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第8章

115 治療

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「大公となり、ラスティア国へ移り住んで忙しくしていたレイは、王宮を…私を訪ねて来ることがなくなった」


国王は、少し寂しそうな表情を見せた。


「そんなレイから、夜会へ参加する知らせを受けたのだ。公の場に出ること自体かなり久しぶりな上に、感謝祭へは初参加となる。何事かと思い理由を問えば、そなたのお披露目を見届けるためだと言うではないか」


日付が固定されている感謝祭は、国王や王族の参加行事として例年予定に組み込まれている。主催者は聖女サオリであり、祭事の大まかな流れは決まっているものの、詳細な内容は国王とて直近まで把握できない。
異世界人レティシアの公表は急遽追加されたもので、先に情報を入手したのはアシュリーだった。


「参加は自分の意志だから、例え何が起こっても絶対にそなたを責めるなと…昨夜、我々の前で強く主張した」

「殿下が…?」

「魔術師を呼びつけて、私は危うく契約魔法で約束を交わすところだった。容赦のない弟だ」


王族の集まりへ招待を受けた際、アシュリーは敬遠する素振りを見せなかったように思う。その家族団欒の席で、万が一の場合に備えレティシアを守る段取りをしていたとは…驚きを隠せない。


「無論、こうなると思って約束させたわけではあるまいが…あれ程真剣なレイの姿を見たのは我々も初めてのことだ。余程そなたが大事とみえる」

「…大公殿下は、大変お優しいお方です。私たち従者にも心を砕いてくださる…皆が殿下を慕っております」


レティシアは異世界人や聖女の妹という地位を掲げず、己の立場は大公に仕える一介の従者だと徹底している。その言葉に頷いた国王は、弟の熱い想いが未だ一方通行であると知った。



    ♢



「どうやら…レイは、自分の体質に変化を感じていたようなのだ」

「変化?本当ですか?…殿下は、そんな話一言も…」

「普段、そなた以外の女性とは関わりを持たないのであろう?昨夜の集まりで、母上やエスメラルダ、シャーロットと会って違和感を覚えたらしい。だが、以前と何がどう違うのか…はっきりと判別できない…まだ不確定であると」


アシュリーは、感謝祭の会場でパトリックの妹フィオナにも同じ違和感を抱いたに違いない。


(殿下の女性に対する嫌悪感に、変化が起きたの?)


「殿下は強い保護魔法をお使いですので、却って判りにくいのかもしれません」

「かといって、保護魔法を解くわけにもいかん…とにかく、何かしらの懸念を抱えていたことは確かだ。聖女殿には伝えてある。それから、レイがそなたを呼んでいた」

「私を?…あ、殿下はお目覚めなのでしょうか?」

「いや、だ」

「…え?」

「まだ完全に熱が下がり切っていない。うなされ、何度も名を呼んでいるのを聞いた」

「…うなされて…っ…」


サオリの治療によって、もう落ち着いている頃合いかと想像していたレティシアは、サッと顔色を変えて立ち上がった。


(やっぱり、今までとは症状が違う!)


アシュリーの苦しそうに喘ぐ息遣いやレティシアを呼ぶ声が一瞬聞こえた気がして、思わず耳に触れる。
抑え込んでいた負の感情がドッと溢れ出し、治療室の扉を見つめる大きな青い瞳からハラハラと涙が零れ落ちていく。再び身体中の血が冷えていくのを感じた。


「そなたを責めたのではないぞ?大事ない、心配するな。今まで、数日続く高熱にもレイは一度も負けはしなかった」


慌てたのは、レティシアを泣かせるつもりなどなかった国王。柔らかな髪や涙で濡れた頬を撫でては慰める。
幼いころからアシュリーが耐えてきた苦しみを思うと、レティシアは余計に涙が止まらなくなった。ほのかに香る…男らしくて温かみのある国王のコロンの香りを嗅いで、アシュリーの爽やかな魔力香がひどく恋しくなる。


「…弱ったな…」

「国王陛下」


嗚咽するレティシアを抱き寄せていた国王が、美しい声を耳にしてハッと振り向く。


「…聖女殿…」

「私の可愛い妹が、何か粗相をいたしまして…?」


綺麗に弧を描くサオリの口元…だが、目は笑っていなかった。




──────────




「待たせてしまったわね、入っていいわよ」


治療室の中は、聖具室で感じた時のような清らかで澄み切った空気に満たされている。いついなくなったのか、サハラの姿は見当たらない。

レティシア、カイン、パトリック、ゴードンの四人は、やっとアシュリーに面会することができた。

癒しの力を全身で浴びるため、上半身裸のまま寝かされているアシュリーは、うっすらピンク色に火照った身体と顔を時々小刻みに震わせては呻く。


「…ん……レ…ィ……シア……ぅ…」


真っ白なベッドのシーツに広がる漆黒の長い髪と、力の抜けた四肢があまりに無防備で、彼の意識が混濁状態であることを否応なしに認識させられる。

アシュリーの体調不良に直面するのが初めてのパトリックは、ショックを受けて無言。ゴードンも前回より具合が悪いと感じたのか肩を落とし、カインは悔しそうな表情で両手を強く握り込む。
そんな中、レティシアだけが穏やかな笑みを浮かべ…アシュリーの呼び声に静かに答えた。


「…殿下…レティシアです。私はここにおります…」


震える指先でそっと触れた頰が、燃えるような熱さではないことに少しだけ安堵する。わずかに開いた口から漏れ聞こえる浅くて早い呼吸音に耳を傾け、アシュリーの脱力した重い手を取り胸にギュッと抱き込んだ。


(…やっと会えた…もう、今はそれだけで十分…)



    ♢



「聖女様、今夜のレイは女性に触れていないと思うのですが…どうしてこんなことに…?」


カインが不思議でならないといった様子で、サオリに尋ねる。


「大公が触れた女性はレティシアだけよ。いつもの体調不良ではないわ…だから、これ以上は熱が下がらないかもしれない」

「…それは…回復に時間が掛かるということでしょうか?」

「はっきりとは答えられないの」


カインの結論を急ぐ質問に、サオリは腕を組んで首を左右に振った。何をどう話すべきか悩む様子に見兼ねたスカイラが口を挟む。


「一言では説明できないね。だけど、私が見たところ“呪い”の類が関わっているのは確定だよ」

「の…呪い?!」


カインが甲高い声を上げる。
パトリックとゴードンも顔を見合わせ、驚きの声を上げた。


「私の癒しの力だけでは、正直難しいわ」

「「「…………」」」

「男が三人揃って…何て顔してんだい。呪いであったとしても、このスカイラが必ず解いてみせるさ」

「大魔女様!殿下を…どうかっ…どうかお助けください!!」

「しっかりおし、パトリック!大公補佐官だろう?」

「は…はい」


今にも泣き出しそうな声のパトリックの背中をスカイラが叩く。パトリックは天井を見上げ、心を落ち着かせようと懸命に深呼吸をする。


「誰が…いつ殿下に呪いを?聖女様、治療の先行きは見えているのですか?」

大魔女おばあ様の仰る呪いは、大公が誘拐された時に受けたと思われる古いものよ。魔力暴走による体調不良は確かにあったでしょうけれど…その後に現れた、女性への怯えや拒絶は異常よね」

「まさか、その原因が呪いであったと?!」

「先ずは呪いを解かなければ…そうすれば、何もかもが明白になるはず。私が大公に触れて魔力の源の捻れを治療できるなら、上手くいけば完治するわ」


問いかけたゴードンは勿論、カインもパトリックも想定外の返答に、しばし唖然としていた。


「…なぜ、今になって分かったのでしょう?」

「きっかけは彼女よ。この一ヶ月の間、レティシアが呪いを退けていたの」

「一ヶ月?」


サオリとゴードンは、ベッドの側でアシュリーに寄り添うレティシアへ目を向ける。










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