皆が…運命の出会いをしたんだ」


レティシアは、スカイラの言葉に笑顔で大きく頷く。


「サハラ様を見直したといいますか、素敵に見えちゃいました。正直半分くらいは、エッチな“猛獣”だと思ってしまってたんですけど。何だかいいなぁ…ラブラブ…」


レティシアがうっとりする様子に…『お前さんだって』と、スカイラが生温かい目を向ける。




──────────




─ ピピピ ピピッ! ─



「……う…ん……」


深夜一時、魔法薬を飲む時間。
レティシアは音の鳴るほうへと自然に手を伸ばし、小さな目覚まし時計のアラームを止めた。

真夜中だというのに、周りがぼんやりと明るい。


(…あれ?カーテンは閉めてたはず…)


「…ん…ベッド…?」


アシュリーの手を握りながら、椅子に座って突っ伏していたと思うのに…寝転がっているのはなぜだろうか?





─ 「…すまない、眩しかったか?」 ─



突然、耳に入ってきた…この声の主は…?


「…で…ん…」


一気に目が覚め、ガバッ!と勢いよく起き上がった。


「殿下っ?!」





レティシアの視線の先には、闇夜に馴染む長い黒髪を月光に晒し、黄金色の瞳を爛々と輝かせたアシュリーの姿。

野性味を帯びた鋭くて力強い眼差しに、レティシアは射抜かれる。










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