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第8章
116 治療2
しおりを挟む「……そうか……悪夢だ……」
ゴードンがぼんやりと、しかし核心を突く言葉を呟いた。
「ご明察の通りだよ、呪いは夢に潜んでいた。何年もの間、毎夜寝る度に大公の身体は呪いに蝕まれていたのさ」
「…………」
「隠伏する呪いってのは、解かない限り延々と死ぬまで続く。一時的に切り離せても、後で大きく跳ね返ってきて体調不良や異常行動を引き起こすんだ…今夜のようにね。けれど、こうして暴走して表に現れたから気付けた。私の鼻には、今もプンプンと呪いのニオイがする」
スカイラは自分の鼻先を指でピンと弾くと、理解が追いつかずに狐につままれたような顔をしているゴードンたちを見て、ヤレヤレと肩をすくめる。
「そうだね…三日、私に時間をくれないかい?」
「大魔女様と聖女様に、全てお任せをいたします」
間髪入れずにサッと頭を下げるゴードンに、カインとパトリックも倣った。
ゴードンはアシュリーの邸…大公邸へ一旦戻ることにし、カインは王国騎士団への報告や護衛隊長としての務めがあるからと、それぞれ治療室を後にする。
♢
「おばあ様、解決策は見つかりそうですの?」
サオリは、治療室に入ってからずっとアシュリーの手を握り続けているレティシアの憂いに満ちた背中を気遣わしげに眺め、スカイラに小声で話す。
「…まぁね…」
「解決策とは?」
一人残ったパトリックが、眼鏡をグイッと持ち上げ怪訝な顔をした。
「実は、さっき解呪を試みたが…上手くいかなかったんだよ…」
「そんな!…で、では、大魔女様は一体どうやって呪いを解くおつもりなのですかっ?!」
スカイラとサオリの顔を何度も交互に見て、落ち着きなく焦り出すパトリックの様子に…山奥で飼っている騒がしいニワトリを思い出したスカイラは、この男が本当に大公補佐官であるのかを疑い出す。
「大きな声を出すんじゃないよ、みっともない。オロオロせずに、先ずは話をお聞き。いいかい、呪いを丁寧に解く方法もあるにはあるんだが…私はまどろっこしいのが嫌でね、呪いを直接叩き壊す」
「…たっ…叩き壊す?」
「そうさ。…で、触れずにやってはみたが…どうやら呪いの要は別の魔法で頑丈に守られている。そのまま呪いを外から叩くのは、大公の身体にも負担をかけるし加減が難しい。やれることにも限界ってものがあるだろう?」
魔法の攻撃は『敵に確実に当てるのが鉄則だ』とスカイラは言う。そのためには、アシュリーに直接触れて内から壊す必要がある。つまり、今は不可能だということ。
解呪を諦めるしかない絶望的な状況に、パトリックは青ざめ一瞬気が遠くなった。
「そこでだ、一計を案じる。魔法ってのは、便利なことに薬にできるんだよ」
「魔法薬?!」
薬ならば、魔法や器具を使って飲ませたり、或いは身体に塗布する方法もあるかもしれない。パトリックは手を叩いて喜ぶ…が、直後にハッとする。
魔法薬作り初心者?のスカイラは、薬の生成に少々時間がかかってしまう。それに、見当違いな“媚薬”をアシュリーに作ったのは…まだ最近の話だった。
「……やはり、大魔女様がお作りになるので?」
「当然。他に誰が作るんだい」
「…大魔女様です…」
それ以上、何も言えなくなったパトリックが真顔で黙る姿に『百面相だな』と、スカイラが鋭く突っ込む。
♢
「ところで、この前渡した魔法薬…大公はもう飲んだのかい?」
「へっ!…い…いいえ、殿下はまだお飲みになってはおりませんが…」
パトリックは目を泳がせ、やや尻すぼみにボソボソと答える。貰った魔法薬を放置している事実が知られると、そのために一ヶ月近く無償労働を強いられていた身としては非常に気不味い。しかし、嘘をついたところで相手は大魔女スカイラ…瞬く間に見抜かれて終了だ。
正直“媚薬”を飲まなかったからといって責められる謂れはない。これはアシュリーの威厳にも関わることだから、強く出てみるのもアリかと、パトリックは一瞬の間にいろいろと考えた。
「……飲んでないぃ?」
「ごめんなさい」
魔力を帯びて重く響くスカイラの声に震え上がったパトリックは、即謝罪をして生唾をゴクリと飲み込む。
「ほぅ…あぁ、それは好都合…」
「…こ…好都合、ですか…?」
スカイラの言葉の意味が分からず、パトリックは首を捻る。
「ただ…どうして飲まなかったのか、気になるねぇ。あんなに欲しがっていたじゃないか」
「…いただいた、女性を好きになる…一晩だけ効果のある魔法薬というのが、ほぼ媚薬だからですかね…?」
“媚薬”と聞いたスカイラも、パトリックを真似て首を捻った。
「ぅん?どちらかというと、女性が好きになるんだよ?」
「…同じ意味では?…女が好き、女好きになる薬…」
「あぁっ!そこだけ聞くと、そうも受け取れるのか?!」
「何がでしょう?」
「違うんだよ!魔法薬でガードの緩くなった大公に、女性たちが惚れて群がるって話をしたのさ。薬を飲めば一晩で効果が出ると言ったんだよ。しかも、そっちはオマケ…単なるサービス」
「よく分かりませんが…サービス?」
「どんな強力な興奮剤を妄想したかは知らないが、イタズラ程度にほんの少し魅了を混ぜただけだからねっ!」
「は?!…何でそんな紛らわしいモノを混ぜ…あっ、待てよ?大魔女様は、殿下が男色だと勘違いして…」
「ないね」
「えっ?!」
「「…………」」
長期の山奥生活によりパトリックは脳が疲弊していたらしく、スカイラとの間でかなり派手なボタンのかけ違いが起こっていた。スカイラが、ハァーーーッと…それはそれは深いため息をつく。
「大公には呪いがあるんだ、あの魔法薬で拒絶反応が和らぎはしなかったろう。うん…今となっては、薬も無駄にならず諸々よかったけどねぇ。全く、無能なんだか有能なんだか。とにかく、今すぐにここへ持ってきておくれ!新たに魔法を付与して、強力な薬に作り変えてやるよ」
「はい!」
勢いよく走って治療室を出て行くパトリックを、サオリが目で追う。
「…変ね?彼って…あんな感じだったかしら?」
「アレで大公補佐官とは、ラスティア国は大丈夫なのかね?」
「一人でよくやっていると、大公が話していたけれど。おばあ様とは随分と相性がよさそうだわ、親分と…子分?」
「よしとくれっ!」
──────────
「殿下、私の声が聞こえていますか…?」
レティシアがアシュリーの手を握って胸に抱き締めてから、呻き声とうわ言は止み…呼吸が幾分安らかになっていた。それでも、魔力香はいつもの爽やかさには程遠く、心配は尽きない。
「私、ずっと側にいますね」
そう誓うように、レティシアはアシュリーの手の甲に優しく唇を押し当てて握る。
ベッドで眠るアシュリーの姿を見た瞬間、頭の中で考えていた全てのことが消え去り、彼しか見えなくなった。顔を見ただけで、こんなにも切ない気持ちになるとは…レティシアは自分でも驚いている。
♢
現世のレティシアが転落事故に遭い目を覚まさなかった三日間、トラス侯爵や侯爵夫人、ジュリオンがどんなに不安で辛く苦しかったのか…レティシアは本当の意味で深く理解をした。
しかも、意識が戻ったら記憶障害どころか中身は別人。一縷の望みすら絶たれてしまったのだから…17年という長い年月を一緒に過ごしていたことを思うと、その心の痛みは察するに余りある。
お互いの未来のためだと言いながら『干渉するな』『忘れて欲しい』と言い放ったレティシアは、異世界転生をした自分のことしか考えていなかった。
(…いつかは侯爵家を離れる選択をしたわ。でも、もっと言葉をちゃんと選んで伝えていれば…)
トラス侯爵家の人たちの心を、どれ程傷つけただろうか。レティシアは罪悪感に苛まれる。
────────── next 117 呪いと刻印
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